第四十二話「冒険者ナオ 4」


 オーク退治の次の日。

 俺は朝から冒険者ギルドのウォーレス支部を訪ねていた。

 依頼達成報酬を受け取るため、その報告に来たのだ。

 本来であれば討伐した、その日のうちに報告しておくべきであるが、今回受けた依頼の場所は少々離れたところであり、普通であれば日帰りで依頼達成することは不可能。

 そのため、余計な詮索を回避するため、少し時間を置いて報告することにしたのだ。

 タイミング良く、本日は日課である午前の礼儀作法の講義がお休みということもあったので、朝から街に来ることができた。

 ……まぁ、今日の朝ギルドに報告することにしたのは、レイからそうするように助言を貰ったことが大きいが。

 

「ナオ殿、お待たせしました。こちらが今回の報酬となります」


 受付嬢が査定と依頼達成の処理を終え、戻ってくる。

 机に置かれたのは討伐の証明として持ってきた牙の一部と魔晶石、それと報酬である銀貨15枚。

 革袋に入った銀貨の枚数に誤りがないことを確認するため、数えていると遠慮がちに声を掛けられる。


「あ、あのナオ殿」


 声の主は受付嬢。


「なんでしょうか?」

「大変不躾な発言で申し訳ないのですが……、その魔晶石を一部ギルドに売って頂けないでしょうか?」

「うーん、魔晶石ですか」


 目の前には眉をハの字にし、本当に困っていることが伺える受付嬢の顔が見えた。

 理由は察することができた。

 この世界で魔物の素材を買い取りを行っている業界では冒険者ギルドが最大手。

 ほとんどの冒険者にとって素材はギルドで換金するのが最も安心できるため、依頼達成の報告と同時にそれらを換金し、追加報酬といった形で金銭を手に入れている。

 冒険者ギルドは魔物の素材が手に入り、冒険者はお金が手に入りWin-Winの関係というわけだ。

 もちろん冒険者ギルドで換金しなければならないという規則はないので、各々の判断に委ねられており、優秀な情報網を持っているのであれば、必要な相手に直接取引をし、ギルドで換金するよりも儲けることも不可能ではない。

 しかし、多くの冒険者からすれば、よく知らない怪しげな商人と取引するより、相場を知り尽くした冒険者ギルドで換金するのが最も損をしないので、討伐した魔物の素材は一緒に換金してもらうのが一般的。

 手間もかからないしね。

 さて、俺はというと受付嬢から申し出があったことからも想像できるように、冒険者として一週間近くギルドの依頼をこなしてきたが、これまで一度も素材は換金していなかった。

 受付嬢は冒険者ギルドとしての職務を全うする必要がある。

 その職務は冒険者の管理や依頼の斡旋が主であるが、素材の買い取りも重要な仕事。

 小耳にはさんだ情報では、各支部ごとに依頼達成件数や魔物の素材売り上げで評価されるのだとか。

 受付嬢の言葉に少し考える素振りは見せるが、答えは決まっていた。


「申し訳ありません。私の推薦人が素材を必要としておりまして」

「そのような事情でしたら無理はいえないですね……」


 このような申し出を受ける可能性があると、予めレイからは聞かされていたので、用意していた台詞を言うだけであった。

 残念そうにする受付嬢であるが、強く要請できない様子が見てとれた。

 俺の詳しい事情は支部長であるドロシーしか知らないが、ナオという冒険者についての最低限の情報を受付嬢は当然知っている。

 すなわち俺がリットン家が推薦した冒険者であるというこを。

 リットン家はサザーランド家と比べられると評価はおちるものの、魔術師として名を馳せる家系だ。

 魔術関連であれば様々な使用用途がある魔物の素材を集めていてもなんらおかしくはないだろう、というのが俺がサザーランド領で冒険者として活動する理由としてレイとリットン卿が考えたストーリーだ。

 一応言い訳をしておくと、別に嫌がらせで素材を換金してわけではない。

 本当にレイとリットン卿が魔物の素材を必要としているから売っていないのだ。

 市場に出回っているものを買えばいいといえばそれまでだが、調達する手段があるのであれば、どちらの方が良いか考えるまでもないだろう。

 当たり前だが、積極的にギルドと軋轢を生みたいと考えているわけではないのだ。

 

(本当の本当に素材が欲しいのであればドロシーさんが言ってきそうだし)


 軽く受付の奥を見た感じ、今日は支部長であるドロシーの姿は見当たらない。

 ドロシーからの指示で、受付嬢が俺に頼んでいる可能性は低いと考えていいだろう。


「少し換金してもいいとは思うのですが、私も雇われの身に近いのですみません」

「い、いえ。こちらとしては残りモノの依頼をこなして頂いているだけでもありがたいので!」

 

 こうしたやり取りをしながら報酬として受け取った銀貨の枚数に間違いないことを確認する。


「確かに、受け取りました」

「はい。またよろしくお願いします」


 受付台を離れ、依頼書が張られている壁を覗く。

 流石に朝のこの時間であれば、ポツポツと冒険者は見かける。

 依頼書の文字が読める位置まで近づくと、何人かの冒険者の視線が俺に集まるのを感じるが無視して用事をすますことにする。

 次に受けれそうな依頼のピックアップだ。

 探す場所は壁の中央、最も目立つ位置に張られた群。

 これらは人気のない、所謂外れ依頼と呼ばれる代物だ。

 人気のある依頼は目立つところに張らずとも、冒険者が勝手に探してくれるので、このような配置になっている。

 

(昨日と張られている依頼は変らず……、いや増えてるな)


 一日に複数依頼をこなしたこともあったが、俺一人で捌ける量には限度があり、それ以上に依頼はどんどん溜まっているようだ。

 チラッと周囲の冒険者を観察するが、毎日見かける面子は本当に一握り。

 ほとんどは初めて見る顔。

 それはウォーレス支部を拠点に活動している冒険者が少ないことを意味する。

 

(まぁ、王都に行くわな……)


 少しだけ王都迷宮で活動したこともあるので、現在の状況は仕方ないと思わざるを得ない。

 おかげでウォーレスの各地を魔物討伐ついでに飛び回れているので俺にとっては幸運と思うことにする。

 ウォーレス支部の問題は俺とは関係ないことで、ドロシーさん達が解決すべきことだしね。

 とりあえず増えている依頼書は鞄から紙を取り出し、メモしておく。

 メモを終えた紙は鞄にしまい、予めレイと相談し、次受けると決めた依頼書を壁から剥がす。

 今回は二件。

 依頼書をもって、待ち時間ゼロの受付台へ再び向かうのであった。

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