第三十三話「イーサン 2」

 ※イーサン視点となります


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 イーサンは長年使ってきた練習用の大剣を構える。

 義妹であるアリスを前に、どうも奇妙な感覚に陥る。

 それは周囲で物珍しそうに視線を向けている者達も同様であろう。

 イーサン自身も殺傷能力を無くすため刃を潰した練習用の大剣であっても、頭上から一振りすれば、その質量で叩き潰してしまうのではと思わず不安に駆られる。

 魔術で作成された剣は、見せて貰ったが、確かに情報で聞いていた通り見たことのない独特の反りをもち、そして細い。

 剣舞祭以降でアリスの話題と同じく、特に騎士や冒険者の間で噂になった剣。

 似たような形状の剣が王国内でも流通しはじめたようだが、評判はすこぶる悪い。

 まず、脆い。

 試し斬りの段階で少しでも刃の角度が悪いと折れ、何度か斬っただけで刃こぼれは当たり前。

 これまで通りの剣とぶつかれば、当然の如くへし折られると聞く。

 結局、物珍しさでお金に余裕のある者達が試し、実戦では使えぬと判断したようで、実際に使っている者は王国内にはおそらくいないだろう。

 現在の需要のほとんどは観賞用というわけだ。

 当たり前といえば当たり前であるが、伝聞でしか情報のないアリスの剣。

 本物は市場に出回っているものとは大分異なるようだ。

 細見でありながら非常に重い。

 正直、剣を見せてもらう為に渡された時、その重さに驚いた。

 小柄なアリスが軽々と片手で操っていたのだから、何気なく受け取った時に思わず落としそうになったのは秘密だ。

 目の前で周囲の視線が気になり落ち着かなさそうにしているアリスの姿をみても、どこにそのような筋力があるのか見当もつかない。

 ……まぁ、元々は魔術の才能でサザーランド家に養子として迎えられた才能の持ち主、魔術で身体能力を向上させているのだろう。

 

「ふぅ……」


 意識を切り替えるために、息を大きく吐き、大剣を構える。 

 目の前の相手は王国一の剣の使い手として認められた猛者だ。

 自身の中で僅かでも躊躇があれば一瞬で喉元に剣を突きつけられかねない。


「準備はいいかい?」

「はい」


 アリスも剣を構える。

 構えはヴァーグナー流に近い。

 イーサンはアリスが勇者一行に拾われたという情報があったことを思い出す。

 目配せで今回の審判役を任せた、親友のカルキンに目配せをする。


「それでは、試合はじめ!」


 合図と共にイーサンは仕掛ける。

 細工は一切なし。

 体格差、そして大剣の重量を活かした脳天からの一撃を御見舞いせんとす。


「……」

「……っ!」


 金属が激しくぶつかり、表情を歪めたのはイーサン。

 アリスは涼しい顔で大剣を弾き返してきたのだ。

 選択が誤っていたことにイーサンは内心舌打ちをする。

 あれほど見た目に惑わされるなと自身に言い聞かせてた筈なのに、アリスの体格から正面からの一撃はまず回避し、そこから反撃に転じてくると思っていたのだ。

 想像していなかった衝撃に脇が浮いてしまう。

 自身の見積もりが些か甘かったことを後悔。

 だが今は反省するべき時ではない。

 即座に体勢の不利をさとり、イーサンは一歩足を下げ、腹を間一髪で剣を回避。

 しかしそれでは危険と長年の経験が警鐘を鳴らす。

 足を下げると同時に身体を横へと倒す。

 先程まで居た場所にアリスの鋭い一撃が振り下ろされた。

 

(はやすぎだろ……!)

 

 イーサンは心の内で叫びながらも、横に転がり大剣を振り、空を斬る。

 だが僅かな時間を稼ぐことには成功し、立ち上がりつつ再度アリスを視界の正面に捉える。

 一連の攻防でやはり剣聖の名は伊達ではないことを身をもって体感した。

 暑さ、そして動いたことによる発汗。

 それとは違う種の汗が頬を伝る。

 

「これが剣聖と呼ばれる剣か……!」

 

 姿が消えたと思えばすでに目の前。

 剣の軌道を読み、大剣を小刻みに動かし連続攻撃を受ける。

 キンキンと周期的に甲高い音だけが響く。

 イーサンは防戦一方。

 一撃一撃がトロールの棍棒をうけているかのような衝撃。

 手にじんじんとした痺れが伝わる。

 質の悪い事に、目の前の相手はトロールではなく一撃が重いだけでなく早い。

 剣が振り下ろされたタイミングに押し返す、あるいは二撃目がくる前に反撃できればよいのだがそれもかなわず。

 

(使いたくなかったが……!)


 単純な剣術による腕試しのつもりであったが、これでは勝負にならない。

 イーサンは自身が使える手札を切ることにする。

 アリスの次の一撃が来る直前。

 魔力を身体の内部で錬るイメージで、その魔力を腕へ、脚へ注ぎ込み身体強化。

 

「はぁ……っ!」


 これまで防戦一方だった体勢から強引に大剣を振り抜く。


「……っ!」


 初めてアリスの表情に変化が表れた。

 ぶつかりあった剣は、剣と剣がぶつかっただけとは思えぬ音を轟かせる。

 爆発的な力を得たイーサンの剣はアリスの剣を受け止め、それだけではなくアリスの身体ごと弾き飛ばした。

 人が宙を舞う、普通の模擬戦ではあり得ぬ光景。

 こちらに注視していた騎士たちの悲鳴とも驚きともつかぬ声が聞こえる。

 だが、イーサンは今の一撃がアリスに対して有効打とはなっていないことが誰よりもよくわかっていた。

 表情は驚愕ではなく「あれ?」といった呆けたもの。

 まるで自分の身体が思ったより軽かったことに今更気付いた様なものであった。

 とはいえ好機に変わりはない。

 魔力を込めた脚で地面を蹴り、弾き飛ばしたアリスとの距離を一瞬で潰す。

 例え模擬剣であろうとアリスくらいの小柄な身体であれば粉砕できる一撃を躊躇なく振りかぶる。

 が、ここでイーサンが予想しない動きをアリスが見せる。

 なんと空中で宙の何もない空間を蹴って方向転換してきたのだ。

 驚愕するイーサンが目にしたのはアリスのスカートの奥に見えた白。

 

「ごふっ」


 次に訪れたのは顔面への衝撃。

 アリスのドロップキックがもろにイーサンの顔を捉えたのだ。


「あっ」

 

 剣でなかったのだけが救いかもしれないが、突然の震動で、脳が揺れ思わずイーサンは膝をつく。

 可愛らしい声を上げつつもアリスはダウンしたイーサンの首元へと容赦なく剣を突き当てた。


「それまで!」


 カルキンの声で試合の終了が告げられる。

 なんとも締まらない幕切れであった。

 

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