第三章 王都剣舞祭
第一話「病弱属性」
リヒャルト・ヴァーグナーの下にその知らせが届いたのは事の発端から一週間が経過した頃であった。
「それは真か?」
俄かに信じがたい出来事だ。
リヒャルトは飲みかけていた紅茶が入ったカップを置く。
それを伝えてくれた友、ヨハネス・ブラームスが嘘を言うはずがないと分かってはいたが問い返さずにはいられなかった。
だが答えは変わらず、対面に座るヨハネスは同じ言葉を繰り返した。
「ああ、本当だ。
百年空位だった剣聖を継ぐものが現れた」
ヨハネスの言葉を顎髭を触りながら思考する。
政治にあまり興味をもたいないが、「剣聖」その称号はリヒャルトにとって、いやヴァーグナー家にとって重大な意味を持つ。
空位となる前、最後の「剣聖」の称号を冠していた人物こそリヒャルトの曾祖父にあたる。
以来、ヴァーグナー家は王国に代々優秀な武人を輩出する家として名が知られていたが優秀な武人止まり。
再び「剣聖」を我が家系からという思いでヨハネスも父に鍛えられ、すでにヨハネスが息子を指導する立場となっていたが、未だヴァーグナー家から「剣聖」の称号を継ぐ者は現れていない。
それどころか曾祖父以来「剣聖」は空位。
ただ、王国の長い歴史の中で「剣聖」が空位となることは珍しくない。
曾祖父が「剣聖」となる前も百年近く空位であったと聞く。
これは王が任命する役職と異なり、「剣聖」という称号は王家が代々受け継ぐ秘剣に宿る精霊が持ち主を選び、選ばれた持ち主を「剣聖」と呼ぶためだ。
そしてついに「剣聖」を継ぐ者が現れたという。
「だが、どうして今の時期に?」
リヒャルトは疑問を口にする。
そう、この時期に「剣聖」が決まることはないはずなのだ。
「剣聖」はその名の通り王国隋一の剣士に与えられる称号。
年に一度、王国内でNo.1の剣士を決める祭典が開催され、優勝者のみが秘剣に触れることが許され、剣に宿る精霊が新たな持ち主と認めれば「剣聖」が生まれる。
だが今年の祭典が開かれるのはまだ一ヵ月ほど先のこと。
「何でも褒美に、陛下が秘剣を授けたとか」
「正気か? 陛下といえども歴史ある国宝を何だと思っているのだ!」
ヨハネスの答えにリヒャルトは激昂する。
武を極めしものにしか触ることも許されぬ秘宝を、陛下の一存で褒美に授ける?
到底許されることではない。
抑えきれぬ怒りがリヒャルトの顔を赤く染め上げる。
「先の災厄で陛下もだいぶ朦朧としたと見えられる!」
怒りに震える声で吐き捨てた。
今度開催される祭典の優勝者が剣に選ばれたのであれば、それは剣が認めた者。
ヴァーグナー家から輩出できないことは残念だが同じ武を志すものとして称えることができた。
だが、どこの誰とも知れない人物に王の一存で。
そこでリヒャルトは肝心なことをヨハネスから聞いていないことを思い出す。
一度深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
あまりの出来事に感情の制御を失っていたが、リヒャルトとて長年武術を嗜んできた。
自身の感情を抑制する術は心得ている。
先程の様相が嘘のように、冷静な口調でヨハネスへと問いかけた。
「で、新たな剣聖は何者なのだ?」
「アリス・サザーランド。
サザーランド公爵が最近拾った養子ときく」
ヨハネスは淡々とその名を告げた。
◇
迷宮から戻ってきた次の日。
久しぶりの学校、久しぶりの授業と意気込みアニエスと並び登校した。
教室に向かう途中の廊下、校長であるルシャールと出会った。
ルシャールがわざわざ生徒達が往来する廊下にいることなどあるはずがなく、正しくは俺を待ち構えていたのだろう。
俺の姿を視認するなり、手招き、校長室まで連行された。
頭の隅でアニエスが俺の強制連行を邪魔するのではと思っていたがすんなりと校長に引き渡したところを見ると何やら二人の間で取引があったのかと勘ぐってしまう。
さて、校長室に入るとソファーに腰を掛けるよう促される。
言われた通り俺は腰を掛ける。
「まぁ、せっかくだしお茶でも飲みながら話すか。
アリスは紅茶でいいかい?」
「はい、お願いします」
暫くすると室内に心地よい香りが充満し、ルシャールがポットとカップを手に戻ってきた。
俺の手元に紅茶が注がれる。
「ありがとうございます」
礼を述べカップを受け取る。
ルシャールも自身の紅茶を入れると、口を開いた。
「迷宮で行方不明と聞いた時は肝が冷えたが、無事でなによりだ」
「ご心配をおかけしました」
「本当だ……。実のところ君の心配はあまりしていなかったが、暴走お姫様の相手にはさすがの私も苦労したぞ……」
「そう、なのですか?」
「ああ、本当に」
暴走お姫様――アニエスが一体何をしでかしたのかは俺に想像できなかったが、ルシャールの様子から余程の出来事だったと理解することはできた。
「忘れないうちに、これをアリスに渡しておこう」
テーブルに銀色の金属板が置かれる。
はて、と。
俺はそれが何なのか見当がつかない。
その答えはルシャールが続く言葉で説明してくれた。
「冒険者ギルドから今朝がた届けられた。
おめでとう、君は特例として冒険者への加入を許された。
それは冒険者に与えられる証、失くさないようにな」
テーブルの金属板を手に取る。
金属板をよく見ると「アリス・サザーランド」と刻印が読み取れ、裏面には複雑な紋様が刻まれていた。
「しかも、最初からAランク認定とのことだ。
異例中の異例だが君の実力をもってすれば当然か」
「おぉ……!」
ルシャールの言葉よりも冒険者の証と聞き、俺は打ち震える。
素直に嬉しい。
金属板の表裏を何度も見返す。
(本当に冒険者になりたかったのだな)
俺の子供っぽい仕草にルシャールは苦笑しながら言葉を続けた。
「ただし、ギルドから条件が付けられた」
ピタっと俺は動きを止めるとルシャールを見つめ返す。
「条件ですか?」
首を傾げ問い返す。
また何か無理難題を吹っ掛けられるのかと身構えるが、ルシャールの口から告げられた条件は俺にとっては何とはないものであった。
「月に一度でいいから王都迷宮の探索に参加する、ですか?」
「そうだ。
……実を言うとギルドからの条件と言うよりは国の思惑が絡んでいるがな」
迷宮に潜るのは俺にとって願ってもないことだ。
しかし、月に一度迷宮に潜るとはいえ迷宮探索を日帰りで行うとは考えにくい。
そうなると頻繁に学校を休むことになってしまう。
校長から入学する際に、授業を受けなくてもいいと言われていたが、調和を重んじる元日本人ウチダ・ナオキとしては心苦しい。
「校長は許しても、そう頻繁に休んでると周囲からひんしゅくを買いませんかね?」
入学早々不登校をかましていたが、あれ以来真面目に俺は学校に通っていた。
……中間テストをぶっちしていたが、あれはルシャールの呼び出しなのでノーカウントとする。
そう、あまりにも休んでいれば一応年下の俺を生意気と思う同級生が出てきてもおかしくない。
同級生だけでない。
元々、特例での入学であり快く思ってない教師からも更にひんしゅくを買う恐れもある。
「それについてはすでに手を打ってある」
「といいますと?」
「ここ最近も君は学校に来てないだろう?」
「……ですね」
「そこで私が手を回しておいた。
いいか、アリス。
君はまだ周囲にあまり知られていないが災厄の生き残りということになっている」
そういえばそんな設定だったな、と目覚めたばかりの頃ガエルに言われた言葉を思いだす。
「そして、何か後遺症が残っていてもおかしくないだろう?」
「はい?」
「というわけで、教師陣には私の口から月に数日眠ったままの状態となってしまう後遺症が残っていると伝えておいた」
「はい?」
知らない間に俺は病弱属性が追加されていた。
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