第二十五話「砦の中」

 冒険者一行も、乗っていた馬を預けていく。

 テオが明日の集合時間と場所を伝え、今日は解散。

 冒険者は各々散っていくのが見えた。

 俺も荷馬車から降りる。

 両足で立つと、未だ地面が揺れている様に錯覚する。

 荷馬車生活四日目ではあるが、一向になれそうにない。


「なんだか冒険者も多い?」


 荷馬車から降りた俺は周囲をあらためて見渡し、ポツリと呟く。

 砦の中には、隊商の面々以外の冒険者も数多く見えた。

 道中あまり他の荷馬車ともすれ違わなかったが、商人の姿も見える。

 不思議に思っていると、後から降りてきたラフィが答えを教えてくれた。


「騎士の数が足りてないから、王国から魔物の討伐依頼が沢山でてる。だから冒険者も多い」

「ああ、そういうわけか。それも災厄の影響で騎士が足りてない影響ってこと?」

「違う。災厄とは関係なく。

 どこの国も、多くの魔物討伐は冒険者に依頼している」

「へぇー。でも、この辺りってあんまり人住んでないけど必要なの?」


 地図を見た感じ、共和国へと向かう道すがら、大きな街は見当たらない。

 勿論、ぽつぽつと民家らしきものは見えたが、少人数のために国を挙げて魔物討伐を行ってくれるとは考えられず、わざわざ国が予算を割いてまで冒険者に依頼を出すのが不思議であった。

 

「確かに人はそんなに住んでないけど、街道の治安を維持するのは国の仕事。被害がでれば統治ができていない国として悪評が広まる」

「なるほどね」


 ラフィの説明に納得する。


「ナオキこっち」


 ラフィに促され砦の中を歩いて行く。

 今日は商会の世話にならず、自分達で宿を探す必要があると事前にラフィから聞いていた。

 宿に向かうのだろう。

 周囲をきょろきょろと見回しながらも、迷いない足取りで歩くラフィの後をはぐれないよう付いて行く。

 当初、砦の中で宿を探す必要があると聞いた時、俺は意味が分からなかった。

 街の中でもあるまいし、宿なんてあるのか?

 あったとしても選択肢があるとは思えない。

 だが、実際に砦の中をみて、ラフィの言葉の意味を理解した。

 砦の中は、もっと厳粛なイメージであったが全く異なった。

 冒険者が多く闊歩し、様々な音が砦の中で乱れ飛んでいる。

 王国の騎士が駐屯する場所は一部のようだ。

 時代の変遷によるものか。

 区画で仕切られた場所は、砦の場所とは思えない様相。

 王都の冒険者街と似た雰囲気ではあるが、より雑多。

 冒険者相手の武器屋が軒をつらね、薬屋や、もちろん酒場もある。

 砦の中は、違法増築に違法増築を繰り返したとしか思えない造りとなっていた。

 上へ下へ、右から左へと不思議な階段が通路から通路へと接続され、複雑怪奇。

 地図と睨めっこしても、目的の場所へ辿り着ける気がしない。

 そもそも砦の全容が描かれた地図が存在しているのかさえ怪しい。

 一人で行動すれば間違いなく迷子になるだろう。

 暫く歩き、ようやく雑踏の音が遠くなる。

 ラフィは目的の場所に着いたのか、立ち止まった。

 店の入口には宿屋を示す印が描かれている。


「私はもう休もうと思うけど、ナオキはどうする?」


 今日の今後の予定は決めていたが、少し考える素振りをみせてから答える。


「俺はちょっと砦の中を散策してこようかな。せっかくだし」

「そう。私はここで休んでるから。ナオキもここでいい?」

「他の宿とかわからないから、お願いしていい?」

「そう。なら、ナオキの部屋もとっとく」

「頼んだ!」


 抱えていた青も押し付ける。

 特に嫌がる素振りもなく、青を受け取ったラフィは一度ぎゅっと感触を確かめ、踵を返していく。

 そのまま宿屋の扉をくぐり、ラフィが見えなくなるのを確認する。


「さて、と」


 砦を散策したいというのは本音だが、俺はそれ以上に優先すべきことがあった。

 レーレだ。

 昨日は詳しい説明を聞く間もなく姿をくらませられた。

 俺を突然襲撃してきた獣人族の女性。

 レーレのことはまだラフィに話していない。

 彼女が何者なのか相談してもよかったのだが、アレクの知り合いではあるみたいなので、取り敢えず本人から話を聞いてみてからでもいいかと判断した。

 しかし、想像以上の人数がひしめいている砦の中。

 この中から目的の人物を探すというのは普通であれば困難である。

 だが、俺にはチートとも呼べる神様からの贈り物を授かっている。

 早速レーレの居場所を調べようとしていたときであった。


「探してるのは私ですか?」

「ひぃああああ!?」


 突如、耳元で声がした。

 慌てて後ずさる。

 動転し、声の主を確認するのに少し時間がかかった。

 声の主はレーレ、その人であった。


「い、いつから?」

「ずっと後をつけていましたよ?」

「そう、なのか……全然きづかなかった」

「隠密行動は私の特技ですので、そう簡単にばれたら困ります」

「……まあ、いいや。探す手間が省けたし」


 驚き、変な声をあげてしまったのを誤魔化すかのように、憮然と俺は言葉を返す。

 そんな俺の態度をニコニコと微笑み眺めながら、レーレは言う。


「立ち話も何ですので、食事をしながらでもどうですか。いいお店を知ってますよ?」


 言葉に誘発され、俺のお腹は可愛らしくぐーっと音をたてた。

 そういえば今日はまだ夕食を食べていない。

 雑踏の音でレーレには聞こえてないかとも思ったが、もちろんレーレの耳にはばっちり届いていたようで、


「では、行きましょうか」


 俺が同意の返事するまでもなかった。

 やや赤面しながらも、見失わないよう、レーレの左右に揺れる尻尾を追いかけるのであった。

 

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