第十一話「魔術のすすめ」


 ラフィの案内の下、辿り着いたのは一本の樹であった。

 樹には幾つもの白い実がぶら下がっているのが見えた。

 これもまた見たことがないものである。


「これも毒?」

「違う」


 ラフィは俺の言葉を否定すると、樹にぶら下がっている実の一つを取り、俺に渡してくれた。

 大きさはみかんくらいだが、表面の皮はツルツルしている。

 毒ではなく、渡してくれたということは「食べてみれば?」との意図と受け取った俺は、小さな口を精一杯開け、カプっと白い実に噛り付いた。


「にがっ……!」


 滅茶苦茶苦かった。


「何で食べるの……?」


 ラフィが俺の行動を呆れた様子で見つめる。


「毒がないっていうから……」

「子供じゃないんだから」


 はぁと溜息を付いたラフィであったが、やや悪戯気な表情に変わる。


「アリスちゃんは子供だったわね」

「なっ……!」


 違うと否定したが、ラフィには、はいはいといった感じで軽くあしらわれた。

 不本意だ。

 俺のことはお構いなしに、ラフィはもう一つ白い実をとる。


「ナオキはこの実を見たことはある?」

「……いや、見たことはない。珍しいものなのか?」


 俺の言葉をラフィは首を横に振り否定する。


「珍しくはない。でも予想した通り、王国の教えている魔術は色々と基礎が抜けてるのね」

「今の言い方だと、この実はなんだ、魔術に関係したものなのか?」


 首を傾げながら問うと、「そう」と首肯し、ラフィは続ける。


「この実はミモネって言う。森国の子供たちには身近なもので、魔力を操るうえで最初に触れるもの」


 見ててとラフィが言うと、先程まで白かったミモネの色が変化した。

 深い藍色に。

 俺は目を丸くして、ラフィが持つミモネを見つめる。


「色が変化した? 何で?」

「これはね、魔力をこめると術者と相性の良い属性に色が変化するの」

「属性?」


 左に傾けていた頭を今度は右に傾ける。


「ナオキはあまり関係ないかもしれないけど、私達が魔術を使うとき、どうしても得意な属性と不得意な属性があるの」


 魔術は大きく六つの属性に分かれている。

 風、火、水、土、光、闇だ。

 これらの属性が混ざり合ったものを複合魔術と呼ぶ。

 俺も一応それなりに王立学校で使われる、魔術魔術の教科書は真面目に読んでいるので魔術に属性があることは知っていた。

 首を傾げたのは人によって魔術に得意、不得意があるという点だ。

 今まで読んできた本にも、王立学校の授業でもそのような話は一切出ていなかったからだ。


「私のように青系統だと水系統と相性がいいことがわかる。それに少し緑がかっているから風とも相性がいい」

「赤系統なら火ってことか」

「そういうこと。土なら茶色」

「光なら白? ってことは魔力をこめる前と色が変わらないのか?」

「色で表せば白だけど、光と相性がいいとミモネがほのかに発光するからわかる」

「で、闇なら黒ってことか」

「そう」


 へー、と初めて聞いた知識に関心しながら、歯型のついたミモネを俺は見つめる。


「でも、なんで相性が良い属性とかがあるんだ?」

「一説によると、個人個人の魔力には人でいうところの『味』みたいなのがあって、精霊によって好き嫌いがあると言われてるわ」

「味ね。俺達が精霊に対価として払ってる魔力は食べ物みたいな扱いというわけか」


 そこまで言い、俺は再び首を傾げる。


「相性がいい魔術というものが人それぞれというのはわかった。なら相性が良くない魔術は使えないのか……?」


 声に出した言葉を、俺自身が違うと否定する。

 相性が良い魔術しか使えないのであれば、ラフィは水属性と風属性の魔術しか使えないことになる。

 だが、俺はラフィが全属性の魔術を操っていたのを知っている。

 言葉にしていないが、ラフィは俺が理解したことを察し、疑問に思っていたことへの答えを口にする。


「相性がよくなくても、魔術を発動するのが詠唱の役割」

「つまり、なんだ。魔力を詠唱によって、精霊好みに味を変化させる……料理みたいな役割と思えば良いのか?」

「その理解で正しい」


 俺は次の疑問を口にする。


「ラフィの話を聞く限り、魔術を使う上で知ってて当たり前の知識のように思うけど、何で王国では知られていないんだ?」

「多分、森国ではあまりにも当たり前すぎて本に記述されたり口伝されることもなかったのと、私達の国以外ではミモネの樹をあまり見かけないから広まらなかった知識と思ってる。

 それに、確かに詠唱をきちんと唱えて魔力を与えれば魔術は発動するから」

「ただし、相性のよくない魔術は発動しにくい?」

 

 ラフィは俺の言葉を肯定する。


「初級と呼ばれる魔術であれば些細な問題かもしれないけど、中級から上級の領域では自身の相性を理解していないと苦労することになる」

「でも、詠唱さえできれば相性がよくなくとも発動するんじゃ?」

「発動しない」


 ふるふるとラフィは首を横に振り否定した。


「自身の魔力の質、ここで言う『味』を理解して、力を借りたい精霊好みの詠唱を見つけないと魔術は完成しない」

「一人一人、魔術を発動する詠唱句は違う?」

「そう。だから人が記した魔術書を参考にしても、ある段階から上手く魔術を習得できないの」


 じーっと再びラフィは俺を見て、


「だから私の詠唱句をそのままで魔術を発動して、挙句の果てに無詠唱で上級の魔術を発動するナオキは非常識なわけ」


 ラフィの指摘にうぐっとやや申し訳ない気持ちになる。

 改めて俺が貰った固有能力ギフトがいかにチート性能なのかがわかった。

 

(リチャードさんは知ってたのかな?)


 俺に次々と魔術書を渡してくれた、義父の姿を思い出す。


「それより、ナオキも魔力をこめてみて。ナオキがどの属性と相性がいいのかは興味がある」


 先程までやや呆れた顔をしていたラフィが、今度は期待の眼差しで俺を見ていた。


「そうだな」


 俺の場合は相性がいいのは何であろうか。

 ラフィの言う通り、属性によって発動する魔術に苦労したことはない。

 全属性に相性があるという可能性。


(最近だと火属性の加護が強くなってはいそうだが……)


 あとは、神様が最初から用意していた魔術から光属性と相性がいいのが考えられる。


(まぁ、今からそれもわかるだろう)


 ぐっと右手に持ったミモネに魔力をこめてみた。

 

 ふんわりと淡く、だが魔力が込められるにつれて輝きは増していく。

 眩しい。

 さながら電球のようであった。  

 

「意外。光属性との相性がいいみたい。それも純度が高い」


 俺が予想した一つが正しかったようだ。

 ラフィの言葉でもう十分と思い、魔力をこめるのをやめる。

 魔力をこめるのをやめたことで光は弱まったが、ミモネは未だに淡く発光していた。


「純度が高いっていうのは?」

「一つの属性に特化してるという意味。割と珍しい」


 でも、とラフィは考え込む。


「なおさら何でナオキは全属性の魔術を使えるの?」

「俺が知るわけないだろう……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る