第二十九話「公爵家の人々 5」

 金属がぶつかる音が遠くから聞こえてきた。

 近づいていくにつれ音は大きくなっていく。

 道が舗装されていない場所は林のようになっているが、やがて拓けた場所にでた。

 屋敷が建つ場所から少し下ったところに演習場はあった。

 今立つ場所から演習場の全体を見渡すことができる。

 広い、陸上競技場のような場所で騎士と思しき人々が金属の鎧を着こみ訓練をしていた。


(うわ……、暑そう)


 時間は昼下がりとはいえ、太陽はがんがんと照っている。

 こんな中で長時間訓練していれば金属鎧の中は蒸し風呂のような状況になっているのではなかろうか。

 さらに表面に触れれば火傷する温度になっているのではと心配してしまう。

 一方の俺は、日に焼けてはよくないとのことで夏にもかかわらず長袖ではあるが、精霊の加護を受けた素材で作られており、木陰に立ち、直射日光さえ遮れば、夏だというのにほとんど暑さを感じない優れもの。

 目の前の過酷な環境で訓練をしている姿を見て、少し申し訳なくもなる。


(……にしても)


 ちらりと興味本位から訓練している騎士達のレベルを見てみる。


「レベルが低いな……」


 騎士というとエリートの印象。

 それも公爵家の直属の騎士となれば、それはそれは腕がたつ精鋭揃いと期待していた。

 だが、上から全体を見渡してみたところ、レベルは十台ばかり。

 正直言ってしまえば、勇者の時に一緒に戦った騎士達の方が遥かに高く、実際の動きを見てもレベル相応。

 イマイチ迫力にかけ、物足りなく感じてしまった。

 

「これは手厳しい」

「……!」


 突然後ろから声を掛けられ驚く。

 敷地内とは言え、屋敷の外は、多くはないが道を人が歩いている。

 すれ違い、興味本位の視線を受けることはあって話しかけられることはなかった。

 それに第三者に独り言を聞かれるとは思っておらず驚いてしまった。

 振り向くと、立っていたのは長身の優男。

 その姿を見て息を呑む。

 ここで思ったことを簡潔に言うなら「やべー」これにつきる。

 特徴的な銀色の髪、つまりはサザーランド家にゆかりのある者。

 そして今まさに俺の口から、サザーランド家直属という騎士団を「レベルが低い」と評していたのだ。


「初めましてお嬢さん、いや、我が義妹いもうとよ、と挨拶すべきかな。

 イーサン・サザーランドだ」


 にこりと感情の読めない笑みを浮かべながら男は名乗る。

 一方の俺は冷や汗をかきつつも、改めてイーサンと名乗った男を見る。

 

(この人が師匠の次男……)


 用事でサザーランド領に来るのが遅れているが、ここ二、三日の間には到着し、紹介できるだろうと長男のエドガーから聞いていた人物だ。

 まさかこんなところで出会うとは思わなかった。

 こんなところで出会いたくなかった。

 笑みを浮かべてくれてはいるが、これは単なる貴族の必須科目、つくりわらいだ。

 

(それにしても……)


 リチャードは老いていたこともあり、あまり意識していなかったが、このサザーランド家に連なるものたは皆美男美女揃いであると改めて認識し、そういった部分でもやや気後れしてしまう。

 しかし、名乗ってもらったのにいつまでも無言でいるわけにいかないし、これ以上印象を悪くするわけにもいかない。


「……アリスです。お初にお目にかかりますお兄様」


 礼儀作法の練習の成果を活かすつもりで、左足をやや後ろひき、スカートを軽くつまみ挨拶をする。

 精一杯淑女を演じるが、さきほどの「レベルが低い」発言を目の前で聞かれているので今更な気もするが、評価を取り戻す努力はすべきだろう。

 何とか挨拶は終えたものの、すぐに視線を外してしまう。

 それに合わせるように、イーサンも視線を演習場へと移す。

 

「さて、騎士団の実力は見ての通りだ。なるほど、これはひどい」

「……お抱えの騎士をそのように評していいのですか?」

「見たままの感想を言っただけだ。君も同意見だったじゃないか。まぁ、頭数を無理に揃えたら、こんなものか」

「無理に揃えたのですか?」


 イーサンの言葉に疑問を投げかける。


「そう。一年以上前はそれこそ我が領の騎士団は、王都に劣らない実力をもっていた。

 だが過去の話だ。その時の構成員は皆、北の地に赴き帰って来なかった」

「……」


 その言葉で騎士団に何が起こったか、全て察することができた。

 ようは俺がこの世界に来る前、実力あるサザーランドの騎士団は不死の王の軍勢と戦い壊滅したということだ。

 

「だが勇者のおかげで脅威は去った。そして今度は領内に湧く魔物の対処にあたるため、騎士団の再編を始めたのが3か月前。私は王都で勤めていたので、実際の実力は見ていなかったが……これは厳しい」

「……それでも騎士への入団が許されたのであれば、皆それなりの実力をもっているのでは?」

「残念ながら、見ての通りのが現状のようだ。そもそも王国内に実力ある適齢期の者など殆ど残っていないし、実力があれば我が領ではなく王都に行く。兄上が私を無理を通してでも呼び出すわけだ」


 大きくイーサンは溜息をつく。


「ところでアリスはこんな場所で何をしているんだい?」

「私は、そのー、気分転換に敷地内を散歩していました。こちらに伺ったのは特に用事があるわけではなく偶々です」

「なるほど」


 少し厳しい顔をしていたイーサンは俺の答えにくすりと笑う。


「そういう、お兄様はどうしてこちらに?」

「なに。こちらに呼び戻されて、面倒を見るように命じられた騎士団の様子を見に来たわけだ。

 家族として挨拶をしないのであれば、こう名乗るべきかな。

 サザーランド家直属、白銀騎士団団長イーサン・サザーランドと申します。

 以後お見知りおきを剣聖殿、と」


 今度は悪戯気な笑みを浮かべながらイーサンは名乗るのであった。

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