第三十一話「秘訣」
双子の口撃をなんとか乗り切った俺は一息つく。
(ヴィヴィもこんな感じだったな……)
暫く会っていない魔族の仲間。
ヴィヴィもおしゃべりであり、ラフィが苦手な部類の相手であったはずだが、不思議と二人は仲が良かった。
そんなことを思い出していると、視界の隅でエリーヌが何か聞きたそうに、口を開けては閉じ、と繰り返しているのが見えた。
「何か私に聞きたいことでも?」
ここは俺から問いかけることにした。
「え、えと、アリスちゃんの連れてる青い子……、何て名前なのかなって」
俺は暫し口籠る。
改めて聞かれると、名前があまりにも安直。
色が青いから青。
(いや、俺が名付けたんじゃなくて、自分で名乗ったんだが)
と心の中では言い訳をしながらも。
「……青」
ちょっと照れながら俺は応えた。
「へえ、青っていうのね!
その、青とはどこで出会ったの? 今まで見たことがない魔物だけど」
エリーヌは先程よりも、やや興奮気味に質問してきた。
俺はちょっと安直すぎかと思っていた名前だが、エリーヌは特に気にした様子はない。
ペットの名前でクロやシロというのも多い名前なので、別におかしくないかと思い直す。
竜をペット扱いにしていいのかについては考えるべきところかもしれないが。
さて、次なる問題は俺と青がどこで会ったか。
これはまた難しい質問だ。
正直に答えれば王都迷宮の地下ということになるが、これも正直に答えるわけにはいかず、うまく誤魔化さなければならない。
ちらりとエリーヌに目をやると、興味津々といった様子。
純真な眼差しで俺を見つめている。
嘘を言うのに若干の躊躇を覚えてしまい、俺は少し視線を逸らしながら答えた。
「いつからかは憶えてないけど、気付いたら側にいた……?」
「子供のときからずっと一緒なのね!」
嘘とは微塵も疑うことのない笑顔を向けながら、若干エリーヌ独自の解釈が入ってはいたが否定もしない。
俺は罪悪感を誤魔化すかのように、質問を投げ返す。
「エリーヌさんはチョコとどこで出会ったのですか?」
「チョコはね、私が小さい時に森をお散歩していたら、怪我をしていてうずくまっているのを見つけたの。
それが出会いかな」
「懐かしいなー。
エリーヌがアリスちゃんの年頃のときだっけ? チョコを拾って来たの」
「村長たちは魔物だから始末しろって言うのを、普段おどおどしていたエリーヌが一生懸命、大人相手にチョコを庇っていたっけ」
双子の追加情報にエリーヌは顔を赤面させ、「その話はやめて!」と抗議する。
「じゃあ、エリーヌさんはチョコの命の恩人なんだね」
「ピー」
俺は少しつま先立ちしながら、エリーヌの肩にとまるチョコの嘴下あたりを撫でながら話しかける。
チョコは気持ちよさそうに声を上げていた。
「皆さんは昔からの顔見知りなのですか?」
「そうよ」
「サーシャさん達のチームは皆さん同郷?」
「あはは、違う違う。同じ出身なのは女性陣だけ」
「元々はサーシャ姉と二人で活動していたんだけど、やっぱり後衛二人だと中々やりにくくてね。
紆余曲折を経て、今のチームで活動することになった感じ」
「エリーヌは変なところに頑固でねー。
私達は反対したけど、どうしても冒険者になりたいっていうから、今年から一緒に活動を始めたの」
「姉離れできない?」
「違います!」
先程からあわあわと顔を赤面させながらエリーヌが何度目かの抗議の声を上げていた。
コホンと咳払いを一度エリーヌはすると、俺に改まって尋ねる。
「あの……、アリスちゃんの青は今どうしてるの?」
「青はテントで寝てます」
「そう、なんだ」
あからさまにエリーヌが残念そうに肩をおとす。
「連れて来ましょうか? 寝てはいますけど、一度寝たら中々起きないので」
「いいの?」
「はい」
ぱっと顔を輝かせる。
エリーヌは表情によく出るわかりやすい子だ。
(これは双子のお姉さんに可愛がられるわけだ)
せっかく親切心で俺に色々教えてくれたお礼はするべきであろう。
その代価として青の身体を差し出すくらいなんてことはない。
俺はテントへと戻り丸まっていた青を抱きかかえる。
熟睡中の青は予想通り起きることはなかった。
(家の中の猫でも、もう少し警戒心があるだろうに……)
大丈夫か、この竜と若干目を三角にして羽毛で包まれた物体を見下ろす。
相変わらず起きる気配はない。
そんなことを思いながら、寝床から青を確保し、エリーヌ達の場所へと戻る。
俺の姿を再び見たエリーヌは、分かりやすく、さらに目を輝かせていた。
一方肩にとまるチョコは先程とはうってかわり、蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。
「抱っこします?」
「いいの?」
「はい」
恐る恐るといった様子でエリーヌは青を受け取るが、すぐに青の羽毛のとりことなる。
ぎゅっと幸せそうに抱きしめた。
「ふわふわ」
「エリーヌ私にも! アリスちゃんいいでしょう?」
「サーシャ姉、次は私も」
『……これは一体どういう状況?』
羽をつんつん、わしゃわしゃされている青。
流石に目を覚まし、念話を送ってくるが、俺は笑顔で流す。
青の羽毛を堪能したエリーヌが双子へと青を渡す。
「すごい、なにこの子!」
「近くで見ると本当にきれいな羽……矢羽につかったらすごく良さそう」
弓術士らしい、物騒な発言も聞こえてきた。
「しかし大人しい子ね。この子は他の魔物と戦ったりするの?」
「……どうでしょう?」
「調教師のことなら先輩のエリーヌお姉ちゃんに尋ねてみるといいかもよ」
「うん。私に聞きたいことがあったら、何でも言って。
答えれる範囲であれば答えるよ?」
「そうそう……、それと」
サーシャがミーシャに青を渡し、俊敏な動きでエリーヌの背後へといつの間にやら回っていた。
「ひゃっ!」
そのままエリーヌの胸をサーシャがまさぐる。
チョコは危険を察知し、俺の肩へと移動してきた。
「胸が大きくなる秘訣とか聞いとくといいかもよ」
「や、やめ」
俺はその光景を直視できず、やり場のない視線を地面におとす。
と、肩をポンとミーシャに叩かれた。
「大丈夫、アリスちゃんはこれから成長するから」
何を勘違いしたのか。
どうやら俺は自身の胸のなさを悲観しているように捉えられたようだ。
「ソウダトイイデスネ」
俺は複雑な感情を抱えながら、それだけ呟くことしかできなかった。
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