第十四話「誓い」



 エクトル・ベルリオーズはアルベール王国の騎士団団長であった。

 この王国の国民を守るのが騎士団に与えられた使命である。

 先の災厄でエクトルも多くの部下、そして尊敬すべき先代の団長を失い、未だ欠員は補えていない。

 本来は騎士団の仕事である王国内の魔物の駆除も冒険者に依頼せざるを得ないのが現状だ。

 故にエクトルはガーランド帝国への派兵に賛成するわけにはいかなかった。


 それだけでない。

 災厄の際は近隣諸国と共同戦線を築いたが、所詮は他国だ。

 アルベール王国は北への玄関口となっており、地理的な価値が非常に高い。

 隙を見せれば侵攻を企てる国が出てきてもおかしくないのだ。

 だというのに、先日とうとうガーランド帝国への派兵が決まってしまった。

 その数は現在の騎士団の三分の一に相当する。

 これでも当初の予定よりは派兵の人数は大分少ない。

 サザーランド公爵のおかげだ。

 宮廷魔術師であるサザーランド公爵が派兵に同行することが決まった。

 その戦力は一人で千人にも匹敵すると言われている。

 騎士団の派兵人数を減らすことはできたが、王国のことを考えるとエクトルには愚策に思えた。

 しかし、会議でほとんど発言することがないサザーランド公爵が自ら派兵に同行することを申し出たのだ。

 即座に国王陛下もそれを承諾されたので異を唱えられた者はいなかった。

 さらにサザーランド公爵が派兵前の演習という名目で王国内の大規模な魔物討滅作戦を提案したのだ。

 これはエクトルにも魅力的な提案であった。

 もうすぐ麦の種まきの時期であるが、多くの領地が魔物に悩まされている。

 騎士団にも討伐の依頼が後を絶たない。

 しかし、どこかの領地を優先してしまうと別の領地から不満がでてしまい中々対応できずにいた。

 作戦は即日承認された。



 作戦当日。

 事前に騎士団を一チーム十二名毎に振り分け、各チームの魔物討滅地区を決めていた。


「わしの護衛を頼む。あと弟子を一人連れていく。

 他に人は不要じゃ」


 エクトルは事前にサザーランドに頼まれ、護衛にあたることになった。

 一人前の魔術師は一人で十人分の戦力として数えられる。

 宮廷魔術師の弟子ならば戦力不足どころか過剰戦力だろう。

 楽な護衛になりそうだとエクトルは思っていた。


 言葉通りサザーランドは弟子を連れてきた。


(まさかこの子が弟子とかいわないよな?)


まだ幼げな黒髪の少女である。

 王立学校に入っている息子よりも幼い。

 エクトルを見ると少女は近寄ってきた。


「アリスといいます。本日はよろしくお願いします」

 

 礼儀正しい子である。

 が、サザーランドの弟子だったとしても、とても戦力には見えない。


「エクトル・ベルリオーズだ。

 今日は一日護衛を仰せつかった。

 身の安全は任せろ」


 エクトルは大人である。

 表情にこそ出さないが、心ではサザーランドに暴言を吐いていた。


(このじじい、まさか弟子にいいところを見せたいためだけに連れてきたのか?)

 

 城内で見かけるサザーランドは無口ではあるが眼光鋭い威厳のある姿である。

 しかし、今日のサザーランドは朗らかな笑みを浮かべ、饒舌にアリスと話している。

 サザーランドは弟子を連れてきたというよりは孫娘の面倒を見ているだけにしか見えない。

 アリスを馬に乗せると、サザーランドがエクトルの傍に寄ってきた。


「言い忘れておった。

 今日はわしのことをリチャードと呼んでくれ。

 では一日頼むぞ」

 

エクトルは不安に襲われていた。



 ◇



 馬が軽快に駆けていく。

 俺はリチャードの操る馬に乗っていた。

 後ろは、エクトルが操る馬がついてきている。

 

「エクトルさんは、師匠とどういった関係なのですか?」

 

 ちらっと確認するとエクトルもレベル32と高レベルであった。

 装備も素人からみても上質な鎧と剣を身に着けている。


「あれはわしの監視じゃな。

 最近さぼってばかりじゃったから、この辺の魔物を適当に始末してこいと言われてのお。

 ついでじゃからアリスに手伝ってもらうことにした」


 ニヤリと年に似合わない子供っぽい笑みをリチャードは浮かべる。


「監視とはいえ、実力は折り紙付きじゃ。

 なんせ王国騎士団の団長様じゃからな!」


 そんな偉い人に監視されるとは、リチャードは何かやらかしたのだろうか?

 俺は何とも言えない気持ちになった。

 

「この辺りは王都からかなり近いですけど、魔物が出るのですか?」

「出るぞ。

 街道の周辺は定期的に王国の騎士が巡回したり、冒険者ギルドに討伐を依頼しておる。

 逆に街道から外れると魔物がどこにいてもおかしくない」


 王都の城壁の外は危険地帯なのかと、俺は驚いたがそういうわけではないらしい。

 魔物が総じて危険というわけではない。

 もちろん人に危害を加える魔物もいる。

 そういった魔物は王国から優先的に手配書が出され、同時に討伐依頼が冒険者ギルドにも出されるとのことだ。

 ただ多くの魔物は討伐依頼が出される。

 放っておくと農作物が荒らされるからだ。

 元の世界の害獣と変らなかった。

 

 街道を外れ、暫く行くと魔物の集団を見つけた。

 ホーンウルフ レベル12 と情報を見る。

 数は十。

 ホーンウルフもこちらに気づいた。


「ホーンウルフか。

 肩慣らしにはちょうどよいか」


 馬を止めると、リチャードは背中にさしていた杖を掲げ詠唱を開始した。


「暗雲より生まれし雷光よ、穿て《雷槍ライトニングスピア》」


 詠唱が完了すると魔術が発動する。

 閃光が走り、十匹のホーンウルフを同時に貫く。

 鮮やかである。

 

「師匠さすがです!」


 手を叩き、リチャードを称賛する。

 無駄の一切ない魔術であった。

 発動した《雷槍ライトニングスピア》は綺麗にホーンウルフの頭を貫いていた。

 風属性の魔術はすぐ発散し、収束させるのが非常に難しいのだ。

 俺の場合、大抵の魔術は魔力量に物を言わせて面制圧といった戦法になってしまう。


(まだまだ学ぶことが多いな)


「サ――リチャードさん、どうしますか?」

「まぁ、はした金にしかならんじゃろうから燃やすか。

 いや、ちょっと待て。

 悪いが魔晶石だけとってきてもらえるか」

「わかりました」


 リチャードはエクトルに指示し、ホーンウルフの死体を解体させる。

 エクトルは中から小さな石粒を取り出し、リチャードに渡す。


「魔物の皮や爪は武器や防具の素材となるものもある。

 今回のホーンウルフであれば皮、あとは特徴的な角が素材としてよく取引されておるな。

 さて、わしら魔術師にとって価値があるのがこの魔晶石だ」


 そう言うと、リチャードは手のひらに載せた石粒を俺にみせる。


「これには魔力を籠めることができる。

 触媒としてや、魔道具の開発といった使い方がされる。

 余裕があれば魔物から回収するといいじゃろう」


 説明が終わるとリチャードは「《燃えろ》」と詠唱し、ホーンウルフの死体を燃やす。


「解体し終わった魔物は燃やしておいた方がいい。

 放置すると再び魔力を帯びた時にアンデッド属性となって復活することがあるからのお」


 死体は跡形もなく消えた。

 


 ◇



 エクトル達は森へと入ってきた。

 リチャードが言うにはこの辺りでバジリスクの目撃情報があり手配書が出されているとのことだ。

 本来バジリスクは最低でもBランクからとなる非常に危険な魔物であった。

 生半可な武器ではバジリスクの体を覆う鱗に傷一つ付けられず、また魔術に対しても非常に高い耐性を持つ。


 リチャードがバジリスクのところに行くと決めた際、エクトルは反対していた。


「リチャードさん、ここから先は強大な魔物が多いと聞いております。

 この人数では危険かと」

「何じゃ。

 作戦会議の時からこの場所もわしらの担当地区になっておったではないか」

「それは、サ――、リチャードさんの弟子も同行されると聞いていたから!」

「弟子なら連れてきておるじゃないか、ほら」

「私がどうかしましたか?」


 アリスが茂みにお花を摘みに行っている間、そういったやりとりがあった。


「何、次の魔物はアリスに譲ると話しておったところじゃ」


 エクトルは諦め、危険だと感じたら即座に撤退しようと心に決めた。


 森を進んでいくと、バジリスクはいた。

 ただ手配書と違いバジリスクは2体いる。


(二体いるとの情報は聞いてないぞ!)


 本来であれば騎士団でバジリスクを相手にするとき十人以上で討伐を行う。

 それが二体である!

 エクトルは即座に撤退の指示を二人に出そうとした。


「《煉獄インフェルノ》!」


 幼い声が響く。

 瞬間、二体のバジリスクを灼熱の炎が包む。

 跡形もなくバジリスクが消えうせた。

 エクトルは目を剥いた。

 目の前の光景が信じられなかった。

 強力な魔術を行使するには長い詠唱が必要である。

 魔術師ではない者にもこれは周知のことである。

 エクトルも魔術師と一緒に行動する際は、魔術師の強力な一撃を頼りにし、詠唱の間敵の攻撃を自らにひきつけることが仕事である。

 しかし、アリスは一言の詠唱でバジリスクを葬ったのだ。


 大戦果のはずだが、アリスは崩れ落ちた。

 素材が!魔晶石が!と叫んでいる。

 魔術の威力が高すぎて、跡形もなく消し飛ばしたことに嘆いているようだ。


(おいおいまじかよ……)


 リチャードが話しかけてきた。

 

「エクトルよ、今回わしがお主だけを護衛に付けたのには理由がある。

 わしよりも遥かに優れた魔術師がいることを見てもらうためじゃ」

「なぜ私だけに?」


 実際に目にした今となっては、この幼い少女がリチャードのいう優れた魔術師であることは疑いようがない。

 しかしエクトルにだけ見せる意味はあるのか?


「このことはお主の胸の内に留めておいてくれ。

 お主が王国のことを心配していることも知っておる。

 わしもガーランド帝国に行き王国内の戦力が下がることを憂いておることものお。

 ……いざという時はアリスの力を頼ってもよいが、それは最後にしてくれ。

 見ての通り、アリスはまだ幼い。

 魔術が好きなただの少女じゃ。

 わしとしてはこのまま平穏無事に本人の好きな魔術を探究することに専念させてあげたい」


 アリスを見つめるリチャードは優し気な目をしていた。

 この少女の行く末を心配し、同時に楽しみにしているのだ。


「わしが留守の間、王国と……わし個人の頼みじゃがアリスを頼むぞ」

「はい」


 エクトルはサザーランド公爵が留守の間、王国を私が守ると改めて心に誓った。

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