第二十七話「継唱」


 村を出て暫く歩いた。

 村周辺は狩りつくされているのか、未だに魔物と遭遇していない。

 幾たびの岐路を迎え、皆それぞれの道に分かれていく。

 やがて別の冒険者チームとすれ違うこともなくなった。

 アレク達一行はラフィを先頭に、迷いなく道を進んでいった。

 

「ちょっと待った」

「うん」


 アレクの一声にラフィが停止する。

 

「どうした?」


 後ろを歩くゲルトが怪訝そうに問いかける。


「この先に魔物だ」

「……俺の探知スキルだとひっかからないが」

「ま、こいつのおかげでちょっとばかし探知は得意なんでね」


 ミハエルの疑問に、アレクは自分の獣人族の証である耳を指さす。

 獣人族だから皆が皆探知能力に秀でているわけではないが、他の種族と比べると音に敏感だ。

 それにアレクは腕力に自信がなく、強い敵や集団からは逃げる生活を長い間続けていたため探知能力には自信があった。

 ミハエルも探知能力に自信があったのか少し悔しそうにし、ゲルトに判断を仰ぐ。

 

「ゲルト、どうする?」

「まだ迷宮の探索は序盤だ。なるべく消耗は避けたい。

 迂回できるか?」

「迂回できる。けど、魔力の濃い方に向かってるから……」

「どの道、魔物との戦闘は避けられないというわけか」


 ラフィはこくりと頷く。

 奥に向かえば向かう程魔力は濃くなり、それに比例して魔物も強くなることが予想される。

 

「ちょうどいいから、俺達の実力を把握してもらうために魔物とあたってもいいんじゃないか?

 ラフィ、魔物の数は二、三十ってとこだけどいけるか?」

「余裕」

 

 アレクの問いにラフィは即答する。


(俺達っていうか、ラフィの実力だがな。

 一人だったらこんなのとんずら一択だわ)


 ただ、アレクが発言した魔物の数にゲルトは驚き、戦うことに反対した。

 

「いや、ゲルト。ここはお二人の実力を見せてもらうべきだろう」

「ライムント……」

「私も賛成。ここで二人の実力を知っておかないと、臨時チームとしてやっていけないと思う」

「街の吟遊詩人が歌っている英雄御一行の戦いが見れるなら、俺は反対なんてしないぜ。

 それに奥に進むなら、ここから先さらに魔力は濃くなる。

 数十の魔物相手は今後もあると思うべきだろう」

「……皆の言う通りだ。わかった、戦おう。

 ただ、二人だけで戦うのは却下だ。

 我々の実力も知ってもらう必要があるしな」

「あいよ」



 ◇



 進んだ先に魔物の集団はいた。

 姿を視認するとミハエルは呻く。


「なんだありゃ……」


 アレク達が辿り着いたのは広い空間。

 入口付近から覗き込むと、うす暗い迷宮に揺らめく不気味な無数の赤い目。

 巨大な蜘蛛。


(……ラフィ、思ったよりでかい)

(大きい)


 小声で会話しながら、巨大な蜘蛛をよく観察する。

 気配だけではおおよその強さ、数しかわからない。

 

(ナオキだったら、あのでかい蜘蛛は何レベル、あっちは何レベルとか教えてくれるんだろうが)


 ナオキのように強さを測ることはできないが、アレクも実際に目視しじっくり観察すれば、相手がどの程度の強さかをより正確に測ることができた。

 アレクの下した判断は「ラフィの敵ではない」そこそこ強い敵。

 ちらりとゲルト達と比べ、厳しそうだなという結論をだす。

 ただ、アレクは共に戦うことを止めようとは思わない。

 戦闘の簡単な打ち合わせを行い、クロエの氷魔術が発動することで戦端は開かれた。

 蜘蛛は巨大であり、並みの魔術師の一撃では外皮に弾かれたであろう。

 それを最初の一撃で一体仕留めた。

 

「やるね」

 

 アレクは素直に賛辞を贈る。

 突然仲間がやられたことに周囲の蜘蛛は激昂し、アレク達に襲い掛かってくる。

 三人の前衛陣はそれぞれの間合いで迎撃する。

 次々襲い来る蜘蛛を捌く。

 中には天井に張り付いたまま、溶液を吐き出し攻撃してくる個体もいた。

 アレクはそいつらを集中的に狙い、撃ち落としていく。

 

「我らを守れ《氷盾アイスシールド》」

「水よ集え、凍てつき収束せよ《氷槍アイスジャベリン》!」


 吐き出された溶液はラフィの魔術により防御、クロエは攻撃魔術を詠唱。

 まずは天井の敵を確実に一体ずつ仕留めていく。

 うざったい天井側の掃討が終わる。


「ラフィ、いいぞ」

「うん」


 アレクの合図にここまで防御魔術中心に立ち回っていたラフィが攻撃に転じる。

 杖を掲げ、詠唱が紡がれる。

 独自句。

 魔術本には載っていないラフィ独自の詠唱。


「大気を満たす生命の源よ、溢れ溢れ満たせ。音なく、光なく、道はなし、破砕せよ《覆水》」


 蜘蛛を水で覆う。

 しかし、それだけ。

 アレク以外は皆、蹂躙する上位魔術を期待していただけに、あまりにも期待外れ。

 蜘蛛にダメージを与えてる様子も見らない。

 

「え、終わり……?」

「ああ、終わりだ」


 クロエの漏れ出た言葉にアレクは答える。

 すぐにその意味を知る。

 ラフィの口が開かれる。


「《蒼火》」


 水で覆われていた蜘蛛が青く揺らめく炎のように光る。


「《破散》」


 音もなく、水が蜘蛛もろとも弾けた。

 一瞬のうちに残っていた蜘蛛はラフィの魔術により全て潰されたのだ。

 何が起きたのかわからず、皆呆気にとられた。

 その様子をアレクは苦笑しながら眺めた。

 魔術を行使した本人は涼し気な顔。 

 ラフィの魔術は最初に使った魔術を起点に発展させる『継唱チェーン』という技。

 ナオキのことが好きなラフィだが、魔術に関しては別だ。

 負けたくない。

 この一心で、ナオキが使う無詠唱魔術に対抗するために編み出したものだ。

 第一詠唱を起点に、第二詠唱、第三詠唱を省略句で発動する。

 どうしても第一詠唱が少し長くなるため本人は「出来損ないの技」と卑下しており、あくまで最終目標はナオキと肩を並べられる無詠唱を取得することみたいだが。


「奥に進もう」


 ラフィは掲げた杖を下ろし、何もなかったかのように再び奥へと向かい歩きはじめる。

 

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