第十六話「バレバレ?」
(どうして俺がナオキだとバレてる?)
エレナから向けられる視線に冷や汗を垂らしながら考える。
この家でお世話になってからの行動を思い返してみるが、俺がナオキであることを断定するような材料があったとは思えない。
魔術の修行をしていた時、ラフィが俺の名前を呼んでいたのを聞いていた可能性。
これはないだろう。
裏庭で魔術を修行している間、エレナは店で仕事をしており、盗み聞きをしていた可能性は限りなくゼロに近いと思う。
となると一番可能性が高いのは、俺の正体を知っているラフィから聞いたのではという推測になるが。
(……ラフィがわざわざ言うとは思えない)
もし、エレナにラフィが伝えたのであれば、ここに来る前に決めたアリスはラフィの弟子であるとの設定が全く意味のないものになるからだ。
それにラフィもアリスという存在が勇者ナオキと同一人物であるということは、いたずらに吹聴するべきではないと考えていた。
エレナが何をもって俺をナオキと断定したのか。
一体どうして、なぜという言葉が頭の中で繰り返される。
しかし、ここでむきになって否定する方がよっぽど怪しく、エレナがただ単にカマを掛けていた場合、余計な墓穴を掘ることになりかねない。
(証拠はない。ここはしらを切るのがベスト……)
知らぬ存ぜぬで押し通そうと決める。
俺の正体がナオキではないかと疑われているが、認めなければいいのだ。
「そもそも、ナオキって誰ですか?」
何も知りませんと、無邪気さを装いコテっと首を傾げてみせる。
黙っていればいいものを、ちょっとした沈黙に耐え切れず口を開いてしまったことをすぐに後悔した。
「あら? それはおかしな話だわ。アリスちゃんは確か王国の人よね?
私達の国からは遠いけれど、そんな遠い国のこんな小さな街でも災厄を祓った英雄様の名前くらいは伝わってきているわ」
エレナは俺のことをここぞとばかりにアリス呼び。
完全に墓穴を掘ってしまったことを自覚する。
「それにうちの娘のラフィはその勇者様と一緒に活躍したこともそこそこ有名なはずなんだけど。
まさか弟子であるアリスちゃんが知らないはずないわよね」
エレナは首を傾げながら微笑む。
「……」
頬を冷汗が伝う。
(まずいまずい! ここからどうすれば……!)
ここから状況を戻すにはどうすればいいか必死に頭を働かせる。
まとまらない思考に追い打ちをかけるように、エレナが一拍置いて一言。
「そして、ラフィが好きな人」
「は、はい!?」
(ど、どういう? ラフィが好き? 俺を)
「で、ナオキくん。どうなのかしら?」
思考の隙は与えぬと、エレナは問い詰めるように俺をじっと見つめる。
結局、
「すみませんでした」
頭を伏せ、素直に認めることにした。
白旗である。
俺がナオキであることをここから否定することはできるが、エレナを納得させることは不可能と判断したからだ。
「別に謝ってもらう必要はないわよ、ナオキくん」
「どうして、俺がナオキだとわかったんですか?
そ、それにラフィが俺のことを好き?
それはさすがにエレナさんの思い違いでは?」
顔を上げ、エレナに問う。
「ふふふ。そんなのラフィの様子を見てればすぐにわかるわ」
それは俺の疑問の前半に対する答えなのか、後半に対する答えなのか。
「ねえ、ナオキくん知ってる?」
「な、なにをですか?」
「ラフィって普段は表情もコロコロ変わるし、よくしゃべるのよ?」
「へー……え?」
エレナの何気ない一言。
何も疑問を持たず、納得しかけたが。
(表情がコロコロ変わる……? よくしゃべる?)
俺がラフィに抱く印象と大分異なる。
最近は無口という印象は薄れ、よく話すし、会話の節々で変化する表情も俺に見せてくれるようになったが、どちらかといえば無口無表情と言った方がしっくりくくる。
お酒を飲んだ状態のラフィは、確かにエレナの言う通りかもしれないが。
「ふふふ。ナオキくんが抱いている印象と大分違うってことかしら?」
「はい……いや」
肯定していいものか少し悩み、何とも言えない言葉が漏れる。
「ラフィのそれはね、演技なのよ」
エレナの言っている意味がいまいち分からない。
「……そういえば
アレクからそんな話を聞いたことがあったことを思い出す。
「ふふふ。誰に聞いたのかしら。でも、それ長耳族で一般的な基準ではないのよ。
もっと言うならば、ラフィの勘違い」
再度俺は首を傾げる。
「ラフィはね、私が夫をおとした時の話を参考にしてるのよ」
くすくすと笑いながらエレナは説明する。
エレナも表情がコロコロ変わり、よく話す女性であった。
ある時、一人の男に惚れた。
今まで恋愛とは無縁であったが、それはもう一目惚れであったそうだ。
だが、男はどちらかといえば静かに佇むような、エレナとは真逆のような女性がタイプだったという。
そこでエレナは男の好みの女性のように立ち振る舞ったという。
その甲斐あり、エレナは今の夫と一緒になることができた、という話。
「夫は私の本性はちゃんとわかっていたみたいだけどね」
エレナは頬に手を当てながら惚気る。
「で、その話を私が何度も自慢話のように娘たちには聞かせていたから、それが飛躍して"無口無表情"がモテると思いこんじゃったみたいなのよ」
「は、はぁ……」
「だから、ナオキくんと一緒にいたラフィを見ていたらすぐわかったわ。
あぁ、この人がラフィの好きな人かって」
「いや、ちょっと待ってください。確かに、俺がナオキであることは認めますが、この姿ですよ?
そもそもどうして名前を知ってるんですか?」
「それは前に帰省した時、断片的な情報を聞いてたから。
ナオキくんが呪いによって倒れたこと、帰ってきたラフィはあなたの名前を何度も何度も言いながら泣きそうだったわ」
エレナの口から語られるラフィは俺の知らないラフィで、全く想像できない。
「あなたに掛けられた呪いに関してとは言わなかったけど、私にも遠回しに眠り続けた人を起こす薬はないか、女性を男性にする薬はないかといったことも聞いていたから、実はナオキくんがどんな状況にあるのかわなんとなくの推測はできたの。
勿論口外にはしていないから安心して。
あとはそうね。今回帰ってくる前に、次はナオキくんが起きるまでは帰って来なくていいとも伝えたから、ナオキくんが呪いで倒れたままの状態で帰ってくるなんてことはまずありえないわ」
あの子は単純だからとエレナが苦笑しながら言う。
「あと決定打は、ナオキくんがお風呂場で倒れた日に二人で話した時こっそり、照れてる相手には自分から積極的に近づいて意識させたほうがいいわって話をしたら、次の日からナオキくんになるべく近づいているのを見て確信したわ」
単純! ラフィ単純すぎるだろう!
純情というべきか何というか、母親の手の上で転がされてる!
「……つまり、俺の行動を見てというより、ラフィの行動から全部推測できたわけですね」
「そうなるわね。ふふふ、ラフィはかわいいでしょう?」
「そ、そうですね。でも、可愛い娘の好きな人を本人のいないところで暴露してもいいんですか?」
「あら、娘の恋を応援するのは母親の役目でしょ?」
しれっと言ってのける。
「私が言わなかったらナオキくん、ラフィの好意にいつまでも気付かなかったんじゃない?」
「いや、それは……」
エレナの言う通りである。
「で、ナオキくんどうなの?」
「ど、どうとは?」
にこりとエレナは笑みを深める。
「ラフィのこと嫌いなの?」
「そんなわけはないですが……、恋愛としての好きかと言われたら」
よくわからない。
ラフィは可愛いとは思う。
でもそれが恋愛感情に結びついているのか、俺に自覚はない。
「未婚の女性の素裸までみたのに?」
「うっ……」
ニコニコとエレナは続ける。
「挙句の果てに同衾までして」
「…………」
困ったわと。
「もちろん責任を取ってくれるわよね?」
相変わらずニコニコと微笑んではいるが、目は笑っていない。
逃がさないわよ、と言っているようで。
背中から冷汗がだらだらと流れるのを止めようがなかった。
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