第五話「検証収納ボックス」
俺は商業区へと向かう。
前回来たときは休日であったが、今日は平日。
街も平日なら人も少なく、ゆっくり見て回れそうだと考えていた。
しかし、その考えは甘かった。
商業区に辿り着いたアリスが見たものは、前回来た時と何ら変わらない人の波であった。
(前の世界と違って皆が同じ日に休日というわけではなかったか)
通りはひっきりなしに荷馬車が行き交い、商店の前では値段交渉だろうか。
商人がありこちで会話している。
当然店の前では多くの人も行き交い、店の物を吟味している。
俺はまず腹ごしらえをすることにした。
以前訪れた屋台が立ち並ぶ通りに向かう。
通りに近づくと、食欲をそそる匂いが鼻に入ってくる。
何を食べようか考えながら通りへと入っていく。
前回食べなかったものを食べようと心に誓っていた俺だが最初から出鼻を挫かれる。
先ず目に飛び込んできたのは、軒先に吊るし焼いている肉。
香ばしい匂いが辺りに立ち込めている。
炙られた肉の表面は、これでもかと言う程の肉汁が溢れている。
俺は生唾を飲み込み。
(この前のお店とは別のお店だからセーフ)
ここの肉を買うことを決断する。
「おじさん、一本いくら?」
「おや、かわいいお客さんだ。迷子かな?」
「違う」
俺は頬を膨らませる。
屋台のおじさんは大サービスで一本銅貨一枚だと言う。
「安い」
俺は素直に口にする。
「二本ください!」
「あいよ」
屋台のおじさんは焼きたての肉を切り分け串に刺しながら、安い理由を教えてくれる。
「先日、王都に魔物が出る騒動があっただろう?
あの騒動のおかげで大量の魔物の肉が手に入ったわけだ。
それでこの値段ってわけよ」
俺の顔がひきつる。
(え、魔物の肉って食えるのか!?
そういえばこの世界の肉って何なんだろうとは思っていたが……)
「はいよ、二本おまち!」
にこやかに肉串を渡してくれる屋台のおじさん。
笑顔で顔を取り繕い、肉串を受け取り、銅貨を渡す。
(見た目はおいしそうだから!)
受け取った肉に覚悟を決め齧り付く。
うまかった。
表面がこんがりと、歯で噛み砕く心地よい感触。
すぐに口の中に濃厚な肉汁が広がる。
肉の表面に軽く塗られたタレとの相性も抜群だ。
「おじさん! 滅茶苦茶おいしい!」
俺は一本をぺろりと平らげる。
「おう、気に入ってくれたか。じゃんじゃん食いな!
たくさん食べないと乳もでっかくならないぞ!」
上機嫌に笑う屋台のおじさん。
さらりとセクハラ発言。
俺はどう返していいかすこし困ったが。
「っいってぇ!」
「あんた小っちゃい娘相手に何言ってんのよ!」
屋台のおじさんの頭頂部に拳骨が落ちる。
「うちの主人がごめんね」
「い、いえ。 お肉おいしいです」
屋台のおじさんの背後から現れたのは恰幅のいい女性であった。
とりあえず、俺は一本目の肉串をもぐもぐと食べる。
「小っちゃいのにいい食べっぷりだね!
こいつの言ってることは忘れていいが、たくさん食べないと背は大きくならないよ!
もう一本どうだい?」
俺はまだもう一本手に肉串を持っていたのだが。
その迫力につい、コクコクと頷いてしまった。
「ほら、あんた。
ちゃっちゃとこの娘のために出してあげな!」
屋台のおじさんは肉串を黙々と作り始めた。
どうやらおかみさんには頭があがらないようだ。
結局、俺はさらに五本の肉串を渡された。
お金を払おうとしたら、「サービスだよ!」とおかみさんに言われてしまった。
おかみさんは俺のことが気に入ったみたいだ。
俺は礼を言いながら屋台を後にする。
(他のお店はまた後日にしよう……)
肉串を二本完食した時点で、俺のお腹はいっぱいであった。
手に抱えた残りの肉串をどうしようかと悩む。
ここから五本を食べるのは無理。
でも肉串を抱えながら、商業区のお店を見て回るのは難しい。
ふと、収納ボックスにしまうと食べ物はどうなるのだろうか? という疑問が浮かんだ。
収納ボックスに肉串を放り込む。
塞がっていた両手が自由になった。
(本に匂いとかついたりしないよね?)
少し不安になった。
◇
俺は一時間ほど街を歩いた後、収納ボックスから肉串を取り出し、状態を確認した。
(温かい)
肉串は入れた時の、焼きたての状態が維持されていた。
食べ物を収納ボックスに入れておくと腐らずに保存できそうである。
俺が寮に設置したなんちゃって冷蔵庫よりも格段に優秀であった。
一応、匂いがうつったりしないかを確認するために本を取り出し確認する。
本の表紙をすんすんと鼻を近づけて嗅ぐ。
ほのかなインクの匂い。
香ばしい肉の香りはついておらずほっと胸を撫でおろす。
俺は収納ボックスの便利さを改めて実感した。
(ついでだから、どれくらい容量があるのか調べよう)
収納ボックスの容量限界を調べることにした。
主に食品関連を扱っている店を中心に巡る。
そこで少しずつ、多種多様なものを買っていく。
結局、日が暮れる前まで買い物を続けたが、ついぞ収納ボックスに物が入らなくなることはなかった。
(うん、大量だ)
収納ボックスに魔力をこめる。
今日一日の収穫が脳内にリスト化される。
どう頑張っても一人で消費できない量の食材だ。
(夕食に料理でもするか……)
最近は中間試験に頭が一杯で、そして先日の騒動もありほとんど料理をしていなかった。
俺は腕によりをかけて夕飯をつくろうと考える。
しこりとなっている、俺がアニエスに避けられていることが思い出される。
様子を思い出し、気持ちがまた沈む。
(アニエス姉さんも料理で機嫌もどしてくれるかも、うん)
アニエスと仲直りする未来を想像する。
少し気持ちが楽になった。
俺は夕食のメニューを考えながら寮への帰宅の途につくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます