第四十八話「捜索」
ドーナ貿易商会の本館は商業区の大通りから一本離れた道に居を構えていた。
剣舞祭の露店も夜の遅い時間ということもあり、商業区の通りもほとんど人がいない。
俺たち一向は一度、建物を物陰から観察する。
レンガを敷き詰められた立派な壁面。
通りに並ぶ店と比べると門構えが立派に見える。
それだけにドーナ貿易商会は繁盛していることが窺えた。
周囲の建物と同じように、人気を感じない。
「妙だな。支部長の話だと、夜の遅い時間帯も会長と従業員が何かをしているとの話だったが……」
ゲルトが訝し気に声を上げる。
「アレクどう?」
最も探知能力に長けるアレクに問う。
目を瞑ってはいるが、頭上に生える犬耳がピクピクと動いている。
やがて目を開き、俺の問いに答える。
「全く人の気配がしない」
「勘付かれて、逃げられたか?」
「いや……、ロベルトさんの話ではAランク冒険者を返り討ちにし死体を放置した連中だ。
今更こそこそ行動するとは思えない」
アレクとゲルトは相談を始める。
勇者のときも具体的な作戦を考えていたのはアレクであり、俺の役目は鉄砲玉だ。
「んじゃ、取り敢えず踏み込む?」
「待て待て」
俺が一歩踏み出し、本館に突入しようとするのをアレクが首根っこをむんずと掴み、制する。
「はぁ、相変わらず脳筋だな」
「失礼な」
「まぁ、ここで相談してても仕方ないか」
アレクはゲルトに目配せし、ゲルトも頷く。
「ただ正面から行くのは良くない。裏口を探す」
「そうしよう、念の為正面に見張りをつけるか。
ライムント、クロエ。
頼めるか?」
「了解」
「任せて~」
ライムントとクロエを残し、他の面々は路地を回り込み建物の裏へと向かう。
すぐに裏口は確認できた。
「先頭をアリス、頼めるか?」
「おっけー」
「待て、大丈夫なのか?」
アレクの決定にゲルトが疑問の声を上げる。
それに対し、アレクははっきりと告げる。
「この中で最も腕がたつのはアリスだ。
迷宮内で十分に理解しただろ?」
ポンポンと俺の頭を叩きながら。
(痛いんだが)
せめて肩にしてほしいが、どうも俺の頭がアレクの手が置きやすい位置にあるようだ。
無言で抗議の視線をアレクに向けるが、気付いてもらえなかった。
「……いや、そうだな。
わかってはいるのだが、アリスの見た目がな……」
「まぁ、その気持ちはわからないでもないが諦めろ。
続いてゲルト、真ん中にマリヤさん。
後方はラフィ、最後尾に俺がつく。
何かあったら言ってくれ」
「了解した」
「わかりました」
「うん」
アレクの提案に頷く。
各自、武器を構えたのを確認し俺は裏口の扉、取っ手をつかむ。
(鍵はかかってない……?)
予想と違い、すんなりと扉は開く。
ゆっくりと開けながら、中を窺う。
建物内に明かりはなく、うす暗い闇が広がっていた。
俺は小声で後方のアレクに尋ねる。
「明かりはどうする?」
「わざわざ入ってきましたと知らせる必要はない。
暗いがこのまま行くぞ」
「了解っと」
(何か敵視を感じたらヘルプが警告してくれるだろう)
内部にそっと踏み込み、後の面々も後ろから続く。
(強制調査と聞くと、「御用だ御用だ!」って感じで突入するもんだと思っていたんだがな)
こっそりと建物内に入るこそ泥のような気分だ。
一歩一歩、音をたてぬように気を付けながら歩を進める。
裏口に繋がる場所は倉庫のようだ。
暗闇に徐々に目が慣れ、品々が棚に所狭しと置かれているのが映る。
もう少し観察すると、香辛料の貿易を商っているというのは本当のようで、袋に詰められた様々な香辛料が置かれているようであった。
ロベルトが話しているような、巻物らしき品は確認できない。
さらに歩を進めると扉。
再び慎重に扉を開き、次の区画へ進む。
(ここが正面か)
視界に入るのは受付机。
店の表側のようだ。
香辛料の販売を行うための秤や、香辛料の値段が記された紙などが見える。
だが、この区画にも人気はない。
(営業時間でもないしな。事務とかは二階か?)
暗闇の奥に上へと繋がる階段が見える。
後方に向かって、俺は無言で階段を指さし、続いて上を指す。
アレクに対して「二階に進む?」と問いかけた。
その意図は正しく伝達され、俺の提案にアレクが頷く。
二階へと繋がる階段を進む。
木で造られた階段であるため、進むたびにギシギシっと音が響く。
音が鳴るたびに、俺の心臓も一段跳ねる。
やがて二階へとたどり着く。
二階は一面フロアとなっていた。
事務処理をする場所のようで、所狭しと机が置かれ、各々の机には書類が積み上げられてるのがわかる。
だが、ここにも人気はない。
一応壁面沿いの通路を進みながら、机と机の間に人がいないかを確認していく。
人が潜んでいることもなく、確認を終え、部屋の端から端へと移動した。
そうして部屋の端に、更に上へと繋がる階段を見つける。
建物を外から見たときに三階建てであることはわかっていた。
二階を調査すれば、何か証拠になるものが出てくる可能性もあるが、まずは三階も確認することにする。
再び心臓に悪い音を鳴らしながら、一行は三階へと上がる。
三階はいくつかの部屋に区切られているようだ。
廊下の突き当りに扉が一枚、その手前に扉が二枚見える。
一番近くの扉から中を確認していくことにする。
最初の部屋は応接室のようであった。
特に変わったところはない。
続く扉も同じような造りの応接室。
慎重に進んでいたが、だんだんと緊張感が薄れる。
最後の扉に手をかけ、一気に開け放つ。
「なっ」
思わず声を上げ、鼻を覆う。
血の臭いだ。
扉の先から今までとは異なる空気が廊下へと流れる。
遅れて中に踏み込んだゲルトが息を呑む気配。
続いて、俺の視界を塞ぐ。
何をする! と抗議の声を上げようと思うが、
「アリスは見ちゃ駄目だ」
どうもゲルトは俺の実力を認めてはいるが、見た目通りの少女として扱う節があった。
善意からの行いということを理解したため、抗議の手を引っ込める。
「ヒッ……!」
マリヤが思わず小さな悲鳴を漏らす。
「これは酷いな」
「……」
アレクが惨状を確認する。
ラフィは無言。
俺の目にも一瞬映ったのは血の海、そして床一面に折り重なるように倒れている複数の死体。
アレクは更に中へと入り、死体を確認していく。
「どうやら、ここの従業員みたいだな。
おっと、目当ての会長さんもいたか……」
「何が……あったんだ?」
ゲルトがおそるおそる尋ねる。
若干声は震えており、一級の冒険者といえども、この様な目の前に広がる惨劇を目にする機会など普通はないので当然であった。
「わからない。
だが、この商会が人攫いの何かには関わっていたのは間違いないだろう。
でなければ、この様な惨状が生まれる理由がわからない」
沈黙。
アレクが考え込む素振りを見せた時だった。
死体であったはずの物が動き出し、アレクへと襲い掛かった。
「なっ……!」
膝を曲げ、屈んでいたアレクは反応が遅れる。
避けられない。
「アレク!」
死体が動き出すことをいち早く察した俺が声を上げる。
生気のない瞳を持つ者が己の歯を剥きアレクに襲い掛かった。
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