第二十三話「人攫い」
お茶を飲み一服したところで、当初の予定通り街に遊びに行くことにする。
「せっかくだからローラも一緒に行きましょう!」
いいことを思いついたとばかりに笑顔でアニエスはローラに言う。
ローラは少し悩む仕草を見せたが、すぐにアニエスの提案を了承した。
「わかりました。お供します」
「やったー!」
求めていた答えを得れ、アニエスは大喜びだ。
「私も準備してきますので少しお待ちください」
◇
「わあー!」
商業区に足を踏み入れると、数日前の俺と同じようにアニエスは驚嘆する。
「すごい!剣舞祭の時の街はこんなことになってるのね!」
いつもと雰囲気の違う街にアニエスは目を輝かせる。
「姫様、あまりはしゃぎすぎると目立ちますよ」
「これだけ人がいるんだから、誰も気にしないわよ」
ローラは苦笑しながらも元教育係として一応の注意を促す。
咎められたアニエスの声も明るい。
(そういえばローラさんの私服って初めて見たかも)
王城内で見かけるローラはいつもメイド服を身に着けていたが、今日は私服姿だ。
「ローラと街に来るのも久しぶりね」
「そうですね」
「アニエス姉さん、学校に入る前も街に来てたのですか?」
「やっぱり自分の目で見ないと、この国の人々の声が聞けないじゃない」
アニエスは得意満面で俺の質問に答えるが。
「姫様は単に外で遊びたいだけでした」
ローラは微笑みながらも冷静に指摘する。
「違うわよ!」
俺はローラとアニエスのやり取りをニコニコしながら眺めていた。
(久しぶりの二人の時間を邪魔しちゃ悪いかな)
そんなことを考えていると、雑踏の中で俺が注目したのは本当にたまたまであったが、視界に入る人物がいた。
不審。
その一言に尽きる。
通りを歩く者は皆、笑顔まではいかないまでも一様にどこか浮ついた空気に触れ、表情は柔らかなものとなっているが、俺が目にした人物は異様に周囲を警戒していた。
見た目は商人の風貌をした男。
麻布でくるんだ荷物を肩に担いでいる。
注視した人物はやがて大通りを離れ、路地へと入っていくのが見えた。
街の何気ない風景かもしれないが、俺の勘が何かあると告げていた。
「アニエス姉さん、ちょっと知り合いを見つけたので挨拶してきます」
「え、なら私も付いていくわよ」
「いいえ、せっかくなのでローラさんと二人でお祭りを楽しんできてください」
言うや否や、俺は小さい身体を活かし人ごみの中を掻き分けアニエス達から離れる。
アニエスが抗議のような声を上げていた気もするが雑踏の音に紛れ俺の耳までは届かない。
やがて男が曲がったと思われる路地に辿り着くと、俺も路地へと入っていく。
両隣の建物が接近した狭い路地。
大通りと違い、光が遮られ昼間にもかかわらず薄暗い。
(店の裏側から商品を搬入している、そうであるならばいいが)
息を殺しながらゆっくりと路地を進んでいく。
やがて俺の耳に声が聞こえてきた。
声に反応し、慌てて路地の建物の影に身を潜める。
追っていた人物は一人であったが、声から複数人いることがわかる。
「おせえよ、お前が最後だぞ」
「すまねえ。だが商品は上物が手に入った」
「ほお、みせてみろ」
俺は建物の影からそっと身を乗り出し、様子を眺める。
人影は三人。
追っていた男は担いでいた麻袋を地面に下ろす。
袋の上部を縛っていた紐を外す。
(女の子!?)
袋の中に見えたのは少女。
俺と同じくらいの年齢に見える。
「ほお、黒髪とは珍しい。こりゃ高く売れるぞ」
「だろ。鍛冶区で一人で歩いてるのを見かけてな」
「顔も一級品だな」
男たちは麻袋を囲み、少女の値踏みを始めた。
囲まれた少女は気を失っているようだ。
遭遇した男たちは、人身売買を商いとしている者とみて間違いないだろう。
しかも街中から攫ってきていることが会話から聞き取れた。
「しかし剣舞祭さまさまだな」
「人がごった返して、検問も適当で助かるぜ」
「ああ、違いねえ」
下卑な笑い声が路地に響く。
王国の法律を詳しくは知らないが、目の前で起きている出来事は犯罪であることは間違いないだろう。
見逃すことはできない。
(どうする? ローラさんを呼ぶべきか?)
思いついた考えを否定する。
ローラを呼び、この場所に戻ってくる間に男たちはどこかに行ってしまうだろう。
路地の場所は王都の東門に近い位置。
「この先に荷馬車を置いてる」
「外でルーカスが待っているはずだ」
「なら、一旦出るか」
案の定、男たちは外に出る相談を始めた。
一度男達を見た俺は、固有能力の『情報収集』で追跡は可能だが。
(相手は三人。腕はたいしたことない)
麻袋は他にも二つある。
それぞれの男がどこからか攫ってきた人が全てに入っているとみていいだろう。
男は移動するために麻袋の紐を縛り閉じ、移動を開始しようとする。
「待て!」
俺は建物の影から躍り出ると、男達に声を掛けた。
最初は声に驚き、びくっと肩を揺らした男達だが俺の姿を見ると、再び下卑な笑みを浮かべた。
「おいおい、ダニー。おめえつけられてたんじゃないのか」
「悪い悪い、気付かなかったわ」
「珍しい黒髪……、お前が攫ってきた子の妹か?」
男達は俺を下から上まで舐めまわすような視線を向ける。
「いいね。姉妹愛じゃないか。
……おい、高く売れる。傷付けずに捕えろ」
中央の人物がリーダ格なのか。
両脇の二人に告げると、二人は俺へと迫ってきた。
少し反応が遅れる。
遅れたのは二人の動きが素早かったからではない。
魔術を使うかで悩んだからだ。
結局、魔術は使わないという結論を下す。
理由は威力の調整が効かないこと、そして使うまでもないと判断したからだ。
「がっ!」
「うっ!」
俺へと伸ばした腕を避けると、すれ違い様に手刀を二人の首筋に叩きこんだ。
昏倒。
あとは一人。
「てめえ、何をしやがった!」
残る一人は何が起こったのか分からず狼狽する。
男の前に立つのは見た目ただの少女。
味方であるはずの二人が倒されたという事実を理解できない。
その間を逃すはずがなかった。
一気に距離を詰め、最後の一人も同じように昏倒させる。
「ふぅ」
一息つくと、男達が確実に意識を失っていることを確認する。
(さて、どうしたものか。
門のところまで連れて行けば、騎士の人が後始末はしてくれるかな?)
この後どうするか、全く考えていなかった。
一先ず攫われてきた少女達を解放することにする。
麻袋の紐をとき、外へと出してやる。
予想通り、残りの麻袋にも少女が入っていた。
皆、胸が上下しており命に別条がないことはわかる。
(これは……?)
俺は少女達の容態を確認すると不思議なことに気付く。
少女たちから微かに魔術の痕跡を嗅ぎとった。
それを肯定するようにヘルプが補足する。
『何らかの魔術で眠らされていたようです』
だが、俺が相手をした男達は魔術を使うように見えない。
一体どうやって眠らせたのか。
不思議に思っていると、少女たちが入っている麻袋とは別の袋が転がっていることに気付く。
中を確認すると、複数の巻物が出てきた。
『安らぎの風』
巻物に貼られているラベルに記されている文字からは穏やかな印象を抱くが、要は相手を眠らせる魔術が発動する巻物だ。
この巻物を人攫いに悪用していたとみて間違いないだろう。
一つ謎が解けたと納得する。
その時、新たな声が響く。
「おいおい、どういう状況だ」
振り向くと、一人の男が立っていた。
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