第十二話「怪しい影」

 光属性に特化した相性にもかかわらず、全属性の魔術を無詠唱で使うことができるといういことに関して、俺自身は「へー、そうなんだ」という程度の関心と「神様から色々固有能力ギフトを貰っているから、そういうこともあるだろう」という認識でこの話は終わりであったが、それでは納得いかないのがラフィである。

 ラフィの好奇心に火を付けてしまった。


「はい、これ」


 次々に魔道具を渡されたり、ラフィの描く魔法陣の上に乗ったりした。

 そもそも、今日は俺に初級魔術を教えてくれるのではなかったのか? という言葉は飲み込んで俺は大人しく指示に従った。

 最終的には色々とラフィが調べ、俺は属性の相性など気にしなくていい量の魔力を垂れ流しにしており、味が好みでない精霊も「魔力が貰えるなら……」と渋々と力を貸しているのではと結論付けた。

 質より量が勝ったということだ。


「常識外れもいいところ」


 と有難い褒め言葉も頂いた。

 一日のほとんどを潰して全属性を使えるカラクリが分かったところで俺にはメリットがないように思えたが、ラフィが色々と調査した過程で、俺自身の魔術に対する課題も見つかった。

 それは、俺の魔術が最高に燃費が悪いこと。

 ラフィの言葉で言えば、俺が発動している魔術は、


「穴のあいた器に零れる以上の魔力を注いで器を満たしている」


 とのことだ。

 魔術の訓練をする上で最初に苦労するのは、自身の身体から魔力を捻りだすということらしい。

 対価に応じた魔力を出せなければ、いくら詠唱が完璧でも魔術は発動しないというわけだ。

 魔術師として成長していくには、この出力できる魔力の量を増やしていくことが第一。

 次に詠唱句を理解し、魔力を効率よく、さらには相性の悪い属性に対しても幅広く扱えるようになるのが第二。

 冒険者稼業といった戦闘で使用することを見据えるのであれば、さらに魔力の出力する速度を上げていくという段階を踏まえていく必要があるとのことだ。

 俺の場合は色々とすっ飛ばしていたことがよくわかる。

 魔力の扱い方は底辺だが、恵まれた魔力量と息を吐くように魔力も吐き出せたことで、これまで魔術を発動するのに苦労することがなかったというわけだ。

 つまり、いくら魔力量は増えても、燃費が悪い点は改善しなければ治らないわけだ。

 それに以前から魔力を大量に消費した後、眠るように倒れているのも身体が魔力の出力に耐えれていない為とも言われていた。

 出力する魔力量をコントロールする術は憶えておく必要がある。

 というわけで、魔術を習う際によく使う魔道具をラフィに渡された。

 ランタン型の魔道具で、一定の魔力を流すと光るというものだ。

 まずはこの魔道具を使って魔力を一定量出力できるように練習し、だんだんと流す魔力量を増やしていくためのもの。

 流す魔力量が増えれば段々と光も強くなっていくわけだ。

 なお過分な量の魔力を流すと壊れる。

 これは身をもって実感した。

 魔力を流してみてと言われ、軽く流したつもりであったが中に仕込まれていた魔石が吹き飛んだ。

 ラフィに呆れられたが、ある程度予想していようで、すぐに修理していた。

 俺の場合は流す量をコントロール出来るようになることが目的で、最終的には光が灯るギリギリのところを維持するのが最終目標だ。

 目標が定まったところで、すでに日が沈む時間になっており、今日はここでお開きとなった。

 最後にラフィからミモネを 6つほど渡され、魔力を込めるように指示された。


「これどうするの?」

「魔力を回復させるポーションの材料になる」

「へー」


 純度の高い魔力が込められたミモネは希少で、効果の高いポーションを精製できるとか。

 受け取ったエレナが大層喜んでいた。

 夜はエレナの料理に舌鼓を打ち、昨日と同じ流れでお風呂へ行くことになる。

 エレナからは「あまりはしゃぎすぎないようにね」とやんわりと注意を受け、当たり前のように監視役としてラフィ。

 ラフィは嫌だろうと気遣い、今日は一人でいい旨を伝えても、


「ナオキが魔道具使うと壊れそうだから駄目」


 と拒否された。

 相変わらず俺は心臓が弾けそうな思いをしながらラフィに身体を洗われた。

 何故か昨日で慣れたのか、ラフィは俺に身体を見られることに抵抗が少なくなっているように見えた。

 俺が慌てて目を逸らすのに対して全く動じていない。


(もしかして、俺、男として見られなくなった……?)

 


 ◇



 次の朝も引き続き魔力量をコントロールする訓練を行った。

 ラフィは木陰で本を捲りながら時折、俺の様子を見てくれていた。

 午後からは、ラフィがエレナの手伝いをするとのことで、俺はどうするか聞かれた。

 あまり器用ではなかったので、魔力量のコントロールは中々上達しないのと、集中して行っているため、思った以上に手の先の見えない感覚器官が段々と重くなり、疲れを実感していた。

 居候の身としてお世話になっていることもあり、俺もエレナの手伝いを買って出ることにした。

 ただ、ラフィは裏庭の薬草を採取するというお手伝いは知識のない俺は戦力外なので別のお手伝いを引き受けた。

 それは街でパンを買ってくるというおつかい。

 買ったパンを入れるための、俺の今の身長に対しては大きな籠を持って、家を出る。


(うん?)


 一瞬、気になることがあったが気のせいかと思い、そのまま街へと向かう。

 エレナから聞いた街の通りを歩き、すぐに目的のパン屋を見つけることができた。

 いくつもの種類が並べられているわけではなく、一種類しかパンは置かれていない。

 店主に籠を渡し数を伝えると、籠の中にパンを入れてくれた。

 お金を支払い店を出る。

 そして確信した。


(やっぱり気のせいじゃないよな?)

『そのようです』


 感覚を共有するヘルプも同意する。

 家を出た時から違和感を感じていた。

 それは「誰かに見られている」という感覚だ。

 レーレに教えてもらった《探知》というスキル。

 俺はまだまだ練度が低い為、誰かに見られている時に、かすかに違和感を感じるくらいしかできない。

 明らかな敵意に関してはヘルプが察することができるのだが……。

 ただ、家を出てから未だに俺を監視しているというのは偶然ではなく目的があっての行動であることには間違いがなさそうだ。

 それが悪意あるものなのかはわからないが、レーレやローラから周囲には気を付けるように警告されいたので無視はできない。


(さて、どうするか)


 人通りが多くない場所とはいえ、そこそこの人はいる。

 練度があがれば誰からの視線かまでわかるかもしれなが、今の俺にはわからない。

 俺は通りを歩きながら考え、適当なところで路地へと足を踏み入れる。

 おそらく監視していた者の視界から消えたところで、動きを邪魔するパンの入った籠は収納ボックスに仕舞い、跳躍。

 建物の屋根に着地し、おそらく路地を覗き込むであろう人物を上から観察する。


(この人か)


 予期した通りに、コソコソと路地を覗き込んでいる人物が目に入った。

 路地を覗き込んだ人物は俺の姿が見えないことがわかると、慌てた様子で路地にはいり、左へ右へと辺りを見回し、首を傾げる。

 上からだと帽子で顔は見えないが、女性であることはわかった。

 その動きは、到底俺の命を狙っているといった類のものには思えない。

 だが知らない人物に監視されるということは気持ちいものではないので事情は聴きたい。

 俺は首を傾げている人物の後ろに、音もなく飛び降りる。

 ちょいちょいと背中を叩く。


「うん、何? 今、いそがし……」

 

 振り向いた女性は俺の姿を見て、驚愕に目を見開く。


「え!? 何で? さっきまで、あれ?」

 

 路地の先を見たり俺を見たりと忙しく顔が行き来する。

 その顔を見て、俺も息を呑んだ。

 帽子で見えなかったが、肩よりも長く伸びた髪は青く、その髪の色は俺のよく知る人物と似ていた。

 身長は大分違うが、間違いないだろう。


(この人、ラフィのお姉さん?)


 目の前にいる女性は、ラフィがもし成長したら、このような容姿になるのであろうと思われる人物が立っていた。

 

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