第五十七話「勝者」


 ザンドロは試合開始の合図と同時に脚に力を込める。 

 《疾》。

 スキルを発動し矢の如く飛び出し、ジンとの距離を潰す。

 そのままの勢いで脳天への一撃を打ち下ろす。

 だが、予想と異なる感覚が襲う。

 ガツンとザンドロの手のひらに痺れと共に衝撃が返された。

 

「さすがっ……!」


 口角が上がる。

 加速し、勢いをつけたザンドロの斬撃を容易く弾き返した。

 平凡な剣士であったら、はじき返された衝撃で剣から手を離していたことだろう。

 手を離さなくとも、痺れによる一拍の間が生まれた。

 ジンが次の一撃を用意するには十分な時間である。

 ザンドロの腹を薙ぐ一撃が襲い来る。

 まともにくらえば、いくら鎧で身に纏ってるとはいえ、ジンによる斬撃の威力は殺せない。

 致命的な一撃。

 後退という選択肢もあったが、選ばない。

 ザンドロは一歩更に踏み込んだ。

 ぐっと姿勢を低くし、打ち上げられた体勢の重心を無理やり下げる。


(斬撃が襲う前に、それよりも速く!)


 剣が襲い来る恐怖を抑え、狙い通りジンの剣がザンドロを襲うよりも速く、懐へと。

 左肩を入れながらカウンターの一撃を振るう。


「……!」


 が、ザンドロは咄嗟に飛び退く。

 理由は説明できないが、直感が不味いと囁いた。

 ゾクリと肌を薙ぐ一撃が通過する。

 知覚外の斬撃。

 間一髪でザンドロは回避した。


「避けたか」


 ゆらりと、ジンがザンドロの方を見た。

 そして楽しそうに笑う。


「今度はこちらから行くぞ!」

「……ツ!」


 ジンの姿が視界から消えた。

 と知覚した瞬間、斬撃が襲い来る。

 間一髪でジンの一撃を防ぎ、弾き返し――


《疾風穿刺斬》 


 一点を穿つ一撃をザンドロは放つ。

 ジンは冷静に剣で受けることはせず、ザンドロのスキルを知っていたかのように最小の動きで横に回避する。

 笑みを浮かべながらもザンドロは内心で舌打ちをする。

 

(これが本来のタチバナ流の剣……!)


 歯噛みする。

 話には聞いていたが、想像以上にやりにくい。

 ザンドロが修めているヴァーグナー流は攻撃に重きを置き、愚直に真っ直ぐな剣を突き詰めている流派だ。

 王国に在籍する多くの騎士もヴァーグナー流を修めている。

 対するジンが修めるのはタチバナ流。

 相手を惑わし搦め手を得意とし、また受けからのカウンターを得意とする流派だ。

 不規則なテンポからジンの剣が襲い来る。

 ザンドロの呼吸から、タイミングを巧みに外しているのだ。

 攻めが持ち味であるザンドロが防戦一方になる。

 言い訳だが、もう少しタチバナ流という流派の動きを知っていれば、もう少し上手い対処ができたとザンドロは思う。

 しかし、ここまでの試合でジンが攻める展開はなかった。

 カウンターによる一撃が決まり、試合終了。

 ジンが攻めに転じる前に勝敗が決していたからだ。

 最初の斬り合いからのカウンターをザンドロは凌いだが、自身の剣が届くビジョンを掴めないでいた。

 切結びながら攻略の糸口を掴むしかないが、ジンは単調な斬り合いを許すほど生温い相手でない。

 そして、純粋な剣技のみでザンドロは圧倒されていた。

 だがこのまま終わるわけにはいかない。


(ここだ!)


 読みは見事に的中した。

 ジンの剣筋を読み、反撃の一撃。

 剣がぶつかり、大きくジンの体勢を崩すことに成功した、はずだった。 


《陽炎》


 ゆらりと、ジンの剣が蜃気楼の様に霞む。

 ザンドロはスキルに囚われ、剣筋を幻視した。


「ぐっ!」

 

 噛み合ったはずの剣が突如空を斬る。

 予想していなかった形でザンドロが態勢を崩された。

 呆けている暇はない。

 紙一重で、懐に忍び込んできた剣を回避した。

 回避しても更に次の一撃が襲い来る。

 

(このままではまずい)


 ザンドロがジンの攻撃を回避しているのは運がいいに過ぎない。

 試行回数を重ねられると、遅からず勝敗を決する一撃を貰う。

 この状況を打開するにはザンドロに流れを引き戻さなければならない。

 引き戻すには、せめてザンドロが攻勢に転じる必要がある。

 防戦を強いられていては、本来の強みを活かせないのだ。

 だが、想定はしていた展開。

 ジンもザンドロに目で語り掛けてくる。


 ――この程度で終わりか? お前の力を見せてみろよ、と。

  

 ガキンッと戟音が闘技場に響き渡った。

 両者の剣がぶつかる。

 素早く、ザンドロは一歩後退。

 もちろんジンは離れた間合いを嫌い、すぐさま距離を詰めてきた。

 普段とは違う凶悪な笑みをザンドロは浮かべる。

 

(ならば受けよ!)


 剣を肩に担ぎあげ、振り下ろす。


「燃え滾れ――《焔煉纏衣えんれんてんい》!」


 ザンドロの曾祖父である先代剣聖ロバート・ヴァーグナが伝えし秘奥義。

 幻視ではない。

 言葉に応じ、数千度の熱を持った炎が顕現した。

 灼熱の炎が剣に纏わりつく。

 魔術の領域に脚を踏み入れた剣技。

 間合いに入ってきたジンに向かい剣が振り下ろされた。


「――ッ!?」


 剣では受けるはずもない。

 ジンはたまらず回避。

 圧倒的な熱がジンの顔を薙でる。

 目を見開き斬影を追う。


「ッおもしれえ!」


 が、すぐにジンの顔には笑みが浮かぶ。

 通過した剣に怯む様子はない。

 改めて肉薄してくる。

 だが、攻撃の主導権はザンドロに移った。

 二度、三度と剣を薙ぐ。

 紙一重の回避。

 ジンは巧みな足さばきで攻撃を躱す。

 反撃の機会をジンは窺うが剣でザンドロの攻撃を受けられない以上、強引に突破することはできない。


(このまま押し切る……!)


 しかし、ザンドロの考えは甘かった。

 相手を圧倒せんと振るった一撃を、なんとジンは剣で受け止めた。

 いや、一瞬の接触。

 だが、その一瞬の接触でわずかに剣の軌道がずらされる。

 灼熱の炎のすぐ横を通過しザンドロに一撃を入れんと接近する。

 

「っ!」


 思いがけない反撃を受け、一歩退く。

 鎧をジンの剣先がかすめる。


「その技は初めて見たが、知ってるぜ。

 なるほど、大した奴だ」


 ジンの顔がザンドロの視界を覗く。

 依然として飄々とした態度で語り掛けてくる。

 ザンドロにとっては渾身の技であったはずにもかかわらず、ジンからは焦りの色は一切見られない。

 

「くっ!」

 

 苛立ち気にザンドロは剣を振るう。

 地面を這うよう右に左に、ジンが躱す。

 捉えたはずの剣は、度々霞を掴まされる。


(攻めているはずなのに……!)


 確かにザンドロの狙い通り攻勢に転じることはできた。

 だが、ジンに剣は届かず、攻撃の隙に度々カウンターが襲ってくる。

 そしてザンドロが使用した秘奥義にも弱点があった。

 持続時間だ。

 剣技ではあっても、実態は魔術と変わらない。

 当然魔力を消費する。

 剣を振るう体力と同時に魔力が身体から失われていく。

 早く決めれねばという焦りがザンドロを襲う。

 剣に力を籠める。

 

(ならば、回避できない一撃を!)


 ザンドロの求めに応じて剣を纏う炎が一層荒ぶる。

 ジンが踏み込みを止め、回避行動をとった。

 

(ここだ……!)


 逃さない。

 初めてジンが見せた隙らしい隙。

 先程の剣とは異なり、これから放つのは紙一重の回避が叶わない一撃だ。

 渾身の力を込め、全力にして全速でジンを捉え、剣を放つ。

 焼き放たんと、振り下ろした一撃。

 

 ゾクリと。


 待ってたとばかりに、ニヤリとジンが笑うのをザンドロは見た。

 ゆらりと構えられる剣。

 タチバナ流の神髄は受けからのカウンターだ。

 つまり――


(誘いこまれた……!)


 ザンドロが選択を誤ったことに気付いた時には手遅れであった。


《流華閃》

 

 一閃。

 鮮血が舞う。

 何が起こったか、ザンドロはわからなかった。

 ただ、負けたことだけは理解した。

 ザンドロの意識が暗闇に落ちる。



 ◇ 



『優勝はジン・タチバナ――!』


 ディアナのアナウンスに観客が沸き、惜しみない賛辞と拍手が送られる。


「ふぅ……」


 ジンは息を吐くと、剣を鞘にしまった。

 対峙したザンドロはジンの一撃により剣が折れ、それだけには留まらず、腹部の鎧を破壊され血の海に沈んでいた。

 致命的な一撃ではあるが、慌ただしくザンドロを一流の治癒術師が取り囲み処置を施していく。

 一時間後には自由に歩き回れるレベルまで問題なく回復するだろう。


(こいつなら、剣聖としての器を認められたかもしれないな。

 才能があるってのは羨ましい)


 今回はジンが勝ったが、そう遠くない未来、ザンドロはジンが及ばない領域に足を踏み入れるだろうと、剣を交え確信していた。

 前回、ジンは剣舞祭で優勝したが剣聖には至らなかった。

 器を認められなかったからだ。

 己が至れる極地、更にその先をジンには歩むことができないと剣聖の主たる存在に諭された。 

 剣聖になるにはただ強いだけではなく、更に先を求められる。

 そういう意味ではザンドロは羨ましい存在だ。


(まぁ、俺に勝てないようでは駄目だが。

 しかし、才能溢れる若い連中に最近やたらと会う)


 思い浮かぶのは黒髪の少女アリス。

 まだ、真の実力を測りかねてはいるが低く見積もっても、間違いなく剣聖に至る器には十分とジンは見ていた。


(約束を果たしてもらう為にもあと一戦がんばるか)


 観客の歓声に手を振り応じながら、ジンは闘技場の出口へと向かう。

 己が不適格とされた剣聖の証。

 では、真の強さとはどういうものなのか。

 約束など関係なく、ジンにも今代の剣聖に強い関心があった。

 明日の試合を楽しみにしながらジンは闘技場を後にした。

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