第二十四話「ハーバー砦」

 魔術で拘束されたレーレは大人しいものであった。


「参りました」

「……もう、襲ってこないですか?」

「はい。そこは御安心下さい」


 悪びれない態度で返事をするレーレ。

 本当だろうかと、勘ぐらずにはいられない。


(この人、俺を問答無用で襲ってきたわけだしこのままにしとくべきか)


 今一度思案し、レーレに目を向ける。

 吊るされた彼女から戦意は感じられない。

 俺は言うなれば被害者なわけで、この後彼女がどのような目に合おうとも非難する資格はない。

 彼女の今後は今俺の手に委ねられているのだが。


「?」


 視線に気づき、悠然と微笑むレーレからは俺が害する行動を起こすなどとは微塵も思っていないようであった。


(甘いのかな……)


 はぁ、と一度溜息をつく。

 時間が経てば何かいい方法が思いつくわけでもない。

 俺は結局レーレを縛っている拘束を解くことにした。

 解除を念じると、拘束していた樹木は崩れ落ち、地面に溶けるように消えていく。

 レーレの足が地面につく。

 同時に俺へと向かい一礼しながら謝罪する。

 魔術の拘束を解いたタイミングで襲われるのではとの心配は杞憂であった。


「先程は失礼しました。改めまして、自己紹介を。

 レーレ・レヴィーと申します」

「知ってる。でも、最初の魔術、俺の反応が間に合わなかったら怪我してたと思うんだけど?」


 恨みがましく俺はチクリと言う。

 が、レーレは顔をあげると、大人の余裕なのか、なおも微笑みながら返答する。


「ご冗談を。あの程度の魔術、勇者様に通じるはずがございません」

「……なにを根拠に」

「ふふふ。そうですね、それについても先程のどうしてあなたが勇者であることを知っているかをお答えするのが最も簡単な答えになるでしょう」

「そういえばそんな約束だったな……。

 で、レーレさんは何で俺のことを勇者って知ってるんだ?」


 予想外の名前がレーレの口から告げられる。


「勇者様のお仲間、アレクから聞いたからですよ」

「あいつか……」


 脳裏に仲間の顔が思い浮かぶ。

 だが、俺はレーレの言葉を鵜呑みにしていいのか判断に悩む。

 アレクは普段、飄々とした態度ではあるが、軽率な行動はしない人物だ。

 そのアレクが一部の人間しか知らない「俺が勇者である」という事実をわざわざ広めるだろうか?

 思考に耽ていると、レーレから声がかかり。

 

「勇者様が疑問に思っていることはなんとなくですがわかります。

 それも含めて、また明日時間を頂けないでしょうか?」

「今じゃダメなのか?」

「少し長い話になりますし、今日は私も挨拶程度のつもりでしたので」

「挨拶って……」


 挨拶にしては少々過激すぎでは、と苦言を呈すよりも早く。


「今日はこの辺で。明日も早いですから、アリスちゃんも早く野営地に戻った方がいいですよ?」

「なっ……」

 

 気付いた時にはレーレの姿は視界になく、どこからか、声だけが俺の耳に届いた。

 きょろきょろと周囲を見渡す。

 

「なんなんだ、一体……」


 俺の呟きは虚しく空に消える。

 慰めるように、俺の周りをニジホタルがふわふわと舞っていた。



 ◇



「ふぁ~~」


 慣れてきた荷馬車の震動に揺られながら、今日何度目になるか。

 大きな欠伸をする。

 眠い。

 四日目になり、早起きには慣れたが、眠気だけはどうにもならない。

 加えて、昨夜は就寝前に長めのウォーキング。

 帰り道はミシェルを背負ってだ。

 ……一応起こそうと努力はしたが、一向に起きる気配がなく諦めた。

 まぁ、帰り道は魔術と身体能力をフルに発揮し、だいぶ時間は短縮したが。


「随分と眠そうね」


 俺の様子を見ていたラフィが、読んでいた本から視線を上げ、話しかける。


「子供の身体だと潤沢な睡眠時間が必要なのです……」

「子供ね……」


 俺の発言にやや冷ややかな視線を向けてくるが、すぐに本へと視線をもどし、それ以上は何も言ってこなかった。

 空が茜色に染まり始めたころ、進行方向に目的地が見えてきた。


 ハーバー砦。


 地図上では点で記され、周囲の地名と同じ大きさで描かれている。

 知識もないまま、その地名を探すのは難しいだろう。

 何の変哲もない場所と思っていた。

 想像したのは少し小高い丘に築かれたこじんまりとした砦。

 だが、それは誤りであった。

 距離があるときは、遠くに線が見えた。

 近づくにつれ、それが線でないことがわかる。

 山と山が交わる平地を、巨大な城壁が進路を塞いでいた。


「でか!」


 荷馬車の端から顔を出し、ハーバー砦の全容を見た正直な感想が口から漏れる。


「王国の南部を守る最後の砦だったんだから当然」


 ラフィはもう見慣れているのか。

 俺のように興奮した様子もなく、本のページを捲りながら淡々と言う。

 顔を引っ込め、ラフィの方を向き尋ねる。


「だった?」

「今は砦としての機能はほぼほぼ果たしてない。駐留している騎士もほとんどいない」

「それもやっぱり災厄のせいで人が足りないから?」


 俺の言葉にラフィは首を横に振る。


「もっと単純。南の国境線上での戦争が起きなくなったから」

「ああ、そういうことか」

「今のハーバー砦はこの辺りに出現する魔物の駆除に当たるための拠点として使われているくらい」


 やがて隊商は門へと辿り着く。

 門の両脇に騎士が立ってはいるが、検問などは行っていないようだ。

 騎士は直立不動のまま、荷馬車が門を通り砦に入っていくのを見送った。

 砦の中には荷車を駐車するスペースが設けられており、同時に、馬を休ませる場所も整備されていた。

 テオが慣れた手つきで、騎士の一人と話し、指示された場所に荷馬車を停めていく。

 今日の行程はここまで。

 どうやら宿泊施設もあるようで、久しぶりにベッドで寝れそうだ。

 四日目の目的地へと何事もなく辿り着いた俺は、昨晩の続きを聞くために、レーレの姿を探すのであった。

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