第二十一話「模擬戦」


 モートン・フェルドマンは王立学校の護身術の教師である。

 昨年までは騎士団の部隊長であったが、今年から三年間教師の任に就くことになった。

 ベルリオーズ団長もかつてはこの学校で教鞭に就いていた。

 騎士団では三年間学校で教師を行うことが出世街道である。


 今朝、十歳で入学を許されたといういう噂の生徒が初めて登校したらしい。

 教師内でも話題になった。

 

「特別枠とはいえ、最初からいい気なものだな。

 我々の教えなど聞かないという態度であろう」

「ふん、根性を叩き直してやる必要があるな」


 カールとモートンはその生徒が気に喰わなかった。

 

「せいぜい王立学校ではどういった態度で過ごすのがいいのかわからしてきますよ」


 意気揚々とカールは授業に向かっていた。

 それがどうだろう。


「モートン、あの子は王立学校始まって以来の天才だ!

 すばらしい!

 魔術の才を認められての特別入学と聞いていたが、とんでもない!

 算術においても天才だ。

 私が教えるというのが心苦しいくらいだ。

 しかし知識に驕ることなく、私にきちんと質問してくれた!

 なんていい子なのだ。

 もちろん魔術も噂通りだろう。

 息を吸うように魔術を……」


 授業から帰ってきたカールはこの調子である。

 モートンはカールを憎々し気に見ていた。


(多少勉学ができようと、最初から学校に来なかった軟弱な精神は俺が鍛え直してやる)


 例の子がいる次の授業はモートンが担当する護身術だ。



 ◇



 更衣室で俺は困っていた。


「ヘルプ、防具の着け方ってわかるか?」

『……いいえ、知りません』


 脳内に響くヘルプの声は若干拗ねていた。

 俺が最近本に夢中で全く話しかけなかったからだ。


「困ったな……」


 次の授業は護身術だ。

 上着を脱ぎ、ブラウスの上に学校から貸し出される防具を身に着けようとしていた。

 着け方が分からない。

 勇者の時も防具は着けていなかった。

 あと胸当てを自分の胸にあててみる。


(大きい……)


 一番小さいサイズを選んだが俺の幼い身体にはそれでも大きすぎた。

 

「アリスどうしたの?」


 防具を着終えたアニエスが俺に話しかける。


「アニエス姉さん……、私に合うサイズがなくて」


 胸に防具を当てながら俺は主張する。


「あらら。

 うーん、先生に事情話すしかないね」

「そうですね」


 防具を着けるのを一旦諦めて、俺は長い髪を後ろにリボンでまとめる。

 アニエスは「結ってあげるよ?」と主張していたが「時間もないので!」と逃げた。


 この学校での護身術という授業は本格的であった。

 護身術の教師は騎士団から派遣されるらしい。

 加えて、この学校を卒業し、騎士見習いとなった者も交代制で生徒に指導に来ているようであった。

 生徒一人一人に見習いとはいえ騎士が付きっきりで指導しているのだ。

 アニエスも女騎士に型の指導をされている。

 一応女生徒には女騎士、男生徒には男騎士がついているようだが……。


「お前が特別枠で入学したというやつか」


 目の前には威圧的に俺を見下ろす男が立っていた。

 他の見習い騎士とは違い、一回りも二回りも鍛え抜かれた身体であることがわかる。


「はい。

 今日はご指導よろしくお願いします」

 

 アニエスを真似てにっこりと微笑みながら挨拶する。


(怖い、怖い、絶対一週間も授業に来なかったら怒ってる!)


 内心は震えあがっていた。

 

「防具はどうした?」

「その……、サイズがあう防具がなくて」

「……なるほど、事情はわかった」


 俺の姿を見て一応納得してもらえたようだ。


「防具は俺の方で次の授業までに用意しておく。

 今日は基本的な型の素振りだけにしておこう。

 これを使え」


 ずしりと重い木剣を渡される。


「振ってみろ。まずは百回だ」

「はい!」


 ちらりとアニエスの方に目をやる。

 剣を振ってみろと言われても、型がわからないのだ。

 

(適当に振ったら怒られるだろうな……)


 とりあえずアニエスを真似てみることにした。

 


 ◇



(どういうことだ?)


 モートンの目の前の少女――アリスが必死に素振りをしている。

 アリスに渡した木剣は生徒が使うには重いものだ。

 素人が振ると軌道はブレ、モートンの予想では十回も振ればへとへとになり腕に力が入らなくなると思っていたが。


 ビュッ。

 ビュッ。


 子気味いい音がモートンの耳に入ってくる。

 幼い姿ながら一生懸命「四十! 四十一! 四十二!……」と数えながら素振りを繰り返す。

 別に数えながら素振りしなくてもいいのだが……。

 しかしモートンはアリスの剣筋に驚いていた。

 モートンの目から見ても直すところがない。

 アリスが百回素振りを終えた時には、モートンの頭からアリスを鍛え直してやるという考えは消えていた。

 今は目の前の才能に震えていた。


「アリスといったか、剣はどこで習った?」

「す、すみません。

 さっきチラッとみた型を見よう見まねでやりました……」


 アリスは俯く。

 怒られると思ったのか、ビクンと身体を震わせているアリスを見て、モートンは苦笑した。

 モートンはアリスの実力の片鱗を見たくなった。

 

「おい、レイモンド。こっちに来い!」

「はっ!お呼びでしょうか」


 モートンは他の生徒を教えていた騎士見習いのレイモンドを呼ぶ。

 今回学校に来ている中では最も優秀な騎士見習いだ。


「レイモンド、この子と模擬戦をしろ。

 もちろんお前からの攻撃はなしだ。

 防御に徹しろ」

「……わかりました」


 レイモンドはモートンの発言に困惑した。

 目的がわからなかったからだ。


「アリス、君の実力を見たくなった。

 こいつに一撃入れてみろ」


 そう言い二人を対峙させる。

 突然始まった模擬戦に他の生徒も集まってきた。

 アリスとレイモンドが一定の距離につく。


「始め!」


 モートンが合図する。

 アリスが動いた。

 瞬間。

 レイモンドは昏倒していた。

 合図と共に一瞬でレイモンドの背後を取り、首に一撃叩きこんだのだ。

 レイモンドも多少油断していたのだろうが情けない。


(アリスの実力を測るにも実力不足とはな)


 生徒たちは歓声を上げている。


「アリス、次は俺だ」

「は、はい」


 モートンはアリスと対峙する。

 適当な見習い騎士に合図を頼む。


「始め!」


 先ほどと違い、アリスはすぐに動かなかった。


(なるほど、対峙するとわかる。

 隙がない)

 

 モートンもアリスの隙を窺うが中々隙が生まれない。

 と、アリスが消える。

 後ろだ。

 モートンは剣で迎撃する。


(その年齢で《瞬地》が使えるとはな!)

 

 指導していた時のおどおどした感じがアリスからは微塵も感じさせない。

 本気でモートンを倒しに来ていた。


(速い!)


 剣を防いだと思ったらすぐに次の一撃が来る。

 防具を着けていないアリスにモートンから攻撃に転じることはないが、アリスのラッシュを防御するのに手いっぱいであった。


(おいおい! まじかよ!)


 一撃も重い。

 軽く振ってるように見えるがモートンの手に痺れを感じさせる。

 小さい身体をうまく使い上へ下へと様々な角度から剣が打ち込まれる。

 と、アリスの目つきが変わった。

 低い姿勢から。

 強力な一撃。

 下から剣を打ち上げられる。


(しまっ……!)


 剣を打ち上げられ、胴に完全に隙ができる。

 が、次の一撃は来なかった。


「あっ」


 アリスの口から情けない声が漏れる。

 剣撃に耐え切れずアリスの木剣が折れていた。

 


 ◇



 モートンは授業を終え、先ほどの手の痺れを思い出し震える。

 職員室に戻るとカールが声を掛けてきた。


「モートン、あの子をあまりいじめてはだめだぞ?

 この学校の宝なのだから」

「カールか……」

 

 一息つき、先ほどの出来事が現実だということを受け止める。

 歓喜した。


「カール、あの子は王立学校始まって以来の天才だ!

 すばらしい!

 魔術の才を認められての特別入学と聞いていたが、とんでもない!

 剣術においても天才だ」


 どこかで聞いたような言葉を叫んでいた。

 モートンは興奮を抑えれなかった。

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