第十二話「乱戦」
俺の詠唱により顕現した炎は瞬く間に魔物を飲み込む。
「すごい……!」
同じ魔術師であるクロエは驚嘆した。
唱えた魔術は上級魔術に分類されるものだ。
魔術師は魔術を発動する際、どうしても顕現する姿をイメージするために瞑想という間がどうしても必要だが、瞑想の間が存在しなかったからだ。
詠唱も恐ろしいレベルの短縮。
並みの魔術師、いや、トップレベルの魔術師でもアリスと同じように魔術を発動することは困難なのだ。
クロエ以外も、この場にいる魔術師を名乗る者は皆絶句していた。
もちろん、魔術師でなくてもアリスという存在が規格外であることは、今の一撃で明白であった。
魔術の行使の結果、ジャイアント・アント・クイーン、複数いたジャイアント・アントは跡形もなく消しさった。
先ほどまで見ていた魔物が霞か何かであったかのように。
「こちらは任せてください、後ろは頼みます!」
俺の声ではっと、その場の止まっていた空気が動き出す。
ジャイアント・アント・クイーン達が湧いて出た通路からはさらに別の魔物の気配が近づいてきている。
後方の通路からも足音が迫ってきている。
「魔術師は土壁を組め! 数が多かろうと俺たちの戦い方はさっきと同じだ!」
先程とうってかわって、ミハエルの怒号が響く。
目には生気が戻っていた。
アリスという強大な力を持つ者が味方にいるのだ。
まだ、希望があるとミハエルは考えたのだ。
遅れてゲルトも動き出す。
「俺が前方の壁となろう」
ゲルトは俺に提案する。
前衛の役割は壁となり、魔術師の詠唱する時間を稼ぐことだ。
その提案を拒否する。
「いえ、こちらは私一人で抑えます。
ラグマックの皆さんも後ろを頼みます」
先程は確かに一瞬で詠唱を完成させた。
ゲルトのよく知るクロエも優秀な魔術師であるがあれほどの術は行使できないだろう。
しかし、詠唱する時間がなければ、いくら魔術の才に優れていても、その力を発揮できない。
ゲルトは即座に「任せた」とは言えなかった。
「《
その答えとばかりに、俺は二体の獅子型の石像を召喚する。
「これで詠唱の時間は稼ぎます。私は征北結社というチームの実力はよくわかりませんが、ラグマックの皆さんが後ろで戦ってくれれば、こちらも安心して戦えます」
俺はゲルトを見つめる。
ゲルトはやれやれと肩をすくめた。
「わかった。後ろは任せろ。
やばくなったらすぐ言えよ!」
「はい。その時は早めに言います」
ゲルトは頷くとラグマックのメンバーに新たに指示を出していく。
更にミハエルと話し、混成の陣形に組み直す。
後ろの接敵まで、もう時間がない。
(ヘルプ、もし後方でレベル35以上の敵が湧いたら教えてくれ。
あと、妨害魔術で支援してやってくれ)
『了解しました、マスター』
攻撃魔術で薙ぎ払ってもいいが、それは最終手段だ。
死人や無用な怪我人がでるのは目覚めが悪いので、後ろをヘルプに監視させることにする。
(これで前だけに集中できる)
前方から湧いた新たな魔物を視認した。
同時に後方でも戦端が開かれたようだ。
「ししまる一号、二号行け!」
せっかく召喚したので、獅子型石像を魔物にけしかける。
学校の広場に召喚したものと違い、今回は小型で大型犬くらいの体躯である。
ししまる×2は疾走、両側から喰いかかる。
対する魔物。
ケルベロス レベル44。
三つの犬頭を持つ魔物だ。
喰いつかれたケルベロスは咆哮を上げる。
「《
ケルベロスへと一直線に走る閃光を生み出す。
直撃する寸前、先端が三つに分かれ、ケルベロスのそれぞれの頭を正確に貫く。
(よし、イメージ通り。
悪いが俺の魔術精度の練習に付き合ってもらうぞ)
魔物の湧きは止まらない。
多種多様。
今日みてきた迷宮の魔物よりは一線を画す強さを持っている。
しかし、俺の敵ではない。
いくら湧いてこようと、ただの動く的でしかなかった。
召喚した石像も存分に暴れまわっていた。
魔物の群れに突入し、無機質な歯で魔物を食い散らかす。
俺は《
随分余裕があった。
後ろを確認する。
乱戦になっていた。
征北結社の魔術師が魔術で生成した土壁により、魔物を巧みに分断しているがあまりにも数が多すぎるのだ。
本来は魔術師の前に魔物の接近を許してはならない。
どうやら征北結社というチームは魔術師主体で構成されていたようで、前衛はリーダであるミハエルともう一人しかいない。
ラグマックの前衛ゲルトとライムントを含めても四人。
戦線を維持するには厳しい人数だ。
いかに上手く魔物を分断しようにも前衛が足止めできる数には限度がある。
しかし、ラグマックのメンバーは圧巻だった。
個々が一騎当千の働きをしている。
征北結社が魔術による面攻撃を担当し、ラグマックは打ち漏らした敵を殲滅に周る。
力を存分に発揮していた。
「うおらああああああああ!」
ゲルトは大剣を存分に奮い、魔物を一刀で複数巻き込みながら蹴散らす。
後ろの魔物がレベルが20程度しかないからできる芸当ではあるが、その力差を即座に判断し敵陣に突入したのだろう。
台風のように魔物を粉砕している。
「ライムント、二時!」
「あいよ、そっち任せた」
「任せて!」
ゲルトが一人でと突入している傍らライムントとクロエは連携して魔物を殲滅していく。
遠目からは二人で舞踏をしているかのように。
クロエは魔術師らしからぬ立ち回りで魔物を圧倒する。
魔物の攻撃をステップで躱し、
ライムントは槍で魔物を突き、薙ぎ。
よく見るとライムントはクロエを襲う避けきれない攻撃を的確にいなし、ライムントの槍の間合いに近すぎる敵はクロエが確実に葬っていた。
二人の信頼関係がないと成せない連携である。
「我が癒しの心よ。ここに吹かん《
数が多いこともあり、どうしても軽い怪我人は出ていたが、マリヤの治癒術により怪我人を即座に復帰させる。
ヘルプの支援魔術により魔物の動きを巧みに拘束し、妨害していたこともあり辛うじて戦線は維持されていたのである。
ここまでは。
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