第五話「ザンドロ・ヴァーグナー」
王都の大通り、日が沈みかかっているが人の往来は未だ絶えない。
ザンドロ・ヴァーグナーは馬車に揺られながら、物憂げに窓の外を眺める。
事の発端は今朝がたザンドロが暮らす寮に届けられた手紙。
封蝋の印から実家からのものであることが一目でわかった。
中に書かれていた内容は簡潔に記すと「今夜、実家に顔を出せ」というもの。
詳細は不明だが突然の呼び出し。
楽しい用件で呼び出されるとは到底思えない。
実家からの招集を無視するわけにもいかず、学校の授業を終えたザンドロは馬車を雇い実家に向かっていた。
実家がある場所は王都の二区。
巷では貴族街の通称で知られている。
その名の通り、貴族の王都内での邸宅が連なる地区である。
ただ、大層な名前がついている地区に実家はあるがヴァーグナー家は貴族ではない。
曾祖父が剣聖だったこともあり、ヴァーグナー家は騎士として代々仕えている。
また、ヴァーグナー家から輩出される騎士は武に優れており、様々な貴族との繋がりがあった。
騎士を引退すると有力貴族お抱えとなり、剣の指導や領地の防衛を行う私兵団隊長として迎え入れられる者が多いからだ。
そういった経緯もあり、貴族でないながらも貴族街に家を持っているわけだ。
剣で生きてきた家系。
ヴァーグナー家に生まれたザンドロも例に漏れず、学校を卒業したらまずは騎士として国に仕える予定だ。
己の手に目をやる。
剣を振り、皮が破れ、それでも剣を振りを幾度と繰り返し厚くなった皮。
ザンドロの確かな歩みにより、鍛え上げられた財産だ。
ふと、今朝の出来事を思い出した。
実家に呼ばれたことで注意散漫になっており少女とぶつかってしまった。
申し訳ないことをしたとザンドロは反省している。
その時の少女の手を掴んだ感覚を思い起こす。
ザンドロの手と異なり、小さくやわらかな手である。
怪我もなさそうであり足早にザンドロはその場を後にしたが、何故か少女の姿が脳裏から離れなかった。
(名前を聞いとけばよかったな)
今更ながらの後悔。
とは言え特徴的な黒い髪と、見た目幼い姿から学校で人に聞けば特定は容易だろうとザンドロは考えた。
そんな物思いに更けているうちに実家の門前に馬車は到着した。
◇
ヴァーグナー家は貴族ではないので基本質素な暮らしを営んでいる。
勿論家の門を潜ればお抱えの侍女が――などといったことはない。
門を叩くと、ザンドロの母が出迎えてくれた。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました、母上」
「学校帰りで大変だったでしょう。
突然の呼び出しでごめんなさいね」
「いえ。父上は?」
「書斎にいるわよ。
どうする? 夕飯はすぐに準備ができるけど?」
「先に父上の話を聞いてきます」
家に入り、上着を脱ぐとザンドロは二階にある父の書斎に向かう。
扉を軽くノックする。
「入れ」
その声に応じ、ザンドロは書斎に踏み入れる。
部屋の奥、ヴァーグナー家現当主であり父であり、そして剣の師匠でもあるリヒャルト・ヴァーグナーが椅子に腰かけザンドロを出迎える。
「お久しぶりです、父上」
「うむ」
短く頷くが、リヒャルトの眼光はザンドロを射抜くような視線で捉える。
やがて一言。
「また一段と成長したようだな」
ザンドロの成長にリヒャルトは満足気に笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「さて、お前を今日呼んだのは世間話をするためではない。これを」
武人の気質なのか、余計な会話は極力行わない。
事務的に本題に入る。
一枚の紙をザンドロは受け取る。
「これは……」
"剣舞祭参加者募る"
表題に踊る文字がまず目に入る。
ザンドロは即座に何故今日呼ばれたのかを理解した。
つまり、父リヒャルトはザンドロに参加しろと言っているのだ。
「しかし父上!
以前私が一人前と認められた時、剣舞祭に参加するのは卒業してからだとおっしゃっていたではありませんか?」
四年前、ザンドロはリヒャルトに一人前と認められたが剣舞祭への参加を認めてはもらえず、大いに反発した記憶がある。
当時、ザンドロは曾祖父以来の天才と周りの者に称えられ、事実剣の腕をめきめきと伸ばし、一二歳という若さで秘奥義を習得するまでに至る。
恥ずかしい限りだが、ザンドロは調子に乗っていた。
だが、当時のザンドロを父であるリヒャルトは剣で黙らせた。
まだまだ高みは遠い、痛感した。
一人前と認められはしたが、スタート地点に立ったに過ぎないと自らに言い聞かせ、あれから四年間。
学校に入学してからも修練は怠らず続け、今がある。
しかし、未だ半ば。
ザンドロは自身が剣舞祭に参加するにはまだまだ実力不足と見ていた。
そもそも災厄の影響もあり、ここ四年の間剣舞祭は開催されていないが。
「少し事情が変わったのだ。
今年を逃すと、次はないかもしれん」
「それは一体……?」
リヒャルトの言葉にザンドロは怪訝に問い返す。
「剣聖を継ぐ者があらわれたのだ」
「……!? この時期に、まさか?」
「何でも剣が主と認めたとか。
陛下に直に聞いたことだ。事実だ」
「それで……」
卒業後としていた剣舞祭への参加を、突然参加しろという事情が呑み込めた。
「しかし、剣聖を継ぐ者が現れたのに剣舞祭は開催するのですか?」
「紙にも書いてるが、今年は最後に優勝者と剣聖による試合が行われる。
剣聖のお披露目式というわけだ」
だが、とリヒャルトは言葉を続ける。
「剣聖が敗北した場合、称号は剥奪される。
つまり勝てば次代の剣聖に名乗りを上げることが可能なわけだ」
リヒャルトの言葉に思わず剣舞祭への参加を了承しそうになる。
「しかし――」
惜しい機会だが、実力が足りない。
ザンドロは断ろうとしたが、リヒャルトが言葉を遮る。
「今のお前は私よりも強い。
そして周りが言うようにザンドロ、お前の才は曾祖父に匹敵する。
自信を持て。
お前の剣技、世間に知らしめてやれ」
有無を言わさぬ迫力でリヒャルトは告げる。
ザンドロは思わず言葉を飲み込んだ。
目標である父の力強い言葉。
認められたのだ。
リヒャルトの言葉が最近忘れかけていたザンドロの闘争心に火を付けた。
再びヴァーグナー家に剣聖の称号を。
そう言われ鍛えられてきたが、実のところザンドロは剣聖の称号にさほど興味はない。
しかし、ザンドロは温厚そうな見た目と違い剣に関しては貪欲で凶悪な一面を持つ。
強い奴は倒す。
忘れかけていたザンドロの力の源。
名も知らない人物が剣聖、王国内最強の称号を継いだという。
剣を志すものとして、そんなことが許されるだろうか?
「お任せください、父上」
ザンドロは静かに闘志をたぎらせるのであった。
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