第九話「被告人」
「そういや気になってたことがあるんだけど」
「ん、なに?」
料理が机に隙間なく並べられた頃、アレクが俺に尋ねる。
「お前さんが持ってた剣、しゃべってなかったか?」
獣族であり耳がよいアレクにはしっかりと戦闘中に俺が青と会話していたことが聞こえていたようだ。
俺としても特段隠すことではないので、あっさりと認める。
「うん、しゃべってたね」
『はじめまして、と挨拶した方がいいかな』
「やっぱ聞き間違いではなかったか」
アレクは声の出所、俺が腰に吊るす剣へと目を向ける。
なんの変哲もない剣にしか見えないが。
「精霊?」
ぽつりとラフィが蜂蜜酒が入ったジョッキを両手で大事そうに抱えながら尋ねる。
ラフィの視線も俺の剣へと固定されていた。
その声に青は応じる。
『正解。だけど不正解』
「む、どっち」
「この前迷宮で戦った青い竜、憶えてる?」
「忘れろってほうが無理だけどな」
アレクは苦々し気に答える。
「あれの本体がこれ」
俺は剣の柄をトントンと手で触りながら言う。
「いや、どういうことだ。訳がわからないぞ。
竜の本体が剣?」
「精神だけを移した?」
『ご明察。ちっこいこの言う通りだ』
「いや、ちょっと待ってくれ。
ナオキがもっている剣に竜の本体がいるとして、この前俺達がたたかったデカブツは何なんだ?」
『ただの肉体、僕の抜け殻みたいなものかな?』
「あれが抜け殻ね……」
アレクは呆れたように肩をすくめ、やってられないとばかりに麦酒を呷る。
無表情のラフィだが、青に興味津々のようだ。
「なんでナオキのもとに?」
『うーん、特に理由はないけど。
たまたま出会ったのがアリス、うん? ナオキだったから?
今更だけどナオキがアリスの本当の名前ってことでいいんだよね?」
「そういえば言ってなかったな。
この姿は呪いによるもの。
本当の姿は全然違う」
『なるほどなるほど。で、たまたま出会い、お互いの利害関係が一致したから僕はナオキに力を貸す契約をしたんだ』
「たまたまというか、青が出会うように仕向けたんだろ」
『迷宮に入ってからはそうかもしれないけど、アリスが迷宮に入ってきたのはたまたまじゃないか』
「仕向けた?」
「そう、仕向けた。俺とマリヤが下に落ちたのは青のせい。
青が迷宮の構造を作り替えて、俺を青の精神体がいる場所?まで強制的に落としたんだ」
改めて青の無茶苦茶な行動と、それを可能にした竜の力に俺は呆れながら言う。
俺の発言にラフィは納得したように。
「迷宮が動いてたのも、青が原因?」
『うん、そうだね。僕が迷宮を弄ってた。
これでも人間に被害がなるべく及ばないように努力してたんだよ?』
「だったら俺達がお前さんの肉体に辿り着かないようにうまいことやってくれればよかったのに」
『うーん、作り替えても何故か君たちは迂回させることができなかったんだよね』
「魔力、辿ってたから」
『ああ、なるほど。納得した』
青とラフィは短い言葉でお互いの言いたいことを理解しているが、俺とアレクにとってはクエスチョンマークが残る会話。
分からない者同士目をあわせ、「どういうことだ?」と首を傾げる。
説明好きの青が言葉少ない会話を補足してくれた。
『あの迷宮は魔力を行き渡らせるための根っこみたいなのが張り巡らされているんだ。
その魔力の出所は僕たち竜が仕込んだもの。
精神体になってから、僕自身に魔力はなく迷宮に残留する魔力を活用していたんだけど、肉体は別。
精神はなくとも迷宮内の魔物を自らの領域に誘き寄せるため、迷宮の構造を弄ってたんだろうね。
今は迷宮内の魔力の供給源は僕の肉体しかいない。
そこの小さい子が魔力を辿ってきたということは、僕の肉体に辿り着いてしまうというわけだ』
「む、小さくない」
青の話を聞きながらふと俺はあることを思い出した。
「そういえば、俺とマリヤが落下する前に迷宮へと戻る途中の道が突然封鎖されたことがあったんだけど」
『うん』
「あれは青の仕業?」
正しくは青の精神体の方の仕業か?と、俺は腰の剣を睨みながら尋ねる。
『……さぁ、何のことだか』
「青だよね」
『……』
「精霊が宿る剣を溶かしたら、中の精霊がどうなるのか興味あるな」
『ストーップ! 僕が悪かった謝る。
うん、僕がやった。アリスの実力を測るために魔物も誘導した』
「まぁ、あんなタイミング良く大量に魔物が襲ってくるわけないよね……」
わかっていた答え。
「真下からナオキ達が現れたのも、そいつの――青の力で道をこじ開けて最短で来たってことか」
「アレク達ってのは知らなかったけど、肉体に近づいてる集団がいるって青が警告してくれたから急いでね……」
アレクは複雑な表情を浮かべる。
「あんたを責めるべきなのか感謝すべきなのか、悩むところだな」
「同意」
『僕としては感謝してもらいたいけどね!
アリスに警告しなければ君たちは今頃物言わぬ骸となっていたはずだよ』
「いや、最初から俺達が肉体に辿りつかないように道を全部封鎖することもできただろう?」
『……、ほら、あの辺りは僕の肉体の支配下だから』
「嘘」
『……』
「青?」
『あはははは、まって! アリス、魔力を籠めないで! 溶けちゃう!
謝ります! ごめんなさい、人間の危機が迫れば否が応でも僕の力を必要とするかなって考えてました!』
俺は魔力を発散させながら大きく溜息をつく。
「数日もあの場所にいたのに、俺に接触を図るタイミングがあまりにも良すぎたしな……。
偶然のはずがないか」
青に悪意はないのだろう。
単純に自らの思い描いたシナリオに沿うよう、俺に選択肢を巧妙に与えたわけだ。
赤を見てても分かるように、竜にとって人間がどうなろうと知ったことではない。
そういう意味ではアレク達を利用したとはいえ、青が俺に警告したのは善意ととれなくもない。
悪意ある善意だが。
「契約、何?」
ぽつりと、ラフィが尋ねる。
変らず無表情ではあるが俺にはラフィの目が好奇心でキラキラ輝いているように見えた。
あまり青の迷宮内での行動に興味はないようだ。
興味があるのは青自身、精神体というワードか。
短い単語、契約とは何か俺は一瞬思考したが青は即座にラフィが欲した解を答える。
『簡単だよ。
僕はアリスに力を貸す。
対価は僕を迷宮の外に連れ出すこと』
「それだけ?」
『それだけ。他に魔力も何も対価に要求していない。
対価の外へ連れ出すを果たしてくれたアリスには、僕が消滅するかアリスが死ぬその日まで力を貸す契約だ』
精霊に力を貸してもらう為に結ぶ契約。
青の口から改めて契約の内容を聞くと、俺があまりにも有利な条件に聞こえる。
実際は青の肉体を倒さなくてはならなかったが。
それでも破格の契約だ。
迷宮から外に連れ出すだけで、青――竜を一生使役する契約なのだから。
「外?何故?」
『僕は肉体から精神だけ独立させることに成功したけど、迷宮内の魔力が濃く残留する空間でしか存在できない不出来なものになってしまったんだ。
元々精神を分離させたのは迷宮から抜け出すためだというのに、本末転倒だよね』
俺が言葉を繋ぐ。
「こいつら竜は神様に王都の地下に封じられてたんだ。
先日起きた騒動で、神様の結界は竜を封じる力はなくなったんだけどね」
『僕も肉体があれば、晴れて自力で脱出できたのに馬鹿だよね。
でも運のいいことにアリスが迷宮に来てくれた。
ついでに僕の不始末である肉体の処分もできた。
この出会いだけは神に感謝しよう』
青の言葉にはどこか皮肉気であった。
神様への恨みはつきないのだろう。
「でも、青いいのか?
迷宮から脱出して、俺と一緒にいたら行動範囲は限られるぞ?」
『アリスと一緒にいたら、きっと面白い。
間違いない』
青は笑いながら答えた。
「確かに、ナオキの近くにいたら飽きないだろうな」
「同意」
アレクとラフィも笑いながら頷いた。
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