第二十五話「公爵家の人々 1」
短い王都での夏休みはあっという間に終わり、サザーランド領へ向かう日がやってきた。
約束通り、朝起きると寮の前に迎えの馬車が来ていた。
王立学校の敷地を出て、西門で今回の護衛任務を引き受けた冒険者と合流し、サザーランド領へと馬車は向かう。
サザーランド領まではだいたい半日くらいかかると聞いた。
王都を朝出て、夕方には到着するというわけだ。
それまで俺は馬車の中で大人しくしておくだけ。
今座っている席は荷馬車と違い、人が快適に過ごすために財が費やされており、一日座りっぱなしでもお尻がひりひり痛むことはなさそうだ。
「はぁ……」
馬車に揺られながら手持無沙汰。
そんな中で無意識に息が漏れた。
「突然大きな溜息をついて、どうしたんだい?」
俺の対面席、猫くらい大きさに翼が生えた青いモコモコの物体が俺の溜息に反応し、声を掛けてくる。
最近は部屋で寝ているか外で散歩しているかであったが、寮に放置するわけにもいかないので連れてきたのだ。
「今から行くところはそんなに行きたくない場所なのかい?」
「んや。行くこと自体は楽しみだよ」
「にしては浮かない顔じゃないか」
「これはまた別の問題、はぁ……」
溜息の原因は先日、夏休み中にもかかわらず王立学校へ行った時の出来事だ。
◇
王立学校は身分の垣根なく優秀な人材を集めることを主とはしているが、なんだかんだで貴族の子供が多く、夏休みに入れば殆どは実家へ帰るようで、校内は閑散としていた。
……まぁ、実家に帰るのは身分関係ないかもしれないが。
さて、何故夏休みなのに学校へ来たかと言えば、レイに会うためだ。
念のために行っておくが、好き好んで会いに来たわけではない。
一応俺の様々な事情を知っていて、かつ森都へ定期的に転移で行き来する約束をしていたので長期で何も言わずに王都からいなくなるのはまずいと思ったためだ。
それに少しだけ、レイがかかわるのは王国の大事な事業、転移陣の復旧作業であり、俺なしでは復旧作業に支障をきたすのであれば、サザーランド領行きに反対してくれるのではと期待していた。
ただ遊びに行くだけであれば、知らない土地、色々な楽しみではあるが、そこに花嫁修業が加われば話は別だ。
行くことを決めてから暫く時間が経ち、積極的に行きたくないなと思いを抱くようになっていた。
一応サザーランドの姓を貰った以上、どこかに嫁ぐことは抜きにしても、最低限の礼儀は身につけなければならないことも頭では理解している。
それに同じファミリーとなった者に挨拶はしておくべきだろうという常識的な思考も俺にはある。
なので強くサザーランド領へ行くことを断ることは無理だ。
だが、そこに他のやむを得ない理由さえあれば断ることは容易と考えるようになった。
「非常に残念ですが」
と目を伏せながら謝罪すればソフィアもきっと許してくれるに違いない。
その希望の一つがレイであったわけだ。
なんて考えていたが、レイの反応は薄情なものであった。
サザーランド領へ行く旨を伝えると一言。
「そうか」
「本当にいいんですか? 俺いないと困りません?」
と尋ねてみたが、お茶を口に運びながら、
「別にどこにいようが転移の術が使える君には左程問題なかろう。夕方以降は大体この部屋にいるので定期的に顔は出すように」
つまり定期的に転移を使って来いということだ。
決定事項のように言われ「俺の拒否権は?」と主張したかったのだが、この後の言葉で発言の機会を失った。
「ああ、そうだ。先生方から君宛に贈り物がある?」
「贈り物?」
それも先生方からということで、はてなと首を傾げる。
「各教科の担任の先生方が君のために作ってくださった課題だ。夏季休暇中にやるように」
「げ」
「病気がちな君のために先生方がご厚意で作ってくださった課題だ。まさか無下にすることはあるまい?」
レイの手元にあった紙束を前に差し出される。
課題というには量が多いのでは?と顔がひきつらずにはいられない。
にこりと微笑みながらレイは続ける。
「先生方も君のことを思い、気合を入れて作ってくださったようだ」
余計なことを。
そして予想だが、この課題の元凶は絶対目の前で涼し気な笑みを浮かべている奴だ。
「……これ別に提出義務ないですよね? ついでに言えば俺、別にこの学校は所属しているだけでいいと言われているので」
なんてちょっと反抗的な物言いをしたところ、笑顔のレイに滔々と教育の大切さ、そしてそれが如何に恵まれているかのお説教を受ける羽目になったのは苦い思い出となった。
◇
回想終了。
今の俺には花嫁修業とかどうでもいいくらいに『課題』の二文字は俺の肩に重くのしかかっているわけだ。
本当に真面目にやらないと終わらせることができない量。
自由と思った夏休みはやらなければいけないことが多い。
泣きそう。
色々あって夏休みの最後に終わってませんでした、という言い訳を許さないかのようにとてもとても親切なレイ先生が3日に1度、課題の進捗報告を聞いてくれるそうだ。
要は3日に1度、転移で王都に来いって意味。
公爵家の人達の目もある中で、そんな頻繁に王都へ行くのは厳しいと遠回しに告げたのだが、「どうにかしろ」の一言でこの話題は終わった。
あの、俺の拒否権は……?
というか、この提出しなければならない課題、毎日真面目に授業を受けて、真面目に試験を受けておけば結果がどうあれ、やらなくてよかったはずだ。
ある意味自身の負債が巡り巡って回ってきた感じ。
勿論、こんなのやるかー!と無視することはできるが、周囲の目がどうしても気になる俺は、わざわざ悪評を広げたくもないので、穏やかな学校生活を今後送っていくことを考えれば、無視という選択は悪手。
レイ以外は悪意ではなく好意で用意してくれた課題なので、余計に無視できない状況だ。
俺から言えることは、レイが悪い。
今回の止めは、どう考えても期末テストを受けなかったことだ。
レイの甘言に騙された自分が恨めしい。
「青にはわからないかもしれないけど、人にはやりたくなくてもやらないといけないことがたくさんあるんだよ……」
「ふーん。僕にはよくわからない考え方だな」
なお、嫌なことはさっさと終わらせようと思い、受け取った紙束に少しだけ向き合ったがすぐに収納ボックスにしまった。
……サザーランド領に着いてから本気出す。
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