第五十八話「夜明け」

 戦い続けた。

 余計な思考を捨て、ただ目の前に現れる脅威を倒す。

 それだけに集中していた。

 東の空が白くなってき、ようやく朝が来たことを知る。


「疲れた……」


 体は動く。

 が、いくら並外れた身体能力を持っていても、さすがに夜中ずっとの戦闘で一切の疲れを感じないわけがなかった。

 こちとら只の人の身なのだ。

 今見える最後の敵を魔術で蒸発させた。


『周囲に魔物は見当たりません』


 ヘルプの報告を聞き、刀を地面にぶっさし、どかっと地面に座る。

 収納ボックスから水を取り出し口に含んだ。

 俺が放った魔術による炎で森が傷つくことはなかったが、血走った魔物の牙は周囲に多くの被害を及ぼしていた。

 世界樹ほどではないまでも相当な樹齢であったと思われる大木は倒され、傷つけられていたり、周囲の木々も暴風が過ぎ去ったかのようになっている。

 さらに毒液やら、火を操れる魔物によって木々は黒々と、巨大な魔物の攻撃で地面もあちこち陥没。

 俺が移動してきた後はさながら巨大な生物が木々を踏み抜きながら歩いてきたのではといった光景が広がっていた。

 一部の陥没している部分は俺が犯人かもしれないが、大半は俺が原因で創り出したものではない。

 犯人は魔物だ、と誰にでもなく言い訳をしてみたり。


「こっちはようやく落ち着いたか……。他の場所はどんな状況なんだろうな」


 竜種である青と赤は魔力さえあれば元気である。

 また俺が戦っていたレベルの魔物であれば敵ではないことは予想できた。

 つまり心配する必要はない。

 初代剣聖のストラディバリも、人の身ではなく、また元々戦闘狂のようなのでこの状況をむしろ楽しんでいるのではと思われる。

 こちらも心配するだけ無駄であろう。

 曙色の空にうっすらとかかる雲を眺めながら一息つく。


「ただの人の身にはこたえるね……」

「お主がただの人の身と主張するのは少々無理があると思うがのお」

「……!」


 誰もいないと思っていたら、つぶやいた言葉に答える声があった。

 声のした方へと、驚き振り返る。


「女王様?」

「うむ」


 そこに立っていたのは森国の女王であった。


「どうしてこのような場所に?」


 武装もしていない、軽装で立っていた。

 周囲を見回してもレイがついてきたわけでもなく、他の兵士も見当たらない。

 そもそも女王がいつからそこにいたのか。

 つい先ほど念入りに周囲を探知したというのに、声を掛けられるまで気がつかなかった。

 そして女王は俺の質問には何やら呆れた様子。


「どうしてとは何じゃ。お主のことを心配して見に来たというのに」


 女王は口をへの字にして答える。

 とことこと女王は俺に近づいてくると、さわさわと全身を触り始めた。

 ちょっとくすぐったい。

 

「怪我はないようじゃな。それに幻術ではなく、お主は本当におのこだったのじゃな。

 ……には悪い事をしてしまったかもしれんのお」


 やや顔を赤らめながら女王はぶつぶつと独り言を呟きはじめた。


「……あの女王様?」

「なんじゃ?」

「ここまで一人で?」

「そうじゃ」

「……レイに止められませんでしたか?」

「レイには言うておらんからのぉ」

「それはまずいのでは?」


 立ち上がり、念の為周囲を警戒する。

 俺もレイに報告せずに外縁部を離れ戦っていたわけではあるが、女王の一人歩きはそれ以上に駄目な気がする。

 しかも昨日襲撃にあったばかりで、女王は病み上がりの身体であるはずだ。

 行くと言ってもレイは絶対に許可しないと思えるが。


「なに。わしの身体は今も自室でぐっすり寝ておる」

「どういう?」


 意味であろうか。


「まぁ、こっちがわしの本来の姿ともいうが」


 そこまで言った女王の姿が掻き消えた。

 驚き目を見張る。

 すぐに背後から声がした。


「ここにおるのは女王の片割れ、精霊の姿というわけじゃ」


 振り向き改めて女王の姿をまじまじと見る。

 お茶会をした女王と目の前にいる女王の違いは分からない。


「……元の持ち主から身体を乗っ取ったと言われてましたが、今の姿とお茶会をした女王様は瓜二つなのですね」

「どちらかというと長年あやつの身体を借りておったせいで、わしがあの姿に馴染んだから今のこの姿ということになるんじゃろうがな」

「なるほど?」


 わかるようなわからないような。

 ただ、人の身ではなく精霊である彼女の力であれば俺を探し出し、自在に姿を現すことも可能ということは理解した。


「で、女王様。どうしてここまで?」


 本当にただ俺が心配して見に来ただけではないはずだ。


「うむ。お主らの力によって周囲の脅威はほとんど排除された。おそるべきことにのぉ」

「では、もう森国は危機を脱したと?」

「わしもそう言いたいところじゃが、そうではない。今は一時的にじゃな。残念なことに元々あった結界を再展開するまでまだ回復しておらん」

「うへ……。まだまだ戦いは続くと」

「そこでお主と取引がある」

「取引?」

「そうじゃ」


 ニヤリと笑みを浮かべた女王は続きの言葉を口にする。




 ◇



「っつ……」


 身体に走る激痛で目を覚ます。


「あ、起きました?」


 少女の顔が寝ていた男の顔を覗き込み、笑みを浮かべながら手を差し出してくる。


「ボコボコにされたロベルトさんの治療をしてあげたのですから、何かありますよね?」

「……ミストは?」

「無視ですか! しかも治療してあげた私の事を無視して他の女の人の話をするなんて! ロベルトさん最低です!」


 キーっと演技じみた声をあげる少女を無視し、ロベルトは首を横に動かす。

 横たわっているベッド、少女が立っているその奥に一人――人と数え方が適切かはわからないがミストと呼ばれる精霊が座っているのが目に入った。

 人嫌いを自称しているにもかかわらず、椅子に座って手に取っているのは物語が書かれた本だ。


「どれくらい経った?」


 ロベルトは改めて少女に問う。


「ズタボロにされた状態で戻ってきてから半日といったところですよ」

「そうか。で、ミスト。森国崩しは順調か?」


 ミストはページを捲り、そこで一度手をとめ、虚空を見上げた。


「……駄目ね」

「なに?」


 ロベルトは想像していなかったミストの言葉に驚く。


「狂化した魔物コマの気配を感じ取れない」

「全滅したというのか? ……ほかに森国に隠し玉がいた?」


 想定外であった王国の剣聖。

 放置しておけば確実に計画に破綻を来す存在と予感はした。

 当たれば例え掠り傷であっても致命傷となる毒、確かに命中した。

 これでほぼ当初の計画通りになるはずであり、元の森都の戦力で用意した魔物を抑え込むことは不可能のはずだ。


「赤と青の裁定者。紅蓮の化物、そして神の使い」

「……どういう意味だ?」

「さぁ? 魔物の残滓から読み取ったものを言葉にしたら汲み取れたもの。どういう意味なのかしら」


 それだけ言うとミストは再び本へと視線を戻した。


「失敗したの? あんなに自信満々だったのに。あーあ、あれだけの魂を捧げたのに全部無駄になっちゃたね。ジンネマンに怒られるんだ」

「……お前はお気楽そうでいいな」

「お気楽とは失礼な。ちゃーんとやるべきことはやってますし、困っているロベルトさんの治療もしてあげたのに!」

「ミスト……は本に夢中でもう返事は返してくれないか。はぁ、失敗か。これで計画はまた十年以上遅れることになるわけだ」

「むー無視ですか。いいですよーだ。精々あとで私の事を褒めて褒めて褒めまくることになるんですからね! ロベルトさん達の失敗はこの私が全部ぜーんぶ取り戻してあげますから!」

「ああ、精々期待してるよ。我らが巫女様」

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