第四話「剣の精霊」


「陛下! 空位となっていた剣聖の称号を継ぐ者が現れたと聞きましたが、真のことなのですか!?」

 

 玉座の間。

 リヒャルト・ヴァーグナーは頭を垂れながら王へと問う。

 

「ああ、真実だ」


 玉座へと腰かけるセザール・アルベールは短く答えた。

 リヒャルトへと伝えたヨハネスの情報を疑うわけではなかったが、王の口から肯定されるまでは未だに噂に過ぎぬのではという思いが払拭できずにいたが。

 王の口から真実と告げられた今、剣聖を継ぐ者が現れたのは確実。


「恐れながら申し上げます。

 剣聖の称号とは王国きっての剣の使い手に与えられるもの。

 しかし、私が耳にした剣聖を継いだという者の名前は聞いたこともございません。

 私を含めこれまで剣を鍛錬してきた者にとっては到底納得がいきませぬ」

「つまり、新たな剣聖を認めぬと言いたいのだな?」

「……はい」

「じゃが、剣の精霊自らが主と認めた。

 わしの一存で決めたわけではないがの」


 口には出さなかったもののリヒャルトは王の言葉に疑念を抱いていた。

 元々、秘剣に触るのが許されるのは祭典、剣舞祭で優勝した者のみ。

 剣の精霊自ら主と認めたというが、なぜ名も聞いたことがない者が秘剣に触れているのか?

 リヒャルトも過去剣舞祭で優勝し精霊と対話する栄誉を賜ったことがある。

 精霊はリヒャルトに告げた「私を御するには足りぬ」と。

 剣聖としては至らなかった。

 一度優勝したからと言って翌年の剣舞祭に参加してはならないという決まりはない。

 だが、リヒャルトはそれ以来指導者となり剣舞祭に参加することはなかった。

 精霊と対話し、不思議と自らが剣聖の器でないことを自覚できたからだ。

 過去の優勝者もリヒャルトと同じ思いに至るからか、剣聖と認められなかった者は二度と剣舞祭に参加することはなかった。

 それに優勝者は、剣聖でなくとも王国隋一の剣士としてその名は知れ渡り、称えられる。

 リヒャルトや過去の優勝者は皆、剣の道を志すものとして剣聖の名を継ぐ者を心待ちにしながら、後世の指導を行っていた。

 しかし、実力もわからない者に剣聖の称号が継がれた。

 納得しろというのが無茶である。

 

「せめて、今年の剣舞祭は開催して頂きたい。

 剣聖が決まったとはいえ、剣の道を志すものとして実力も見ずして納得はできませぬ」


 過去に剣聖が誕生し、剣聖が死ぬまで新たな選抜の儀である剣舞祭は行われることはない。

 秘剣は剣聖が死ぬまで剣と共にある。

 その期間、異を唱える者はいなかった。

 皆が剣聖を認め敬意を示しているからだ。

 リヒャルトが述べた言葉は暗に剣聖を選定をやり直すべきとの意味にも捉えられる。

 

「誰も今年の剣舞祭を中止するなどとは言っておらんぞ?」

「はっ!……えッ?」

「予定通り剣舞祭は開催する」


 王の答えにリヒャルトは驚く。

 剣聖が決まった今、剣舞祭は勝手に中止と思い込んでいたからだ。

 頭を垂れているリヒャルトからは見えないが、王はほくそ笑んでいた。

 王の言葉は続く。


「だが、多少例年と趣向は異なる。

 今年は優勝者に与えられる栄誉は剣聖との対戦とする。

 勿論、剣聖が敗北した場合はわしの権限で称号を剥奪し、改めて勝者に秘剣の精霊との対話の機会を与えよう」


 リヒャルトにとっては願ってもない答え。


「今代の剣聖の実力、しかと見届けさせてもらいます」





「さてさて、今年の剣舞祭が楽しみじゃな」


 リヒャルト・ヴァーグナーとの面会を終え、セザール・アルベールは愉快に笑う。

 

「あのような約束をしてよろしかったのですか?」


 セザールの傍らに騎士団長であるエクトル・ベルリオーズが立ち、問う。


「何構わんだろう。

 どのみち剣舞祭は開催するしかないのじゃからな」 


 剣が新たな主を認めたというのは嘘だ。

 精霊の意思ではなく、セザールの独断で秘剣をアリスに与えた。

 更に言うならばアリスが現在所持している秘剣は、今はまだ歴史のあるただの剣に過ぎない。

 剣聖以外にそのことを知る者はいないし、剣聖が語ることもない事実。

 剣の精霊の正体はアルベール王国を守護する存在だ。

 元は「武」を司り、アルベール王国建国に協力したとされている。

 王家は代々この精霊と契約し、王国の繁栄に力を借りている。

 対価として求められるのは王国内で最も優れた剣士を探し出すこと。

 精霊は身体を持たぬが故に、意志を持ち自由に行動できない。

 強大な精霊であるが故に、顕現するには多くの魔力が必要である。

 年に一度だけ王都があるこの場所に自然の魔力が収束する日、剣舞祭が開催される日だ。


「しかし、もしアリス殿が精霊に認められなかった場合どうされるおつもでりですか?」


 二人はアリスが敗北することなど微塵も疑っていなかった。

 事実、アリスの正体は国を救った英雄である勇者なのだから。

 心配するのはアリスを精霊が認めるかどうか。


「認めるさ。

 あれより優れた者がいるものか」


 セザールは断言する。


「それに、重要なのは剣聖として認められる力を持つ者が王国に再び現れたことを知らしめることだ」

「……たとえアリス殿が国を出ても、アルベール王国剣聖アリスという肩書きは付いて回るというわけですか」

「そういうことじゃ」


 セザールはアリスがずっと王国に滞在するものと思っていない。

 アルベール王国は災厄により風前の灯火であったが辛うじて踏み止まった状態。

 周辺諸国も今のアルベール王国を攻め入るのは余りにも外聞が悪い故に、放置されているに過ぎない。

 セザールはこの地が再び戦火に巻き込まれるのも時間の問題と見ていた。

 

(中央の動きもきなくさいしの)


 北への復興支援という名のもと派遣された息子のガエル、足りないと分かっていた兵を派兵せざるを得なかった。

 狙ったかのような王都での魔物騒動。

 一連の流れは偶然ではない。

 証拠はないが、よくないものが王都内で活動しているのは間違いない。

 セザールは何としてもアリスという戦力を欲した。

 ガエルの報告から富や名声を求める人物でないことはわかっていたためにどう懐柔するか思案したが、王国への忠誠という名の首輪を付けるのは不可能と判断。

 結局、セザールはエクトルの言う通りアリスと共にアルベール王国の肩書を知らしめればよいと結論づけた。


「本当は娘のアニエスと婚姻を結ばせるのが一番なのじゃが。

 いや、未だ嫁をとらぬバカ息子とか?」


 アリスには冗談と受け止められたが、身内との婚姻もセザールは本気で考えていた。

 ただその場合アリスへの説得だけでなく、他の障害が存在する。

 煩わしい貴族連中への説明だ。

 王国の存亡としてアリスの――勇者ナオキの力が必要であるということを彼らは理解せぬだろう。

 多くの者が自らの家系に王族の血を迎え入れることにしか興味がない。

 溜息と共にセザールは嘆いた。


「それでは陛下、例年通り剣舞祭開催の通達を行います」


 セザールの独り言を聞き流しエクトルは事務的に告げた。

 再び思考に耽っていたセザールはエクトルの声で我に返り、言葉を発する。


「うむ、頼んだぞ。

 今年は楽しい祭典になりそうじゃ」


 愉快気に声を上げながら。

 セザールもアリスの剣技を伝聞では聞いても、この眼で見たことはない。

 アリスに対する一連の策略とは別。

 ただ純粋に、セザールも楽しみであった。

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