第二十二話「メイドの秘密」


 王城でローラによる服の採寸を終えた俺は部屋でアニエスの帰りを待った。

 ローラに注いでもらったお茶を飲みながら談笑に興じていると、程なくしてアニエスが部屋に入ってきた。


「疲れたー」


 第一声がそれであった。

 久しぶりの娘との再会であったはずの国王陛下であったが、今の言葉を聞いたら泣きそうだ。

 アニエスは一目散にローラにと抱き着いた。

 

「お疲れ様です。

 姫様もお茶を飲みますか?」

「飲む! 久しぶりにローラがいれたお茶を飲みたい!」

「わかりました。座ってお待ちください」


 俺が座る横に、ボスンっとアニエスが腰を掛ける。

 ローラはお湯を沸かすためか、そのまま一度部屋を出ていく。

 今日のアニエスは先日俺が贈った、お揃いの服を着ている。

 水色を基調としたワンピースだ。


(やっぱりお姫様なんだよな)


 同じ服を着てるはずなのだが、どこで差がつくのか滲み出る気品が違う。

 俺がじっとアニエスを見ていることに気付き、声が掛かる。


「どうしたの、何かついてる?」


 きょとんとアニエスが問いかける。


「いえ、やっぱりアニエス姉さんはきれいだなーと」


 思っていたことを正直に吐露することにした。

 アニエスは一瞬硬直したように見えたが、すぐに嬉しそうに目を輝かせる。


「ありがとう! でも、アリスもかわいいよ!」


 言うやいなやアニエスは俺に抱き着くとそのまま押し倒し頬ずりをする。

 

「アニエス姉さん、服がしわになる」


 アニエスの唐突のスキンシップには大分耐性がついてきたはずだが、いつまでたっても心臓の鼓動が跳ね上がるのは仕方がないと諦める。


(男のままだったらこんな美少女にこんなスキンシップされるわけないからな)


 役得と思うことにしているが、長時間は心臓が持たないので俺は顔を赤面させながらもアニエスをおしのける。

 アニエスは不満そう。

 少しご機嫌斜めである。


「久しぶりの国王陛下との面会はどうでしたか?」


 話題を変えるために俺はそう切り出すと。


「一言で言うと疲れた。

 だからアリスに癒されたい」


 と、話題を切り替えるはずが先程ローラに抱き着いたように、俺のない胸に顔を埋め抱き着いてくる。

 付き飛ばすことなどできないので、引き剝がすのを諦めた。

 アニエスの香りが鼻孔をくすぐる。

 俺は視界に金髪のうなじを捉えながら、会話を続ける。


「父親とはいえ、やっぱり疲れますか?」

「うーん、血が繋がってるとはいえ私がお父様と会ったことがあるのってそんなに多くないしなー。

 大体が公の場とか、城内の仰々しい部屋でどうしても畏まっちゃうし」


 一家団欒和やかにといった世界とは違う世界なのだなと改めて感じた。


(そういえば)


 俺は疑問を口にする。


「そういえば、アニエス姉さんのお母様は?」


 俺が災厄の生き残りということもあり、アニエスが家族の話題を持ち出すことはなかったため今まで気にしたことはなかったが、アニエスやガエルの母親の話を聞いたことも見かけたこともないなと今更ながら疑問に思った。

 口にしてから俺はしまったと思う。

 アニエスの母親、つまりは王妃であるはずの人物が話題を聞かない理由など一つしかない。


「私を生んで間もなくして亡くなったと聞いてるわ」

「すみません……」

「そっかアリスは知らなかったんだね。

 それもそうか」


 アニエスは俺の方に顔を向ける。

 青い瞳に今では見慣れた俺の顔が映っているのが見えた。


「アリス、そんな顔しないで!

 私は母様の顔を全然覚えてないし、それに母様の代わりにローラがずっといたから」

「え!?

 ローラさんっていつから王城にいたんですか?」

「私が物心ついた時にはいつも傍にいたわね」


 驚愕の真実である。

 ローラの見た目は二十代の前半くらいと俺はずっと思っていたが。

 

(姫様が物心ついた時にはすでに居たということは十年くらい前から王城に仕えていたということか?)


 今の俺やアニエスくらいの年齢から王城に仕えていてもおかしくはないが、王城内で見かけるのは成人したと思われる見た目の人物ばかり。


「そういえば、ローラってずっと見た目変わらないわね」

「昔も今と変わらない姿ってことですか?」

「うーん、気にしたことがなかったから記憶違いかもしれないけど今と全然見た目は変わらないわね」

「……ローラさんって何歳なの?」

「そう言われてみるとローラって何歳なのかしら」


 俺とアニエスは見つめあいながら、顔にはてなを浮かべる。


「あまり年齢は詮索するものではないですよ」


 落ち着いた声音で声がかけられる。

 声のする方に二人は目を向ける。

 いつの間にか部屋の扉は開いており、微笑みながらローラが立っていた。

 両手にはお盆が握られ、上に湯気を浮かべるポットとアニエス用のカップが置かれている。


「ローラ、聞いてたの」

「はい。懐かしいですね~」


 ローラは何事もなかったように二人が座るソファーの前の机にお盆を置くと、カップにお茶を注ぐ。


「アリス様もお替りはいかがですか?」

「いただきます」


 ローラの言葉に甘え、俺は入っていたお茶を飲み干し、カップを渡す。


「で、本当のところローラって何歳なの?

 十年以上仕えていることになるから、三十代……?」

「ふふふ、秘密です」

「年齢くらいいいじゃない」


 ぶーっとアニエスは不満を口にする。

 元男の俺は積極的に女性の年齢を尋ねるのは、はばかられてしまうがローラの年齢には興味がある。

 だが、ローラも慣れたものでアニエスの口撃をうまくかわしていく。

 アニエスの教育係を長年やっていただけあり、余裕そうであった。

 結局、アニエスがローラの口から年齢を聞き出すことはできなかった。

 

(相変わらず、ローラさんて何者なのだろうか?)


 俺の疑念が更に深まることになった。

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