第三十話「勧誘」


「いちっ! にっ! いちっ! にっ!」


 ジンが母屋から探してきた、サチの身長に合う木剣を渡したとき、それはもうサチは大喜びであったが、今は素振りに合わせ、サチの真剣な声が響く。

 俺は広場に面し、母屋の廊下に繋がる段に腰を掛け、その様子を眺めていた。

 サチの横ではジンが一緒に剣を上段より振り、サチのかけ声と同時に型の見本を見せ、指導していた。

 

「サチ、腰は伸ばせ!」

「はい、師匠!」


 厳しい声音に聞こえるが、当のサチは嬉しそうに返事する。

 

「それが基本の形だ。

 今みたいにしっかり振らなくていいから、ゆっくりと、型を意識しながら30回!」

「はい!」


 サチはジンに教わった型でゆっくりと「いーーーち」と声を上げながら、剣を振り下ろし、ゆっくり戻していく。

 型に乱れがないことを確認すると、ジンはゆっくりと俺が座る方へと向かってきた。

 

 

「付き合わせて悪いな」

「いえ、私も道場というのは興味があったので」

「塀で囲まれた、ただの広い庭で残念だったか?」

「いえ、そんなことは……」

「嬢ちゃんは顔にでるな」


 正直、道場と聞き、ジンの何とも親近感の覚える名前から、日本にある畳の床が敷き詰められた建物でもあるのかと期待したが、目にしたのはジンの言う通り、広い庭であった。

 俺の反応に苦笑しながらも、改めてジンが口を開く。


「サチが暫く剣を大人しく振ってるうちに話しておこうと思ってな」

「……何でしょうか?」

「改めて、俺の弟子にならないか?」

「お断りします」

「即答かよ。

 一応聞くけど、嬢ちゃん、俺の正体はもう聞いてるんだろう?」

「前回剣舞祭の優勝者ですよね」

「そうだ。自分で言うのも何だが、王国内ではかなりの剣の腕前だぞ?」


 俺は少し考える素振りを見せる。

 もちろん、弟子にならないかという誘いに心が揺らいだわけではない。

 どう断ったものか考えたからだ。

 ジンの剣の腕前は間違いない。

 弟子となり教わることも多くあり、ジンから多くの剣術に関するスキルを習得することもできるだろう。

 メリットは多い。

 しかし、俺は首を縦にふらなかった。

 弟子となれば、きっと多くの時間をジンと過ごすことになる。

 先日の戦闘で若干興奮し、口調も素のものを聞かれている。

 恐れていることは、俺の正体が勇者であるとジンにばれることである。

 姿だけを見れば、ジンの一人娘、サチよりも年下に見えるが、ジンの俺に対する態度は子供にするものではない。

 伝わっている勇者の容姿と今の容姿では全く合致するものはないが、ジンであれば俺と勇者の存在を結びつけることができるかもしれない。

 それはまずい。

 俺が勇者であることは王国内で重鎮の者であっても伝えられていないこと。

 政治のことはよくわからないが、ガエルが説明した影武者としての勇者を仕立て国民を鼓舞するために勇者ナオキという存在が必要という話を俺は理解している。

 そして、その事実はあまり多くの人に知られない方がいいということも。

 本来ならひっそりと目立たぬように行動しなければならないが。 


(今更ではあるな……)


 まあ、すでに手遅れである。

 目立ちに目立っている。

 ちょっぴり俺はこれまでの行動を色々振り返り、反省する。

 それに、今でも平日は学校があり、一ヵ月に一度くらいは迷宮に潜らなければならない。

 更にアニエスの機嫌を損ねないためにも、休日は一緒に遊ぶ日も多いだろ。

 普通に時間が足りない。

 

(ただ、この人普通に断っても簡単には諦めないだろうしな……)


 困っていたが、一つのアイディアが思い浮かんだ。

 

「……ジンさんは今回の剣舞祭にも出てるのですか?」

「もちろん出てるぞ。それがどうした?」

「なら、剣舞祭で優勝して、剣聖とやらを倒してくださいよ。

 そしたら弟子になってもいいですよ」


 悪戯気な顔で俺はジンに言う。

 百年ぶりに現れた剣聖。

 王国の剣における最強の称号を持つ者を倒したら弟子になってもいいと俺は言ったのだ。

 俺がジンの立場であったら、激昂して「調子に乗るなよ、小娘!」とでも叫ぶとこだが。

 ジンは一瞬、俺に言われた言葉に面食らったが。

 予想に反し、にやりと口角をあげる。


「今の言葉、確かに聞いたからな」

「……楽しみにしてます」


 自分で提案した条件のため、俺はそう返答するしかなかった。


「何で、そんなに俺を――私を弟子にしようとするんですか。

 サチちゃんよりも、たぶん私年下ですよ?」

「何だそれはギャグか?」

 

 今度はジンが冷めた目で見てくる。

俺の発言を全く信じていないようだ。


「ジンさんは私を何だと思ってるんですか」

「逆に聞くが、もし嬢ちゃんが言うことが真実だとして、何でその年であれだけ剣が振るえる?

 さっきは魔術も行使していた。

 趣味で操れる程度の魔術でないことは俺でもわかる。

 加えて、この国の姫様と親しい。

 さて、嬢ちゃんは一体何者なんだ?」


 他人に言われると、俺も「何者なんだろう?」と考え込んでしまう。

 「勇者です!」と答えれば、それらの疑問を全て吹き飛ばしてしまえそうだが。

 それを言っては、正体を隠している意味がない。

 

(どうせ勇者と言っても信じてもらえないだろうけど。

 でも、困ったぞ。何かいい返答は……)


 そこで俺は身近な女性の決まり文句を採用することにした。


「それは、秘密です」


 ローラがよく使う言葉。

 秘密。

 そう秘密だ。

 人差し指を口に当て、無邪気さを装い俺はジンへと返答した。

 ジンは頭をガリガリと掻くと、あきらめたように声をあげる。


「はぁ、今はそういうことにしておこう」


 ただし、と付け加える。


「さっきの俺が剣聖に勝ったら弟子になるという条件、加えて嬢ちゃんの正体も洗いざらい吐いてもらおうか」


 そんなに気になるか、と思いつつも。


「わかりました、その時は話しましょう」


 そう約束することにした。


「こりゃ俺も気合入れて剣舞祭に挑まないといけないな……。

 で、嬢ちゃんを何で弟子にしたがっているかだっけ?」

「はい」

「それはな――」


 ジンが俺の疑問に答えようとしたタイミングで。


「師匠ー! 三十回終わりました!」


 トテトテとジンが課した課題を終えたサチが二人のもとに駆け寄ってきた。

 俺とジンはそこで会話を打ち切る。

 結局ジンが俺を弟子にしたがる理由を聞けなかった。

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