第十一話「はやい再会」
フェレール商会は東門へと繋がる大通りに面した場所にある。
門へと近く、大通りにも面している立地。
当然、他の通りに比べると立派な建物が軒を連ねている。
しかし、それらの建物もフェレール商会の建物と比べてしまうと見劣りがする。
俺は初めて、フェレール商会が如何に巨大な財を持っているかを理解した。
フェレール商会の建物が建つ敷地は、目一杯建物が鎮座しているわけではなく、荷馬車が並び、荷物の積み下ろしが行える広いスペースが確保されていた。
早い時間であるにもかかわらず、中では屈強な男達が慌ただしく荷物の積み下ろしを行っている。
「こっち」
ラフィに先導され、敷地の中を横切っていく。
迷うことのない足取りで向かう先では、一人の男が羊皮紙を手にしながら、周囲へと大きな声を上げ指示をしていた。
男の指示に従い、他の者が荷馬車へと荷物を積んでいる様子から、この男が隊商の隊長であることが伺い知れた。
向こうもこちらの存在に気付いたようだ。
忙しそうに見えたが、男は顔を綻ばせラフィに挨拶する。
「おや、お久しぶりですラフィ様」
「うん、久しぶり」
どうやらラフィと男は顔見知りであったみたいだ。
「アリス、紹介する。今回の隊を指揮してくれる人」
「初めまして、お嬢さん。テオドール・ヘルツと申します。
気軽にテオとお呼びください」
差し出された手に、青を抱いていた腕を放し、握り返した。
「アリス・サザーランドです」
お互いが握手する。
そして腕から開放された青は自身の翼でパタパタと俺の隣を浮遊していた。
「ふむ。ラフィ様ともう一人お連れの方がいるとだけ会長からは伺っていましたが……。
失礼ですがアリス様は、今王都で話題のあの剣聖アリス様でお間違いないでしょうか?」
「テオは昨晩王都に戻ってきたばかりって聞いてたけど、よく知ってる」
「私とて商人の端くれですから。で、どうなのですか?」
テオの再度の問いかけに、俺は首肯する。
「ええ、そうです」
「やはりそうでしたか!
話を耳にしたときは是非私も会ってみたいものだと思いましたが、いやはや。
私は恵まれている。……しかし、このことを会長は?」
「言っていない」
「でしょうね……。
なるほど、考えてみればラフィ様が会長にお伝えしなかったのも納得できます」
「それでアリスの扱いをどうしようかテオに相談」
ラフィの言葉にテオは眉間に皺をよせ、思案する。
その間に俺は浮遊していた青を再び抱きかかえた。
やがてテオは考えをまとめ終え、その結論を口にする。
「……積極的にこちらから、アリス様を紹介することはやめておきましょう。
ひとまずは当初の予定通り”ラフィ様のお連れの方”ということで。
もしかしたらアリス様の言い伝わる容姿から『もしかしたら』と紐づける者もいるかもしれませんが、一見ただの少女にしか見えませんしね」
言葉を切り、再びテオの視線が俺へと向く。
「……失礼。その、腕に抱えている生物は?」
(……やっぱりぬいぐるみって言い張るのは無理があるよな)
先程、握手をする際、咄嗟に腕から放してしまい、青が翼でばっさばっさ浮いている姿をしっかり目撃されてしまったのだから当然だ。
「えっと、ペット……?」
すごく苦しい言い訳ではあるが、事実である「この子は竜です」と言うのも何だか理解を得れない気がした。
俺の苦し紛れの言葉に再びテオは思案するが。
「ふむ。ワイバーンの幼体でしょうか……?
南方の方では
この生物は他人に危害を加えたりはしないでしょうか?」
「大人しいので大丈夫です。触ってみますか?」
テオの言葉に全力で乗っかり、おずおずと青を差し出してみる。
ここで青が牙を剥いたりすれば、すべてご破算ではあるが、その心配は必要ないだろう。
テオは最初、青に恐る恐るといった手つきで触れ、青の身体をやさしく撫でた。
「本当に大人しいですね、そして柔らかい。この羽毛を使って枕でも作れば――」
と言ったところで、青をテオから引き離した。
「駄目です」
「これは失礼。何でも商売のことと結び付けてしまうのは商人の性と許していただきたい」
ハハハと朗らかにテオは笑う。
若干の心配事であった青のことはどうにかなりそうであった。
ちょいちょいと服が引っ張られたので、横を向くと、ラフィが耳打ちをしてきた。
(ナオキ、あとで私も触らせて)
どうやらラフィも青に触ってみたからったらしい。
あとで触らせてあげよう。
「取り敢えず、アリス様の名前は紹介せずにラフィ様のお連れの方で、職業は調教師ということにでもしておきますか。
剣も持っておりませんし、まさか話題のあの剣聖アリス様とはまず気付かれることはないかと。
それに雇った冒険者も仕事のプロ。
他人のあれこれに踏み込んでまでは詮索してこないでしょうから」
とテオが締め括った時であった。
「テオ! 食料の詰込みが終わったって!」
ガタイのいい男ばかりが荷物を積み込んでいる中に似つかわしくない、少女の元気な声が響いた。
俺はこの声を知っていた。
声の方を振り向くと、昨日のドレス姿ではなく、動きやすそうな恰好をしたミシェルがパタパタと駆けてくるのが見えた。
ミシェルもすぐに俺の存在に気付く。
「あれ、なんでアリスちゃんが?」
目を丸くして驚く。
そんなミシェルに俺は挨拶をする。
「おはよう、ミシェルちゃん」
「あ、うん。おはよう! じゃなくて、どうしてアリスちゃんが!?」
「こら、ミシェル。今回は商人の見習いとして隊商に同行するのですから言葉遣いと態度。
会長の娘だからといって容赦はしませんよ?」
「うっ、ごめんなさい。でも、どうしてアリスちゃんが?」
言い直してはいるが先程と変わらない言葉をミシェルは繰り返す。
テオは苦笑しながらも、俺がラフィの同行人であることをかいつまんで説明した。
「やった! アリスちゃんも一緒なんだ!」
ミシェルは跳びながら喜びを露わにする。
「せっかくだから沢山お話しましょう! 私と同じ荷馬車に、テオいいでしょう?」
そこまでミシェルが口にしたとき、ラフィがずいっと俺の前におどりでた。
つまり、俺とミシェルの間に割り込む形だ。
「駄目」
突然の介入に、ミシェルは目を瞬く。
「悪いけど、アリスには勇者ナオキから私が魔術を教えるよう頼まれている」
『いや、初耳なんだけど! というかナオキって俺じゃん!』
何を言っているんだと、念話でラフィに抗議する。
が、振り向いたラフィの目は有無を言わさぬ様子。
俺は思わず黙る。
「そういうわけだから、アリスは私と一緒」
大人気ない態度と俺は思うが、言われたミシェルはというと。
「わああ! アリスちゃんに魔術をラフィ様が教えていたのですね!
すごいすごい!
あ、私ミシェル・フェレールと言います。初めまして!」
憧れの人に会えたと、顔をパーっと輝かせる。
ラフィにも予想外の反応だったようで、一転してラフィがミシェルの勢いにたじたじ。
(俺の時はもっと緊張してたのに何故)
しばらくラフィとミシェルの会話を目にしながら青をもふもふした。
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