第二十六話「レーレの任務」

 レーレが案内してくれた店も大層繁盛していた。

 一日の終わり、多くの冒険者が一日の疲れを労い、おおいに飲み、食べ、騒いでいる。

 俺の姿では目立つかと心配していたが、一瞥はされることはあっても、特別に注目されることもなかった。

 その理由は単純である。

 席に案内されている途中、俺と同じくらい、もしかしたら少し背が低いかもしれない女性が酒を飲んでいる姿が見えた。

 ドワーフ族だ。

 更によく周りを見てみると、王都と違い、様々な種族が席を埋めていることに気付く。

 人族の方が少ないくらい。

 王都ではドワーフ族、中でも女性はあまり見かけなかったが、この場所ではでは俺のような身長は特段注目されるものではないようであった。

 そんなことを思案しているうちに案内され、席に着く。

 レーレが奥に。

 俺は対面に座る。

 座ると、レーレが問いかけてくる。


「何か食べたいものはあります?」


 レーレの視線を追ってみると。

 今日のオススメなのか。

 席まで案内してくれた店員が、ニコニコと、営業スマイルを浮かべながらメニューが書かれたボートを抱えている。

 肉料理を中心に様々な品が書かれていた。 

 しかし、名前からどのような一品なのか、どのような味なのかは、こちらの世界での経験がまだ足りず、何を頼めばいいのか、判断に困る。


「んー、任せる」

「そうですか。ならこちらを一つ下さい。あとこれも」


 レーレが指さしたメニューに目をやる。

 レッドラビットのパイに山菜ときのこを添えて。

 ことこと煮込んだボア肉と旬菜野菜のスープ。


「何か飲みますか?」


 店の奥には飲み物の一覧がかかれたボードが置かれていた。

 多いのは酒類。

 ボードのほとんどを占めている。

 冒険者が多いお店なので当然なのかもしれない。


(ここでなら俺が酒類を頼んでも大丈夫だろう)


 店で見かけたドワーフ族の女性の姿を思い出しながら、


「じゃあリンゴ酒で」


 迷いなく注文する。


「では、リンゴジュースを2つで」

「はい、ご注文承りました!」


 俺はがっくりと机に突っ伏す。

 腕の隙間から、注文を取った店員が踵を返していくのを見送った。


「どうして?」


 不満気に、レーレを腕の隙間から睨む。

 レーレは涼し気な表情で、


「勇者様は未成年なので、アレクから酒は飲まさぬようにと厳命されておりますので」

「ぐぬぬ」


 少し不貞腐れはしたが、気を取り直し、顔をあげる。


「レーレさんはお酒じゃなくてよかったの?」

「私は元々お酒に強くないので」


 暫く待つと、注文した料理が机に揃う。

 食欲を誘う香りが鼻孔をくすぐる。


「乾杯ですもしますか?」

「ん」

「では乾杯」


 二人静かにリンゴジュースで乾杯する。

 まずは一口。

 口に含み、ほのかな甘みを堪能した。


「で、レーレさんとアレクの関係を教えてもらえるかな?」

「恋人です」

「……!?」


 予想外の言葉に、何気なくもう一度口に含んでいたリンゴジュースが気管に入り、むせる。


「ごほごほっ。ええツ、恋人? アレクの?」


 思わず席から腰を浮かせ、今一度問い返す。


「冗談です」

「じょ、冗談かよ」


 こんな綺麗な人がアレクの恋人なのか、と驚いてしまった。


「で、本当は」

「少しお待ちください」


 レーレが何やら目を瞑り、暫くすると再び瞼を開いた。


「念のために盗み聞ぎされていないかを確認しました。大丈夫そうです」

「盗み聞きって……」

「さて、まず私とアレクの関係を話す前に、今回の私の任務についてお話しておこうと思います」

「任務? 隊商の護衛じゃなくて?」

「はい。隊商の護衛ではなくて」


 ニコリと微笑むレーレ。

 少し不穏な空気を感じながら、言葉の続きを待つ。


「私の任務は勇者様、貴女の護衛です」

「俺の護衛?」

「はい」


 想像していなかった言葉。

 必要なのか?と疑問が浮かぶ。

 そんな俺の疑問は顔に出ていたようで、レーレが続ける。


「勇者様、貴女に普通に対峙すれば勝てる者はまずいないでしょう。

 剣舞祭で披露した剣技と魔術で誰もが思ったことでしょう。

 ただし、それは一対一の状況。

 あくまで正々堂々とと戦った場合に限ります」

「……」


 俺は黙ってレーレの言葉に耳を傾ける。


「アレクが警戒しているのは、貴女が暗殺されることです」


 レーレが告げた言葉を瞬時に理解ができず、間があく。 


「……暗殺って。俺を?」


 レーレが頷く。


「待って待って。俺を暗殺? 一体だれが? なんで?」


 矢継ぎ早に言葉を投げる。


「誰かはわかりません。

 ただ、先日起きた王都の人攫い事件。

 それに付随する仕掛けられた謎の魔法陣。

 それらの関係者ではあるでしょう」

「だとしても分からない。どうして俺の暗殺につながる? 

 そもそも、先日の事件、俺が関わっていることを知っている人でさえ、かなり限られるだろう」

「説明の仕方が悪かったですね。先日の事件を妨害したから勇者様の命が狙われているわけではありません」

「余計にわけがわからなくなるんだが……」

「理由は至って簡単。

 貴女という存在が、王都を、ひいては王国を滅ぼすのに邪魔だからですよ、勇者様」


 レーレに突きつけられた言葉に俺は息を呑む。


「どうして王国を滅ぼすなんて話が出てくるんだ? いや、そもそも俺を殺したところで国を潰すのに、何か益があるのか?」

「勇者様は今や王国の剣聖でもありますから」

「称号だけだがな……」

「でもその称号は勇者様が思っている以上に価値あるもの。

 そして王国を滅ぼす際に障害となる存在でもあるのです」


 周囲の喧騒が、どこか遠くのことのように感じられた。

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