第十八話「予選一回戦」


 ザンドロは非常に気分が良かった。

 自身でも気分の良い理由、何が直接の要因かは理解しかねていた。

 ただ、思わぬ再会。

 アリスとの出会いは自身にプラスの高揚感を与えていることは間違いない。


(幼い少女が剣に興味を持ってくれていることが嬉しいのだろうか?)


 苦笑し、その考えを否定する。


(とりあえず、後輩の前でかっこ悪い姿は見せられないな)


 心配そうに送り出してくれた後輩――アリスの姿を思い描きながら広場の中央へと向かう。

 

「なんだ俺の対戦相手はガキンチョかよ!」


 広場の中央に辿り着いたザンドロに浴びさせられた言葉。

 そこで初めてザンドロは剣舞祭予選、最初の対戦相手の存在に気付く。

 一瞥する。

 自身より一回りも二回りも大きな巨体。 

 だがでかいだけだ。

 

(弱いな)


 表情はにこやかに、ザンドロは内心がっかりする。

 

「なんだびびって声もでねえか!

 だが運がいいな、俺様は超やさしい。

 降参するなら今のうちだぜ」


 言葉を返すことはせず、黙って腰に吊るしたヘルムをザンドロは被る。

 

「はっ、俺様の慈悲を無為にしやがって。

 殺されても文句いうなよ」


 言葉を吐き捨てると、相手も同じようにヘルムを被った。


(そういえば、こいつの名前は何だったかな?)


 今更ながら対戦相手の名前を見ていなかったことをザンドロは思い出した。

 だが、すぐに不必要な情報と思い直す。

 

(どうせ憶える価値もない)


 ザンドロは上段で剣を構える。

 互いが向き合い、準備が整ったことを審判が確認すると、声が発せられた。

 

「それでは試合、開始!」

「えっ?」


 合図と共に、ザンドロは剣を相手の首筋に付きつけた。

 神速の一撃。

 何が起こったのか分からない相手は戸惑いの声を上げていた。 


「降参するならどうぞ」

「ガキが……!」


 ザンドロの安い挑発に相手は激昂する。



 ◇



 試合開始前、俺も周囲の観客と同じように高揚していた。

 考えてみたら俺は人と対峙する戦いとは無縁であり、どのような戦いが繰り広げられるのか楽しみであった。

 一挙一動見逃すまいと、試合開始を待ちわび、その時は訪れる。

 試合開始の合図と同時にザンドロが動いたのを俺は見た。

 動いているのに動いていると分からぬ静かな一歩。

 次の瞬間、ザンドロの剣は対戦相手の首筋に突きつけていた。


(すごい! あれは何かのスキルなのか?)

『いえ、スキルではないですね』


 ヘルプの言葉を証明するように新たなスキルは習得されていない。

 つまり、ザンドロが繰り出した一撃はただの動作にすぎないということ。

 一瞬で試合は終わった、俺はそう思っていた。

 が、次に見た光景は違うものであった。


「え、何で!?」


 思わず俺は非難の声を上げる。

 真剣勝負の場であったらザンドロの一撃は首をはねていたはずだ。

 にもかかわらず、相手は剣を無視しザンドロに剣を振り下ろした。

 もちろんザンドロには当たらない。

 躱す動作のため首に突きつけた剣をひき、最低限の動きでザンドロは躱していた。

 周囲の観客に最初の一撃は見えていないのか、巨体が剣を振り回す度に周囲は盛り上がっていく。



 ◇



 男の名前はザックと言う。


(ぶっ殺してやる!)


 ザックは目の前の奴を叩き潰そうと必死に剣を右へ左へと振るう。

 試合開始と同時に突きつけられた剣。

 反応できなかったと思いたくない。

 目の前の奴が審判の合図を待たずに繰り出した一撃に違いない。

 準備ができてない相手に斬りかかるなど卑怯な。

 そう言い聞かせ、自尊心を守り、首筋の一撃を怒りに変えた。


(こいつ、ちょこまかと動きやがって……!)


 また剣は空を斬り、やがて違和感に気付く。

 剣と剣がぶつかる音は響かず。

 ザックの剣が空を斬る音だけが響く。

 歓声が遠く聞こえる。

 斬りかかった相手はずっと同じ位置にいるように見える。

 動いていないのだ。

 位置は変わってないはずなのに剣は当たらず、そして剣で受け止められることもない。

 正確には微妙に足位置を変えているのだが、ザックには霞を斬っている感覚に襲われる。

 怒りは驚愕に変わる。

 ザックの思考を読んだかのように見えないヘルムの向こう側――相手がにやりと笑ったように見えた。

 

(くる!)


 そくりと背筋に悪寒が走る。

 目の前の、敵が攻めてくる。

 生物としての本能が警報を鳴らし――

 そこでザックの意識が途絶えた。



 ◇



『見苦しいね』


 広場の中央で繰り広げられる光景。

 青は苦言を呈す。

 剣の腕前に詳しくない俺の目にも実力差は歴然、当たるはずがない。

 一応、ザンドロの相手も全く剣の腕がないわけではないのだろう。

 見た目だけなら、そこそこ高速で繰り出される剣技。

 

「いいぞ、そのままやっちまえ!」

「にいちゃん、避けてばっかじゃ勝てねえぞ!」


 大多数の観客の目にはザンドロが避けるのに精一杯に見えるようだ。

 だが幕切れは突然訪れた。

 初撃を除き、初めてザンドロが前に踏み出した――ように俺には見えた。

 次の瞬間、相手は前に崩れ落ちた。

 立っているのはザンドロ。

 静かな幕切れ。

 先程までの歓声が嘘のように、皆戸惑い、静寂が訪れる。

 観客には何が起こったのか分からなかった。

 もちろん俺も例外なく、何が起こったかわからなかった一人だ。

 だが結果として、広場の中央に一人が立ち、一人が倒れている。


「そこまで、勝者353番!」


 静寂を打ち破ったのは審判の勝利者宣言。

 

「「「「うおおおおおおおおおお!」」」」


 観声が再び沸く。

 観客にとっては結果に至る経緯はさほど重要ではない。

 勝者が決まり、敗者が決まった。

 それだけで十分なのだ。

 しかし、俺は目の前で起きた出来事を思い出し戦慄していた。

 自分の身体能力には自信がある。

 これまで多くの強敵と対峙し、自信だけでなく確かな結論として己の身体能力は評価していた。

 そして、これまで何が起こったのか目で見て理解できない事象には出会ってこなかった。 

 その俺をもってしてもザンドロの最後の一撃は捉えられなかった。


「すごい」


 素直な驚嘆の言葉がこぼれる。

 魔術に傾倒気味の最近であったが。


「剣ってかっこいい……!」


 ヘルプは無言、青が呆れたように鼻を鳴らした。

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