第三十話「公爵家の人々 6」

「アリスは今時間があるかい?」


 イーサンの言葉に少し考える。

 やらなければならない課題はあるが今すぐやらなければならないというものでもない。

 つまり時間はある。

 切迫した状況であれば、この様にのんびり散歩をしていない。


『……』


 俺の思考を知ることができるヘルプから、何か言いたそうな雰囲気をバシバシ感じるが、気づかぬふり。

 イーサンの質問へと簡潔に答えを返す。


「はい。大丈夫です」

「それはよかった。アリス、私と模擬戦をしてくれないか?」

「模擬戦ですか?」

「そうだ。貴重な機会だ。是非手合わせ願いたい」


 イーサンの言葉に少し首を傾げる演技。

 貴族らしい、張り付けた笑みの表情から、その先に何を考えているのか、思惑まではわからない。

 しかし、剣聖と呼ばれ、自身が騎士団の団長であることをカミングアウトされた後に提案された内容は、剣技に関するものがくると予想できた。

 同時に、その提案を歓迎した。

 最近、思いっきり身体を動かせる機会もなく、身体を動かすとしても社交で必要な礼儀作法の授業。

 お上品な動きは俺にとって非常に窮屈だ。

 元男である俺に、より優雅に、それも女性らしくという苦行。

 意識してやるのは大変なのだ。

 精神上のダメージもでかい。

 イーサンの提案は久々にのびのびと動ける貴重な機会。

 逃す手はない。

 ……まぁ転移して適当な場所で動けばいいだろうと指摘を受けるかもしれないが、特段機会がなければ動かない駄目人間なので無理な相談。

 確認したイーサンのレベルは二十八。

 王都では上位に入るレベルだ。

 今は部屋でまるまっている、この世界屈指の脅威である竜といった存在などと比べると見劣りするが、軽く動くには十分な相手といえる。

 それに俺の知らない剣技、もといいスキルを持っているかもしれない。


「これは私個人の我儘な願いだ。断ってくれても構わない」

「いえ、いいですよ。やりましょう」

「よかった」


 俺の返事を聞いたイーサンは少しほっとした表情をみせる。


「正直、実力不足を理由に断られると思っていたよ。では一緒に来てもらえるかな」


 イーサンの後をついて歩いて、案内されたのは演習場の隅にある建物。

 

「上の階は騎士たちの寮となっている。下は事務や備品の管理が主だ。模擬剣は持っているか?」

「学校の授業で使っているものなら」

「学校と言うと……木剣か? アリスが使う独自の形をしたという剣を模したものではないよね」

「そうですね」

「ふむ。それは少し残念だな。金属の模擬剣は造らないのかい? いや……アリスには必要ないか。一先ず倉庫に何本か模擬剣があるから、それから合うものを選んでもらうか。こっちにきてくれ」

「あっ、なら、魔術で造ったものでもよければ……」


 以前お世話になった魔術による武器作成。

 魔力を使えば使う程、強力な武器を生成できるがこの後模擬戦をするのに魔力が枯渇して動けない事態は避けねばならない。

 ただ、今回は模擬剣であれば別に強力なものを作る必要はなく、剣戟に耐えうる性能があれば十分であり、それくらいであれば今の魔力保有量からほんの微々たるもので事足りる。

 使っている刀『華月』をイメージし、手のひらに魔力を込めると、次の瞬間には質量を持った物体が顕現した。

 華月を模し、模擬用に刃をつぶしたものだ。

 単一色であり、本物と比べればかなり見劣りするが模擬戦のためには十分使用できる品質。


「これは驚いた。……いや分かってはいたが、剣聖の名のせいで忘れてしまう。アリスは父上に魔術の才を認められサザーランドの名が与えられたのだったな」

「……ただ魔力の保有量が人よりちょっと多いだけですよ」


 本当は神様から頂いた様々なチートのお陰だが。


「魔術で造ったものですが、ある程度の衝撃であれば十分耐えれると思います」

「アリスの腕は心配していないので大丈夫だ。その……よければ本物を見せて貰ってもよいだろうか?」

「いいですよ」


 収納ボックスに仕舞っている華月を取り出し、イーサンに渡す。


「これが……重いな。抜いてみても?」

「どうぞ」


 先程の張り付けたような笑みではなく、瞳の奥をキラキラと輝かせながら刀を見つめるイーサン。

 そんな時であった。


「叔父上!」


 騎士団が滞在するところには場違いな、やや高い声が響く。

 走り寄ってくる姿が見えた。

 サザーランド家の長男の息子であるライアンだ。

 嬉しそうな表情でイーサンの元へと一目散に駆けつける。


「叔父上! 来られていたのですね!」

「ああ、いま着いたところだ。ちょうど新しく出来た妹と会話をしていたところだ」

「妹……げっ」


 ライアンは俺のことは視界に入っていなかったようで、先程までの笑顔が嘘のように、俺の姿を見つめると苦虫を噛み潰したような顔をする。


「こんにちは。お邪魔しています」


 公爵家でお世話になり始め、殆どの者は俺に対して友好的に接してくれるのだが、例外がこのライアン少年。

 何故だかわからないが目の敵にされているようで、家族が揃う食事の場くらいでしか合わないが、会うたびに睨まれている。

 アリスとしての立場からすれば近い年齢ということで、俺として仲良くしたいのだが。


「……叔父上、なんでこいつがここにいるのですか?」

「なに。歳の離れた妹との交流も兼ねて、アリスに剣の指導をしてもらおうと思ってね」

「こいつに、叔父上がですか……?」

「ライアンも知っているように、可愛らしい見た目をしているが彼女は剣聖の称号を与えられた実力者だ」


 イーサンの言葉を聞いたライアンは更に機嫌を悪くする。

 一方的に因縁付けられているようで気持ちが良いものではないが、反抗期の年齢であり、色々と情緒が不安定なお年頃。

 それに新しく加わった異分子である俺の事が色々と気に喰わないのは仕方ないのかもしれない。

 本当は俺の方がお兄ちゃんであるのだから、ここは大人の余裕を見せつけ、当たり障りのない言葉でコミュニケーションをはかろうと試みることにした。

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