第五十九話「帰郷」
女王の企み、つまり女王が持ち掛けてきた取引により、森都で起きた騒動は収束へと向かった。
その取引の内容は簡単なものだ。
「竜の力を貸してほしい」
ようは王都で赤が魔物を地下に抑え込んでいたように、それを森都で行ってもらいたいとういう話。
これにより、女王の魔力が戻らない状態でも結界のような役割を果たせ、魔物の増援を断つことに成功。
だったら最初から竜の力を使えばよかったのではと思うかもしれないが、森都に入り込んだ魔物には竜の脅威は効果が薄く、倒すしか選択肢はなかった。
目の前にぶら下げられた人という食糧のほうが魔物には脅威を上回る魅力があったのだ。
……それに暴走状態とでも言える魔物にはどちらにせよ効果はなかったと思われる。
俺たちの活躍により森都内部の脅威を排除したことで、初めて赤の竜の加護とでもいう結界が効力を発揮したのだ。
こうして少なくない犠牲は出たが、森都が壊滅するほどの被害は出ずに済んだ。
騒動から一日経ち、すでに街の復興は始まったと聞く。
……まぁ街の被害の一部は魔物よりも俺の連れてきた愉快な仲間たちがやったわけではあるが。
「なに。建物なぞ建て直せばいいのじゃ」
街を破壊したことを謝罪した俺に女王は快活に笑いながら許してくれた。
魔物によって被害を受けた建物はどうせ一度壊してから再建になるので、寧ろ手間が省けたと。
女王やレイからは大変感謝されたわけだ。
俺としては憂いの一つが払えて少しほっとした。
そして元の男の身体に戻った俺はというと。
横になっていたベッドから起き上がり這い出ようと試みるが。
「アリスちゃん、寝てないとダメです!」
メイドの一人であるフィオナが俺の起き上がる気配を察するとすかさず肩を両手でつかまれベッドへと押し戻される。
今日すでに何度目かとなる攻防。
フィオアは腰に腕をやりお怒りモード。
「もう、体調は大丈夫ですから」
「ダメです。姫様からよく監視しとくように言われております。絶対だめです」
「うぅー」
不満を訴えるが聞き入れてもらえない。
そう、結局俺の身体は一夜の奇蹟だったのか、再び”アリス”の姿に戻ってしまった。
一夜の奇蹟だったのか。
女王が与えてくれた秘薬により呪いが打ち払われたと喜んでいたのだが。
日が昇り、女王との会話が終わって少しして突如として身体が縮み、元のアリスの姿になってしまった。
元の姿からアリスの姿になってしまったが正しいか。
ぶっかぶっかの服を引きづるようにしてなんとか城まで帰還した。
今いるのは、フィオナが居ることからも分るように、アニエスが森都の住まいとしているレイの屋敷。
そしてなぜベッドの上なのかというと、風邪をひいてしまったからだ。
俺は夜会でワインを掛けられ、体を冷やし、それが原因で風邪をひいてしまった、とうことになっている。
ということになっているということは真実は別にある。
元の身体に戻ったことにより、勇者ナオキとして保有している魔力に身体が耐えられなくなり発熱として身体を侵した。
……何となくわかってはいたが、同じ身体ではあるが未成熟の今では勇者ナオキとしてスペックは違い、特に魔力の保有量には大きな開きがあるようだ。
あと、世界樹の実から作られた秘薬によるドーピング状態も少なからず影響していたこともあると思う。
とりあえず元の身体に戻った反動で昨日一日は寝たきりであった。
余剰な魔力は小さな姿に再び戻った青に供給し続け、ようやく熱が下がったのが今朝。
一日横になりっぱなしだった俺は少し動きたいのだが、アニエスが置いていったフィオナという門番が何が何でもベッドから出してくれないのである。
因みに熱を出す原因(嘘)となった所業を行ったリットン侯爵に対してアニエスはそれはそれはお怒りになったとか。
これはリットン侯爵にぷりぷりと怒りを口にしながらフィオナが教えてくれた。
俺が元の姿に戻って魔物が殲滅している間もアニエスは俺を心配していたようだが、レイが「体調を崩して、女王様のお部屋でお休みになっている」という口添えしてくれたことも拍車をかけた。
まぁ、ワインをぶっかけられたのは事実なので、嘘の罪を擦り付けたという罪悪感はゼロであるが。
トントンと扉がノックされる。
来客、誰であろうかと疑問に思い扉に目をやる。
ノックの音に反応し、フィオナが扉を開けると、そこに居たのはレイであった。
「邪魔をするぞ」
予期していなかった来客にフィオナは一瞬硬直する。
「体調は戻ったようだな」
俺を一瞥しながらレイは続ける。
「すまないが、アリスと少し秘密の話をしたい。少し、席を外してはもらえないだろうか?」
「は、はい」
フィオナは一礼し、慌てて部屋から出て行ってしまった。
「さてと……女王陛下いいですよ」
「うむ」
レイの言葉に応じ、先程まで何もいなかった空間から返事が返ってくる。
すぐに光の粒子が集まり、人の形を造った。
悪戯気な表情を浮かべた女性――女王がそこには立っていた。
「ふむ。どうやら娘っこはレイとアリスの密会に興味津々のようじゃが、レイ」
「はい」
即座に女王の意を酌み、レイが盗聴を防ぐ魔術を展開する。
「……それで俺にどんな要件ですか?」
外に声が漏れる心配をしなくていいことに加えて、この場には俺の正体を知っている者しかいない。
普段の口調で女王へと問う。
「なんじゃ。心配してちょっと見舞にきてやっただけとは思わんのか?」
にししと笑いながら女王は言うが、言葉をそのまま受け取ることはできない。
見舞いという言葉に嘘はないであろうが、女王も、そしてレイも国の重要人物。
ただの知人を見舞うという私事で時間を割く性格の二人ではない。
特に現在の状況を鑑みれば、「ありえない」という結論に簡単に至る。
だから俺は女王の言葉に「思わない」と即座に同意するのであった。
「まぁ、そうじゃな。……少し失礼するぞ」
そう言うと女王は手を伸ばし、俺の額へと手をやる。
冷んやりとした感触が伝わってくる。
「熱は下がり、魔力もだいぶ落ち着いたようじゃな」
「はい、なんとか」
ペタペタと顔を触る。
どうやら俺の魔力を診ているようだ。
「なら良い。では、お主も聞きたがっておるであろう本題に入るとしよう」
続きはレイの口から語られた。
それは俺が森国に竜の力を貸すことに対する対価。
……俺としては命を救ってもらった恩があるので対価を求めはしなかったのだが、そういうわけにもいかないとのことだ。
俺が求めた対価は王国からの要請のあった転移陣の再構築に力を貸すというものだ。
傍から見れば、これまで王国との交渉との席で突っぱねていた要求を受け入れた形。
「この話はすでに王国の姫君と正式に交わしたものだ。……しかし、よかったのか?」
「よかったとは?」
「こう言っては何だが、王国にも多少力は借りたが私達が恩義を感じるのは君、勇者ナオキに対してだ。対価は君が受け取るべきなのでは?」
レイの言葉に肩をすくめる。
「女王様に命を救ってもらった身でこれ以上は望まないさ。普段アニエス姉さんに世話になっているし、その助けになるのであれば十分俺にとっても有益なものさ」
「レイそれに、こやつはわしのキスも受け取っておるのじゃ」
「キ、キス?」
わざとらしく腰をくねくねさせながら言う女王の言葉に俺は素っ頓狂な声を上げる。
なんだそれは、と説明を求めるようにレイを見るとすごい顔で睨まれた。
その顔で、女王の言葉がどうやら事実であることは確認できたが明らかにレイの機嫌が降下。
「……なに。女性同士のそれも治療のためにやむを得ないことでしたから」
話を逸らすことにする。
「で、では転移陣を再構築するってことは森都から誰か優秀な人を派遣してくれるということですか?」
「ああその通りだ。私が行く」
「へ?」
レイは私が行くと発言。
「なんだ私では不満か?」
「いえいえ。不満というか十分すぎるというか……。でも、森都が大変な時にレイのような人材が国を開けていいのかなーって」
「なに問題はない。君の魔術で定期的に森国と王国の間を行き来すればいいのだからな」
「へ?」
あまりにも簡単に言うレイの発言。
「うむ。男の姿の時より、魔力の保有量は減っているようじゃが、それでも規格外の量を有しておる。転移に必要な魔力は十分足りておる。そうであろう?」
「ええと……」
女王に同意を求められるが、自分の身体でありながら、この身体で転移の魔術を使ったことはないため何とも返答に窮するが、女王が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。
否定するだけ無駄。
それに、俺がレイを連れて王国と森国を行ったり来たりするのは決定事項のようだ。
「……転移で行ったり来たりするのはいいとして、その場合俺は無償で力を貸すことになるんですかね?」
「ふむ」
ちょっとした冗談のつもりで言った発言だが、俺の発言にレイは顎に手をやり真剣に思案し始めた。
そこに女王が提案をする。
「ならレイがアリスに魔術を教えるというのはどうじゃ? こやつ、魔力量は規格外じゃがまだまだ制御は未熟。お主も鍛え甲斐があるのでは?」
「なるほど。素晴らしい考えです、女王陛下」
「決まりじゃな」
「いやいやいや。俺には師匠がいるし、今はラフィにも教わってるから」
「問題ない。私はこう見えても教えることはラフィよりも優秀だ。それにアリスの師とはリチャードのことであろう?」
「!?」
なぜそれをレイが知っているのかと驚くが、冷静に考えてみればサザーランドという家名に加えて、俺が表向き魔術の才を買われて養子に迎え入れられたことになっているので知っていてもおかしくはない。
だが、レイの続きの言葉でさらに驚く。
「リチャードの師はこの私だ。ならば、リチャードの師である私がリチャードの弟子の面倒を見ても何も問題なかろう」
……意外なところで繋がっていた。
考えてみれば義父リチャードから与えられた世界樹の枝で造られた杖は、そう簡単に手に入るはずがない。
レイの発言を聞いて納得してしまう。
「ちなみにアリスよ」
「何でしょうか?」
「レイに魔術を教わるとラフィに知られたら、あやつは相当拗ねるぞ。うまく伝えるのじゃぞ?」
「……」
そこはレイと女王が上手く言いくるめてほしい。
というか、だったらレイに教わりたくないよ!と思わずにはいられなかった。
◇
転移陣の復旧は早ければ早いほどいいとのことで、王都への帰還はレイ達との会話から三日後のことであった。
俺、ラフィ、アニエス、そしてレイの四名で先行して帰還する。
「ねえねえ、ナオキ」
転移の魔術を発動する直前。
ラフィが俺にだけ聞こえる声で尋ねてきた。
「……色々あったけど、その、森国での旅はどうだった?」
そう、初めての異世界での旅行は色々なことがあった。
疲れた、というのも一つの感想かもしれない。
「また一緒にこうして旅をしよう」
答えとはちょっと違ったかもしれない本心。
俺の言葉はラフィが想像していたものとは違ったようで、答えを聞いたらラフィは二度三度目を瞬く。
だが、その答えは間違っていなかったようで、あまり見せてくれない笑顔でラフィは頷く。
「うん。約束だよ」
こうして初めての森都への旅は終わった。
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