第二十話「貞操の危機」
俺はふと考えることがある。
それは、この世界に来る前の内田直樹とは一体どのような人物であったのであろうかということ。
知識として前居た世界の情報を思い出すことはできる。
だが、俺自身の記憶を思い出そうとすると霞がかかったような症状に襲われる。
一番古い記憶は夢のなかで対面した神様との漠然とした会話。
はてさて、これはどういうことなのか。
自分は一体どこで生まれどのような生活をしていたのか思い出すことができない。
両親の顔も、親しかった友人も、何もかも。
故に俺は自身の存在に、時より疑問をもつのであった。
しかしながら、過去だけでなく今の現状に俺は大いに混乱していた。
「な、なにを」
俺は自分の身を守るため後ずさりしながら抗議の声をあげる。
身に纏う姿はキャミソールとパンツのみ。
その抗議を意に介さず迫り来る脅威。
悲しいことに後ろはすぐ壁。
目の前に迫る脅威――栗色の髪、頭にブリムをのせ、体には白黒で構成されたエプロンを身に付けている。
いわゆるメイド。
「アリス様、無駄な抵抗はお止めください」
柔らかな笑みを浮かべながらも、拒否権はないとばかりに迫り来る、俺もよく知っている顔。
その手には戦利品――俺が着ていた服が掴まれていた。
王城に居たときに俺も度々お世話になったアニエスの教育係でもあるローラだ。
俺を壁際に追い込みながらも、手慣れた仕草で服をきれいに畳む。
王城の一室。
休日、俺は久しぶりに王城を訪れていた。
身に迫る脅威に怯えながらも、俺はここまでの経緯を思い返す。
◇
今日は元々アニエスと街に遊びに行く予定であったが、朝起き下に降りると何故かローラが訪れていた。
学校に来て、そこそこ寮での時間を過ごしてきたがローラが訪ねてきたのは初めてのこと。
まさか世間話をするためだけに王城で勤めているメイドのローラがわざわざここまで出向くはずがない。
俺は何事かと思い事情を尋ねたところ、国王陛下が娘のアニエスと会いたいとのことで迎えに来たとの答えが返ってきた。
隣でローラの回答を聞いたアニエスは頬を膨らませ不満を表現し、抗議の声をあげた。
「今日は、アリスと遊ぶ予定なの!別の日にして」
「姫様、国王陛下もお忙しい身。それでも愛する娘の元気な姿がみたいと時間をおつくりになったのです」
「うっ」
「暫く一緒に行動しておられたガエル王子も今は遠い北の地。
姫様も学校に入学され王城で顔を会わす機会もなく――」
アニエスは情に訴える説得に弱いようだ。
最初の威勢はどこへやら。
ローラの説得を受け、徐々にアニエスの声がしぼんでいく。
「公務の合間で、ことあるごとに娘の顔が見たいと漏らしておいでと聞きます。
やっととれた時間、それを拒絶されたと知れば大層悲しまれるでしょうね」
ローラの声を聞きながらもアニエスは俺の方をチラチラと窺っていた。
俺と遊ぶ約束をした手前、約束を反故にすることをアニエスは嫌っていると予想する。
王国の最高権威である国王陛下の言葉と俺の約束を天秤にかけた思考ができるのは、アニエスくらいではなかろうか。
第一王子のガエルであれば俺の約束など即断で後回しにされただろう。
俺の前では天真爛漫な姿を目にすることが多いが、寮で同室、学校でも長い時間一緒に行動を共にしているとアニエスは非常に義理固い性格であることは理解していた。
(ただ、俺との約束を優先したって陛下に知られたらどうなることやら)
国王陛下は俺の正体が勇者ナオキであることを知っている。
ただでさえ同室で生活をしていることは国王陛下の耳にも届いており、以前面会した際にひと睨みされた過去がある。
いくら異世界の知識に疎い俺であっても、国の最高権力者の機嫌を損ねることがどういった結末を辿るのか想像することは容易い。
その想像に身震いし、アニエスを説得せねばと俺もローラの発言に助勢することとした。
「ローラさん、国王陛下との面会はどのくらいの時間がかかるのですか?」
「本当は一日くらいゆっくりと話をしたいとお思いかもしれませんが公務がありますので、せいぜい一時間くらいかと」
「なら、まずは王城に行って、面会が終わり次第街に遊びにいきましょう」
俺は無邪気な笑顔を装いながら提案する。
「アリスがそう言うなら……」
渋々といった様子でアニエスは了承の意を示した。
アニエスから聞きたかった答えを得られ、ローラは微笑む。
◇
王城まで俺も同伴することにした。
国王陛下とアニエスの面会が終わり次第すぐに街へと繰り出すためだ。
王城にたどり着くとアニエスと一旦別れローラに別室へと案内された。
来訪者を迎えるためだけの部屋として、庶民感覚の俺にはあまりにも広すぎる部屋。
ローラが開けてくれた扉を潜る。
俺が部屋に入ったのを確認すると続いてローラが部屋へと入る。
ガチャ。
音ともに部屋の鍵が閉められる。
(ん?)
何故鍵をかけるのか疑問に思っていると、先程までは後ろにいたローラがいつの間にか目の前に立っていた。
いつもと変わらぬ笑み。
ローラの口が開かれる。
「ではアリス様、脱ぎましょうか」
「えっ?」
どういう意図なのか、問うよりも早く、ローラの腕が俺へと伸びる。
伸びたかと思えば服を剥ぎ取られていた。
俺は混乱する。
「な、なにを」
突然訪れた、俺の貞操の危機であった。
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