第五話「ひだまり亭」
朝食を食べ終え、部屋に戻り青を回収し、出立の準備を整える。
準備を整えるといっても、俺の場合は収納ボックスに全部いれっぱなしなので、荷物らしい荷物もないのだが。
準備を終えた俺達は部屋を出て、階下に降りる。
ラフィが鍵を受付に返しているのを隣でじっと立ち、待っていると、宿のおかみさんが声を掛けてきた。
「これ、よかったらどうぞ」
紙袋を手に持っていたおかみさん。
それを差し出される。
何だろうと覗き込むと、中身はなんと、朝食でも出されていた丸パンであった。
今日も大変おいしくいただいた。
まだ焼きたてであり、覗き込むと香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
お腹いっぱいにもかかわらず、もう一つ食べようかと手を伸ばしたくなってしまう。
「いいんですか?」
「もちろん。あんなに美味しそうに食べてくれたら私も主人も嬉しくてね。
また来て頂戴ね」
「あ、ありがとうございます」
ペコリと一礼し、紙袋を受け取る。
……受け取ろうとしたが、青を抱えたままであった。
とりあえず床にでも置くかと思案していると、青が首を伸ばした。
パクっ。
紙袋に顔を突っ込みパンを食べたのだ!
おかみさんも目を丸くして、その様子を見ていた。
もうぬいぐるみと言い張るのは無理だ。
いくらファンタジーな世界とはいえ、ものを食べるぬいぐるみなんて存在しない。
「青……!」
俺は非難の声を上げる。
さすがに言葉をしゃべると余計な混乱を招くということは理解しているらしい。
「キューッ?」
聞いたことのない鳴き声をあげ、首を傾げる確信犯。
青もそのパンが大層気に入ったようで、俺の腕から離れ、翼で浮遊。
紙袋の中身をペロリと完食した。
「あらあら」
おかみさんの声で現実に引き戻される。
一先ず空中に浮いている青は腕を伸ばして再度キャッチ。
さて、どう言い訳をしようか。
「かわいいお客さんがもう一人いたのね」
部屋に無賃宿泊のお客様、しかも魔物。
連れ込んでいたことを非難される、または悲鳴を上げられるかと思っていたがおかみさんは予想外の反応を示す。
腰をかがめ、俺と視線をあわせながらにこにこと微笑む。
「名前は青っていうの?」
「……はい」
「触ってみてもいい」
「どうぞ」
今更言い訳を考えても無駄であると俺は結論を出した。
ずいっと青を前に突き出す。
せっかく頂いたパンを全部食べたのだ。
大人しく撫でられろ。
若干、拒否を示したらどうしようかとの心配もあったが杞憂であった。
おかみさんに頭を撫でられ、顔下を触られ、気持ちよさそうにしている。
(というか、竜種ってプライド高いと思ってたけどけっこう簡単に触らせてくれるよな……)
青は言わずもがな。
思い出してみると、学校の広場に放置している赤も生徒のたまり場になり、普通に触られているが特段拒絶している姿を見たことはない。
赤の場合は反応する方が面倒と考えいている可能性も否定はできないが。
「すごいふかふかの子ね。この子は魔物……なのかしら?」
「……魔物です」
認めるしかない。
「それにしても大人しいわね。毛並みも綺麗」
おかみさんは青のことを大分気に入ってくれているようだ。
(せっかくいい宿だったのに、これは出禁を言い渡されても仕方ないな)
気に入ってくれたとはいえ、宿に魔物を無断で連れ込んだのは事実だ。
この世界の魔物は危険な存在であるというのが当たり前の考え。
魔物OKの宿など聞いたことがない。
そもそも宿に魔物を連れ込む者のほうが珍しいであろう。
他の調教師がどのように宿に連れているのか気になるところではあるが。
エリーヌが連れているチョコみたいな鳥型であれば、もう少し言い訳ができそうではある。
ただ、青を鳥やら猫と言い張るのは無理がある。
やや恨みがましく青を見下ろす。
青の毛並みを十分に満足したようで、おかみさんは立ち上がる。
「あんた!」
いきなりの声で俺は少しビクっとしてしまう。
おかみさんは宿で受付をしていた主人に声を掛けた。
何を、どうするといった指示があったわけではないが一言でおかみさんの言葉を理解したようで、一度頷くと扉奥に引っ込む。
(もしかして通報でもされたか?)
冷汗だらだらである。
ラフィはやや呆れ気味の顔をしているが、いつもの無表情。
特に行動を起こす様子もない。
奥に引っ込んだと思われた主人はすぐに戻ってきた。
手には籠。
中には焼きたての丸パンが沢山載っていた。
はてなと俺は顔に浮かべていると、おかみさんは籠から紙袋に丸パンを移してくれた。
「はい、どうぞ」
再び渡された紙袋は、最初よりもパンパンになっていた。
青を腕から開放し、俺は紙袋を受け取る。
紙袋ごしに、アツアツの感触が伝わってきた。
「ありがとうございます」
俺は紙袋を抱きしめながら、感謝を述べる。
悪い方、悪い方に思考が行っていたがおかみさんもご主人もいい人であった。
いい人というよりは寛容的な人であったというべきか。
何故か無言でご主人には頭を撫でられた。
「また来なさい。今度はその子も堂々と食堂に」
ポツリとご主人が言う。
「はい」
必ずまた来ようと胸に誓った。
何だか名残惜しい感じになりながら、宿の外にでる。
宿の入口に掲げられた看板には「ひだまり亭」と記されていた。
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