第十三話「二人だけの研究会」


 リチャードから俺は魔術を教わるようになった。

 最初に教わったのは魔力量を増やす方法だ。


「アリスはまだ若い。魔力量にまだ伸びしろがある。

 今のうちに鍛えといて損はないぞ。

 老いぼれになってからでは遅いからな」


 魔力量によって使える魔術の規模・回数が決まってしまう。

 俺はレベルが高いこともあり魔力切れといった状態はあまり経験したことがない。

 リチャードが言うには魔力切れを経験し、自身の魔力量を把握しておくことも魔術師の基本だそうだ。


(ゲームみたいにMP表示も実装しておいてくれよ……)


 『ステータス』項目にはゲームと違い、HPとMP表記はなかった。

 

 さて、魔力量を増やす方法だが実に簡単だ。

 魔力が空になるまで使い切る、それだけだ。

 使い切ることにより自身の魔力量も把握できて一石二鳥というわけだ。

 しかし俺は最初、魔力を使い切ることに苦労した。

 魔力が尽きないのだ。

 リチャードに言われた通り、魔力をただ放出する魔法陣を描き、そこに魔力を流し続けたのだが全然魔力が尽きる気配がなかった。

 リチャードは「……増やす必要はないか?」と呟いていたが、鍛えられるなら鍛えたい。

 そこで以前ぶっ倒れた時に使った魔法陣を使った。

 対価にやたらと大きな魔力量を記載して無理やり魔力をもっていかせる方法をとった。

 もちろん量を微調整しながら、何度かその作業を繰り返した。

 倒れることはなかったが体から何か抜け落ちたような虚脱感を久しぶりに体感した。


(魔力がこれで増えるのかな?)


 実は俺の『ステータス』上でのレベルは100になっていた。

 これ以上レベルが上がる気配はない。

 一応試してみたが、魔力量ももう上がらないのではと考えていた。

 が、杞憂だった。

 次の日、魔力量が増えていた。

 

(レベルはカンストしても能力値はまだ成長できるみたいだ)


 ただリチャードに魔力がもったいないと言われ、話し合い、一日の最後にありったけの魔術を籠めた剣を生成することにした。

 リチャードも「土魔術金属配合全集」という本を後日くれた。

 装丁も立派で見るからに高そうな本だ。


「こんな、立派な本を頂いていいのですか?」

「何、わしのおふるじゃ。

 本棚に眠っててもかわいそうじゃし、アリスが使っておくれ」


 絶対嘘だ。

 でも、ありがたく受け取ることにした。

 その日を境に色々な金属の剣を生成するようになった。


 リチャードは他にも様々な魔術書を持ってきた。

 いつの間にか俺の借りている部屋は魔術書がいっぱいになっていた。

 授業の方は持ってきた魔術書に関する説明と共にリチャードが実践し、俺がそれを模倣するといった形式だ。

 スキル欄にも魔術が次々と増えていった。

 といってもこの授業の時間は割と短い。

 俺の『看破』により、魔術は即座に習得され、リチャードも持ってきた魔術書の概要を軽くなぞるだけで、俺が内容を理解できていることをわかっていたからだ。

 多くの時間は新しい魔術――ほとんどが実用性のない魔術だが――の開発や、魔術を魔法陣に書き起こすといったものに費やしていた。

 もしここに魔術師がおり、二人の会話を耳にしたらひっくり返っただろう。

 世間話のような雰囲気の会話だが、非常に高度な魔術議論がかわされていた。

 ただ、傍から見るとおじいさんが孫娘の遊びに付き合ってるようにしか見えない光景であった。



 ◇



 その日も二人は魔術開発に勤しんでいた。

 リチャードは午前中は城内の会議に出席しているらしい。

 

「あほらしい会議じゃったから昼は欠席じゃ。

 座り続けておると痔が痛くて溜まらんわ」

「それ大丈夫なのですか?」

「わしがいなくても会議は進むじゃろう。

 いても進まんがな!」


 がははと。

 ひどい理由で会議をさぼっていた。

 城内の会議に出席しているということは、そこそこ偉い人のはずだが。


(窓際族というやつだろうか?)


 ついそんな失礼なことを思っていた。

 俺とリチャードはそれぞれ鉄の棒をもち地面に魔法陣を描いている。

 最初は二人でしゃがみこんで地面に指で書いていたのだが「腰が痛くてたまらん」と言うリチャードの弁と、俺もスカートが泥まみれになりアニエスに叱られるので鉄の棒を使い、立ちながら魔法陣を描くようになった。

 鉄の棒は俺が生成した。

 

 魔法陣を考えるとき、普通は紙に理論を起こして、それから実際に魔法陣が思った通りの魔術を再現できるか試す。

 しかし二人は適当に思いついた魔法陣を描いては魔力を流して試していた。

 ……描いた魔法陣をかたっぱしから魔力を流して試すなんてことをできるのは俺の膨大な魔力があるからこそできる方法であった。


 そんな二人が今日考えていたのは珍しく実用的な魔術であった。

 土壌改良の魔術である。

 リチャードが愚痴っていた「農作物が不作だったらと、たらればの話で今日は午前が潰れた」という内容から俺が何気なく


「栄養のある土を作る魔術とかはないのですか?」

 

 と言ったのがきっかけだった。

 最初は金属を生成できるのだから、適当に栄養のある土も作れそうだなという軽い気持ちで言った。

 けど、栄養のある土っていうのは何だ。

 うーん、うーんと二人で話し、結果


「土の精霊の加護を土に付与エンチャントするというのはどうですか?」

 

 土の精霊の加護を付与エンチャントする魔法陣を二人で考えていた。

 程なくして魔法陣は完成した。

 魔法陣を発動するのは俺の役割だ。

 魔力を流し魔法陣を発動する。


「何となく、土が元気になったかのう?」

「ですかね?」


 ヘルプの様に精霊を見ることはできないが、俺とリチャードは何となく魔力を帯びているのを感じることはできた。

 これは、ここ最近付与エンチャントの魔術を色々試していて、精霊の加護がついているかを検証しているうちに、何となくの違いが知覚できるようになったからだ。

 精霊の加護がついているかを検証しているうちに何となくの違いは知覚できるようになった。


「目的のものはできましたけど、農作物に効果があるかわかりませんね」

「まぁ、こういったものは実際に試してみて気長に結果を待つしかないじゃろう。

 今度わしの知り合いに魔法陣を教えて試させてみるか」


 リチャードは地面に描かれた魔法陣を羊皮紙に書き写す。

 書き写し終わるとリチャードは俺に声を掛けた。


「そういえば、アリス。

 忘れんうちに話しておこうと思っておったのじゃが、あさっての午前から時間があるか?」


 午前中はアニエスと一緒に勉強する時間だが、一日くらいは大丈夫だろうと判断する。


「はい、大丈夫ですが」

「そうか。それは良かった!

 あさってはわしと王都外に出て魔術演習と行こう」


 俺は魔術演習という言葉に少し胸が躍った。

 そう、リチャードから渡された魔術書の中には大規模な魔術もあり、この手狭な中庭では試すことができなかったのだ。

 

 魔術演習とは名ばかりの王国の大規模な魔物討滅作戦だったことを俺が知るのはもう少し後のこととなる。

 

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