第三十九話「懐かしい顔」


「青、あとどれくらいなんだ?」

『もうすぐ終点だ!』


 俺は跳躍を繰り返し上へ上へと駆け抜ける。

 なんとも言えない浮遊感が二人を襲う。

 腕の中のマリヤは子供のように俺に抱き着き目をぎゅっと瞑っていた。

 青の言葉ではもうすぐ終点。

 俺の視界では先が塞がってるように見えるが、青は楽しそうに声をあげる。

 

『せっかくだ。派手に行こうか。

 アリスはそのまま突っ込んで。

 最後の岩盤は魔術で吹き飛ばす』


 青の言葉に呼応し、魔力が剣に収束しているのを感じた。

 

『《荒嵐爆発ストームバースト》』


 荒れ狂う風が俺の目の前に顕現する。

 一点を目指し、周囲を削りながら炸裂。

 轟音。

 魔術の勢いは衰えず、そのまま岩盤を吹き飛ばし、光が視界に広がった。

 疾走し穴を抜けると、そこは広間だった。

 

「抜けた!」

『どうだい、僕のナビゲーションは完璧だろ』

「お、おろして……」


 天井には青の魔術の余波を受けたのか、巨体が天井にめり込んでいた。

 青の肉体だ。

 穴から飛び出した俺は広間に着地し、マリヤも腕から解放する。

 目に飛び込んだのは無数の死骸。

 顔が歪む。

 と、辺りを見渡すと見知った顔。


「ナオキ!?」

「アレクにラフィ!?どうしてここに?」


 俺は驚き声を上げる。

 思わぬ人物との再会であった。

 さらに見渡すと、クロエが立ち尽くし、周囲に倒れている人物――ゲルト、ライムント、ミハエルだ。

 一瞬、ひやりとしたが少し観察すると胸が上下しているのが目にとれた。


(よかった、生きてる)


 ほっとし状況を再度確認する。

 青のいう、肉体と接敵しそうな集団とはゲルト達だったわけだ。


(何故アレクとラフィも一緒かは後で聞くとして)

 

 俺達が辿り着いた広間は、今開けたばかりの穴以外は完全に密閉空間であることに気付く。

 密閉空間にアレク達がどうやって入ったのか。

 入った後に入口を塞いだ以外に考えられない。

 こんな芸当ができる存在を俺は知っていた。

 腰の剣を抜き、睨みつける。


「青……?」

『僕じゃないよ! そこまで悪辣なことはしないよ!』

「他に誰が迷宮の地形をいじれるんだよ?」

『僕の肉体も多分同じことができるよ!

 ……そこまで頭が回るとは思ってなかったけど』

  

 必死に弁明する。

 確かに青がわざわざアレク達を広間に閉じ込める理由が見当たらない。

 青の言葉を信じることにした。

 俺は気絶している三人を魔術で近くまで引き寄せる。

 アレク、ラフィ、クロエも駆けよってくる。


「マリヤ!」

「クロエ……」


 クロエはマリヤに飛びついていた。


「ナオ――」

『アレク、ストップ』


 念話で俺はアレクの発言を遮る。

 試しにラフィとアレクを同時に繋いでみた。

 多人数でも念話はできるようだ。

 

『一応、俺がこの姿になっていることは秘密らしい。

 今はアリスって名乗ってる』

『おぉ、なんだこの魔術。

 頭の中に声が響いて、頭の中の思考がそのまんま伝わる?

 ってかナオキがアリスだったのか、納得』

『納得』


 アレクが最初にナオキと呼んでしまったが、一瞬の出来事だった。

 横目で再会を喜ぶマリヤに目をやる。 


(マリヤには本当は男だってことを伝えたが取り合ってくれなかったし。

 俺が勇者であることは言ってない。

 さっきも腕の中で目を回してた状態だから聞こえてないだろう)


 クロエは、俺が飛び出た時に呆然自失といった状態だったので聞こえていないだろうと自分に言い聞かせ、何か問い詰められたらアレクに押し付けようと決意する。


「マリヤ、再会のところ悪いけど三人の治療をお願いしていい?」

「あ、任せて!」


 マリヤは慌てて治癒魔術を唱え始める。

 治癒は本職のマリヤに任せることにした。

 そのタイミングで頭上に再び怒り狂った咆哮が響いた。


『あー、やだやだ。醜いね』


 青が呟く。

 青の肉体が吹き飛ばした衝撃から体勢を立て直していた。

 青い両翼を羽ばたかせ、頭上に姿を見せる。

 赤とは全く異なる姿。

 全身を覆う色は青。

 赤い双眸が頭上から俺達を見下ろしている。

 青は醜い姿と表現したが、俺から見る青い竜の姿は美しいという表現がふさわしい。

 だがその表情は獰猛に歪み、吹き飛ばされたダメージで怒りに満ちていた。

 

「アレク、ラフィは後ろに、余裕があれば支援を頼む。

 クロエはマリヤ達を防御魔術で守ることに集中して」

「あいよ」

「了解」

「わ、わかった」


 短い言葉にアレクとラフィは即座に戦闘態勢を取る。

 懐かしい感じだ。

 俺は一歩前に踏み出す。

 竜 レベル96。

 確認すると俺の顔はひきつる。

 わかってはいたが赤よりもレベルは上だ。

 

「ちょっと想像してたよりも大分強そうなんだが」

『僕が肉体を離れて何百年と迷宮内で戦い続けていた存在だからね』

「時間のスケールが違うな……」


 俺は言葉を失う。

 

「青が塞がれた入口を再度開けたりは?」

『無理。目の前の馬鹿が周囲の魔力をがっちがちに制御してるから干渉できない』

「助かる方法は?」

『目の前の馬鹿を倒す。簡単でしょう?』

「逃げたいんだが……」


 息を吐き出し、眼上の敵を睨みつける。

 

「いくぞ――!」

 

 青い竜との戦いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る