第三十四話「イーサン 3」

 サザーランド領の街は王国内で第二の都市であり、地理的にも中央諸国へと繋がる街道ということもあり、王都と変わらぬ活気に充ちている。

 もちろん注釈に勇者が不死の王を倒した、ここ半年ほどとつくが。

 急激に滞っていた物流が戻ってきたことで、あるいはここ最近は街に人の活気が無かった為、余計に人が多くみえるのかもしれない。

 そんな街の中心部。

 冒険者が集う酒場の一角。

 店の端でイーサンは憮然とした表情で安酒を呷っていた。

 酒場の入口扉が開き、一人の男が入ってきた。

 右目には眼帯、むき出しの腕には古傷が多く刻まれている。

 カルキンという名の男だ。

 キョロキョロと店内を見回し、目的の人物を見つけると、近づきながら重低音の声でイーサンへと声を掛ける。


「こんなところにいたのかイーサン。別に隅の方に座ることもないだろう」


 席の対面にどかっとカルキンが腰をおろす。

 イーサンは一瞥し、更に酒を呷りながら答える。


「ここが俺の定位置なんだ。あとここではその名で呼ぶな」

「おっと。それはすまなかった、ジョニー。

 でも用心深いお前のことだ。どうせ盗聴防止の魔道具は展開してるだんろう?」

「ふん」

 

 当然とイーサンは鼻を鳴らす。

 カルキンに違う名で呼ばれるイーサンは、昼間とは姿が異なった。

 特徴的である銀髪はよく見かけるくすんだ茶色の髪に。

 服も貴族が着ているものとは異なる無骨なもの。

 周囲の冒険者によく溶け込んでいた。


「ここの酒はお前の口に合わないだろう」

「ぬかせ。寧ろこっちの方が飲みなれてる」


 イーサンは残りの酒を一気に飲み干すと、店員を捕まえ次の一杯、そしてカルキンの酒を注文する。

 注文した酒が届く。


「では久々の再会を祝して」

「再会を祝して」


 ジョッキを軽くぶつけあい、口に運ぶ。


「もう傷はいいのか?」


 カルキンは自身の頬のあたりを人差し指で叩きながら問う。


「治癒魔術を使ってもらったんだ。この通り腫れもない」

「それはなにより。俺としてはお前さんの前歯の一本や二本折れてた方が、イケメンに磨きがかかったと思うが、残念だ。にしても珍しく不覚をとったな」

「……。浮遊する魔物が相手でもないのに。まして模擬戦、人相手に空中で方向転換ができるなどと予想してカルキン、お前は戦えるのか?」

「違いねえ。しかし、あんなちっこい嬢ちゃんが剣聖ね。戦いぶりを見るまで信じられなかったが、ありゃ、すざまじいな。まさに戦神に愛されたとしか思えんな」

「剣聖と戦うなんてこの先ないかもしれぬ貴重な機会。カルキンも一戦交えればよかったのにな」


 冗談じゃないと、カルキンは肩をすくめる。


「俺が手合わせしたら、始まった瞬間剣を首に突き当てられ恥をさらすだけだ。そもそもお前と嬢ちゃんの模擬戦の剣筋も早すぎて正直何が起こってるのかわからなかった」

「……あれでも相当手を抜かれていたくさいがな」

「まぁ、お前さんは純粋な剣士ってわけじゃないものな。お得意の身体強化くらい使えばよかったんじゃないか」

「使ってそれさ」


 結局一戦目、つい足が出てしまったとアリスが平謝り。

 即座に治癒魔術をイーサンに使用し、傷を瞬く間に治療した。

 これで模擬戦は終わりとイーサンも周囲も思っていたが、アリスは眩い笑顔で「今のは剣の戦いなのについ足が出ちゃいました、ごめんなさい! もう一回仕切り直しましょう!」と元気な宣言の下、再度模擬戦をすることになった。

 ……その後の一戦が終わってもなにかしら理由をつけて延々とイーサンを付き合わせた。

 なお、それを止めにはいる者も、代わりに相手になりますと手をあげる者はその間一人もいなかった。

 これがイーサンと戦う前に、剣聖と戦いたい者はいないか?と集えば、何人かは興味本位で手をあげたかもしれないが、実際の戦いを見て、次元の違いを目のあたりにすれば、流石に腰が引ける。

 何せ模擬戦の間、何度か大人であり、体格的には恵まれている部類であるイーサンが子供のように剣で押し負け吹き飛ばされている光景を見ているのだから。

 

「打撲の傷は、我が愛しの義妹が治癒してくれたが、どうやら身体強化魔術の後遺症までは癒えないようだ。おかげで全身の筋肉が悲鳴を上げているよ。ったく父上は一体どこであんな子を拾って来たのだか」

「巷じゃサザーランド公の隠し子とも噂されていたが」


 ここでいうサザーランド公とは宮廷魔術師であるサザーランド・リチャードのことである。

 すでに家督は息子であるエドガーに引き継がれているが、民衆にとってのサザーランド公は未だ前代のことを指すのが一般的であった。


「まぁ、俺も今更義妹が出来ると知って隠し子か、と思ったがな」


 酒を一口飲みながら続ける。


「あの子にはサザーランド家の血は流れていないよ。間違いなく」

「なんでわかるんだ? それはお前が調べた結果か?」

「調べるまでもない。サザーランドの血が流れているのであれば、俺と同じく髪は銀色であるはずだからな」

「そういえばそうだったな。ある特定の家系には固有の髪色が遺伝するってやつか。例外はないのか?」

「少なくとも我が一族にはいないな」

「なるほどな。さすが精霊に愛された一族ってわけか」

「はっ。愛されたね、その中でも魔術の才がない俺は何なんだろうね」

「なんだ、新しく出来た義妹に嫉妬してるのか?」

「まさか。くそ兄貴に対する劣等感で一杯の青春を過ごした俺が今更そんな感情にふり回されるか」


 酒のせいか、いつもよりやや饒舌なイーサン。

 

「で、そろそろ本題いいか。まさか今日の愚痴話に付き合わせるためだけに呼んだわけじゃないだろう」

「その通りだ……」


 イーサンは目を細め周囲を警戒する。

 そして先程までのやや陽気な声はなりを細め、淡々と言葉を告げる。


「この街への襲撃が計画されている」

 

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