第二十三話「新人看板娘? 2」

 マーサの戯言は聞き流すことにし、問いかける。


「そんなことより席は空いてるか?」

「むー、アレクさん、そんなことじゃないですよ! 大事なことですよ!」

「……親父さんにマーサが仕事中に無駄話してたってチクるぞ」

「一名様ご案内!」


 マーサは親父さんにチクられるのは嫌なようで、一瞬で接客モードへと切り替わった。

 こちらになります、といつもの笑みを浮かべながら案内。

 しかし、前で接客業務を継続していたナオキが視界に入ったことでマーサは思い出したように後ろ姿に声を掛ける。


「アリスちゃーん、アレクさん来たし一緒の席に座ってて―。そのジョッキは私が運ぶよ」


 ナオキに追いつき、やや腰をかがめながら目線をあわせマーサが提案する。 


「いえ、これは私が任された仕事なので最後までやりきります」

「そう? 無理しないでね」

「はい」


 ジョッキ3つの運搬は十歳の少女にとってはけっこうな重労働。

 マーサは未だに心配そうにナオキを見つめている。

 もちろんアレクは全く心配していない。

 姿こそ変われど、報告で散々暴れまわっていることを知っているからだ。

 身体の小ささは身体能力ではカバーできないので、お盆こそ両手で支えてはいるが、しっかりとした足取りで運んでいる姿が見えた。

 ただ事情を知らないマーサからすれば心配でたまらないのだろう。

 ハラハラした様子で後ろ姿を眺めている。

 どういった経緯でナオキが店を手伝うなんて言い始めたのかはわからないが、開店してからアレクが降りてくるまでの間に、すでにジョッキ運びは何度かやっているはずであり、そんな心配して見る必要はないようにも思う。

 あいつは大丈夫だから、早く席に案内してくれと言いたいが、余計な一言のせいで、ここでまた先程の戯言をぶり返されては堪らない。

 ここはマーサの気が済むようにさせることにした。

 なのでマーサと二人でナオキの行く末を見守る、なんともいえない状況となる。

 ジョッキの注文先は店の一番端の席、冒険者の一団のようだ。

 その中の一人は、図体はでかく顔にはいくつもの傷がある強面の男。

 一緒に酒を飲み交わしたことはないが、この店に滞在している間に何度か見かけたことがある常連の一人だ。


「お待たせしました」


 店の看板娘にしてはやや不愛想ともとれる声音でナオキが注文の品の到着を告げる。

 アレクであれば、もっと愛想よくしろとクレームをつけるところだが、どうしたことだろう。

 ナオキの言葉にいつもは真一文字に口を結んでいるの強面の男は、今は眉尻は下がり、だらしない笑みを浮かべていた。


「おお、アリスちゃんありがとう! ほら、あとはおじさんが持つよ。おら、お前らもさっさと運ばれてきたジョッキをとれ」

「こう見えても力もちなので大丈夫ですよー。はい、どうぞ」

「いやー、アリスちゃんは働き者だね」

「いえ、これしか手伝えないので」


 冒険者にちやほやされ、少し顔を赤らめたナオキの姿がそこにはあった。

 その姿も相まって、どうやら盲目な冒険者の目にはナオキの不愛想とも思えるやり取りは、ただ照れている姿に映っているようだ。

 その様子を眺めたアレクはぼそりと。


「やけにあいつ、気に入られてるんだな……」

「はい。アリスちゃん効果で今日は麦酒が飛ぶように売れてます」

「あの不愛想なのでか?」

「アレクさん……」


 アレクの言葉にマーサはジト目。


「アリスちゃんがあーんなに一生懸命にお手伝いしてくれているのに不愛想だなんて感想はないですよ!

 見てくださいよ、あの健気な姿!」

「……」


 アレクの目には単に見知らぬ人との会話に不慣れなナオキがなんとかこうにか接客しているだけ。


「健気……ね」

「アレクさん……。まさか、ここまで残念な人とは思いませんでした。……アリスちゃんの恋も応援したいけど、これはやめた方がいいような」

「お客様にむかってこれとはなんだ、これとは。いいから、とっとと席に案内しろ。

 あいつなら大丈夫そうだろう」

「うー」


 マーサをせっつくことでようやく席に案内された。

 初めからこうしておけばよかったと少し後悔する。

 そこでついでに麦酒を注文。

 届けられたタイミングでナオキがやってくる。


「これ、親父さんのおごりだって」


 座ったアレクの机に注文していない品が次から次へとナオキの手で置かれていった。

 その光景を、一杯目の麦酒を煽りながら眺める。


「おごりにしてはやけに豪勢だな」

「お店の手伝いをした分の報酬を断ったら、その代わりにってさ」

「そりゃまた」


 常連のアレクには並べられた品が大体いくらくらいなのかわかっており、机に置かれていく料理がお手伝いに対する報酬にしては、大盤振る舞いであることがわかった。

 貰いすぎと指摘するべきかもしれないが、それを指摘するのは野暮というものだろう。

 それにアレクからすれば、ナオキの報酬をタダで享受できるわけでうまみしかないのだから。


「これが今日のおすすめの一品。ギャなんとかの、なんとか煮込み」

「……そんな適当な料理があるか」

「おいしければ料理名なんて気にしない気にしない」


 そういいながら接客の際はつけていたエプロンと三角巾を外したナオキがアレクの対面に座る。


「さあ食べよ食べよ、お腹すいた」

「おう、乾杯」

「あ、私の飲み物がないや」

「……」

「何っ?」


 アレクがじっと見ていたことを疑問に思い首を傾げるナオキ。


「いや、自然と"私"っていうようになったんだな」

「……っ、この姿なんだから仕方ないだろう」


 逃げるようにナオキはもう一度席を立ち、飲み物を取りに行った。

 その姿をながめながら。


「ちょっとは心配したが、今の姿に大分慣れてきたみたいだな」


 過去の友人の姿を思い出しながらアレクは手に持ったジョッキをあけるのであった。


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