第二十四話「新人看板娘? 3」
二人の久々の再会に乾杯し食事に手を付ける。
程よく腹を満たしたところで本題に入ることにした。
アレクは念のため盗聴を妨害する魔道具をこっそり展開してからナオキに質問を投げかける。
「そういや、何で俺を訪ねて来たんだ?」
「ん、あぁ」
アレクの質問にフォークで肉片を口に放り込んでからナオキは答える。
「学校が夏休みの間、サザーランド領に行くことになったから。一応伝えておこうかと思ってな」
「意外だな。ナオキのことだから、王都で夏休みの間はなりたがっていた冒険者稼業にでも精を出すか、またどっか旅にでも行くものかと思ってた」
「そのつもりだったけど、一応俺の義姉にあたる人が直接寮に来てな。サザーランド領に来なさいって」
「ああ、なるほど、状況は理解した。花嫁修業に里帰りってわけか」
アレクニヤニヤと麦酒で喉を潤しながら軽口を叩く。
だが予想したナオキからの反応は返ってこない。
「…………」
「……まじで?」
冗談のつもりであったが、どうやら目の前の友人は本当に花嫁修業のためにサザーランド領に帰らねばならいようだ。
「ぶ、はははははは」
「笑いごとじゃない!!!!」
ナオキは椅子から立ち上がり、涙目で抗議してくる。
それを尻目に花嫁修業をしているナオキの姿を想像し、アレクは腹を抱えて笑う。
「ヒィヒィ、剣聖の次はどっかのお貴族様との婚約か」
「くそお、他人事だと思って」
「他人事だからな。いや、今王都で吟じられている剣聖の物語にナオキが元男であるという一節を是非加えて欲しいな。元男である少女がどこかのお貴族様に娶られる。なに、とても感動的な話じゃないか」
「俺は寒気がする」
心底嫌そうな顔をナオキは浮かべた。
「くそ、折角男に戻れたのに……。いつまでこの姿のままなんだか。はぁ……」
「何だ。元に戻れたのか?」
アレクは初めて聞いた事柄であるように振舞うが、実は昨日ラフィから一時的ではあるが元の勇者ナオキの姿に戻ったことを聞いていた。
だが肝心のどうやって元に戻ったかに関して、ラフィは言葉を濁していた。
このことからアレクは、ナオキが元に戻った方法は森国の何かしらの秘術に当たる事柄が関係していると予想し、ラフィに追及することはしなかった。
なので機会があればナオキに聞いてみようと思っていたのだ。
昨日の今日でそのような機会が訪れるとは予想していなかったが。
ナオキが元に戻る方法は別に情報として知っておくメリットはほとんどない。
友人としてナオキの力になれればとは思うが、本人が知っているのであればなおさらアレクが知る必要はないと言える。
なので、ここでの質問は単純な好奇心であった。
「本当に一時的だけどな」
「へえ。だったらその方法でもう一回戻ればいいだけじゃないのか?」
「それがそう簡単に試せる方法じゃないんだよ」
ナオキは一度言葉を切り、周囲を探るように見渡し、手を口に当て、アレクにだけ届く声音で話す。
「……俺が元に戻ったのは世界樹の実から造った酒を飲んだときだ」
「……はぁ?」
ナオキの言ったことをアレクは反芻する。
まず世界樹から採取されたものは非常に貴重である。
市場に出回ることが殆どない。
だが市場に出たときは一国が買えるともいわれるほどの値で取引される。
さらに今のナオキが口にした世界樹の実とは、実物を見たことはないが万能の薬と噂され、死んだ者さえも蘇らせる力があるとも言われているような品。
そもそもが実在さえ疑われており、よくある空想の産物の一つであると見做されているようなものだ。
それで造られた酒をナオキは飲んだという。
アレクが思考していると、ナオキがそうだと思いつたことを口にする。
「もしかしたら別にそんな貴重なものでなくとも、酒が効いたりしないかな?」
「なにを――」
馬鹿なことを言っているんだと口にするよりも早く。
「試してみよう」
「ちょ、お前……!」
一瞬の出来事であった。
持っていたジョッキがアレクの手から消え、身体能力お化けであるナオキの手に奪われていた。
止める間もなく、ジョッキをあおる。
その姿は映像的にアウトだ。
「うぇ、にっが……」
ナオキはジョッキから手を放した。
「……お前はまだ酒を飲んじゃ駄目な年齢だろう」
「アレクは俺が大人だって知ってるだろう」
「自分の姿を鏡で見てから言え」
すかさずジョッキを奪い返すが、あの一瞬の間に半分くらい残っていた麦酒を飲み干したみたいだ。
呆れた顔を浮かべながらアレクは問う。
「で、元の姿に戻れそうか?」
「……特に変化はなさそうだな」
目を×にしながら、ナオキは自身が注文していた果実ジュースをごくごくと飲んでお口直し中。
「それに実は元の姿に戻った時、意識を失っていたから、どんな感じで戻ったか覚えていなんだよな」
「意識を失っていた? ……いや待て、そもそも、なんでそんな貴重なものをお前が飲んでいるんだ?」
「いやー、ちょっとドジを踏んじゃいまチて」
アレクの質問にバツが悪そうに目を逸らすナオキ。
「はぁ……」
なんとなく状況を察した。
ラフィから森国の女王が襲撃され、ナオキと共に撃退したことは聞いていたのだが、どうやらその時に手痛い一撃をもらったのだろう。
この友人は規格外の力を持っているが、世の中の怖さを全然わかっていない節がある。
それを心配していたのだが。
「お前は……」
アレクは腕を伸ばして対面に座る友人の可愛らしいほっぺを両手でつまみ、こねくりまわす。
「実力あるんだからもっと周囲に気を配れるようになれ! というかレーレからも教わらなかったのか?」
「いたい、いはい」
ほっぺをぐるぐるとゆっくり3周ほどして手を放してやる。
「ったく。お前さんは真っ向勝負は敵なしだろうが、搦め手になると弱いな……」
やや赤くなったほっぺをさすりながら見た目通りの年齢にしか見えない、ややいじけた口調でナオキは口を開く。
「そんなこと言ったて……。元々俺は戦闘のプロじゃないんだぞ。無理いうなよ……」
弱弱しい口調になり、次にはしくしくとナオキは泣き始めた。
その突然の泣きにアレクは驚くが、すぐに理由に思い至る。
「……ナオキ、お前まさか酔ってるのか?」
一転、さっきまで泣いていたと思ったナオキはアレクを睨み返してくる。
「はぁ? 誰が酔ってりゅって?」
「……お前だよ、お前」
「えー、これジュースだよ」
ごくごくとジョッキを口にやるが、先程お口直しで飲み干しており、すでに空だ。
「ない」
「そうだな、さっき飲んでたからな」
「そういえばアレク」
「何だ」
酔っぱらい特有の脈絡のない話題転換。
うわーめんどくせえ、と意図せず二日連続で酔っぱらいの相手をすることになったことに戦慄する。
そして話題を振ってきたナオキはにやにやとするばかりで一向に続きを口にしない。
ようやく口を開いたかと思えば、
「いやー、アレクもすみにおけないね」
「何のことだ?」
「何ってそりゃー、レーレさんのことだよ」
「あいつがどうかしたか?」
そしてまたニヤニヤとするばかりで話がいっこうに進まななくなる。
非常にめんどくせえ酔い方だ。
なのでアレクは攻勢に出ることにした。
「そういや、お前、ラフィに告白されたらしいな?」
昨日の酔っぱらいを相手にしたときに入手したカードを切る。
ラフィは酔っぱらいながらも若干ごまかしていたが、全然ごまかせてなかったので、何らかの形でようやく朴念仁であるナオキに思いが伝わった様子が見て取れた。
このカードは強力だったようで、
「な、な、なんでアレクが知ってりゅんだ!?」
ナオキの酔い方もラフィと似ており感情の抑制が効かなくなっているタイプ。
激しく動揺したナオキは怪しい呂律で問い返してくる。
ただ受け身に回っていると、酔っぱらいの相手はめんどくさいことをよく知っているアレクは、この酔っぱらいで遊ぶことにした。
結局、アレクとしては中々楽しい酒の席になったのだが、理不尽なことにこの後アレクはマーレと親父さんにナオキに酒を飲ましたことを叱られ、さらには来店した時にナオキのことを気に入っていた冒険者の一団がまだいたようで、ナオキに酒を飲ましたという声が聞こえていたようで射殺すような視線を向けられた。
その間、ナオキは天使のような寝顔ですやすやと寝ていた。
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次話からようやく舞台はサザーランド領へ。
そして書いている内に、章題の「災禍を招く巫女」を畳むまでが長くなってしまいまして、もしかしたらしれっと章題を変更するかもしれませんがご容赦頂ければと思います。
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