第五十五話「小休止」 


 住民の避難は完了した。

 俺が獅子奮迅の働きをしたから、というわけではなく向かうべき場所を的確に判断したレイと、増援の必要性を的確に判断できる現地の指揮官の功績によるものが大きい。

 助けられた者も、反対に助けられなかった者もいた。

 街は焼け焦げる匂いと仄かな血の臭いが漂っている。

 避難誘導の任務を終え、森都の兵は魔物討伐へと再編成された。

 元々魔術に秀でた種族である長耳族。

 攻撃に転じた長耳族は恐ろしく強かった。

 近距離で戦うことを得意とするものは少なく、前衛の枚数が足りないように思えた。

 しかし、地形を成形し有利な形へと持ち込むことで被害を出すことなく戦っている。

 冒険者複数人が必要な危険度の魔物に対しても、射程外、急ごしらえの土魔術で造られた防壁の上から一方的に魔術、弓術で殲滅していく。

 加えて、道を上手く封鎖することで魔物を殲滅する地点へと誘引しているため、新たな被害を増やすことなく効率よく対処していた。

 街の中の掃討は森都の兵に任せて大丈夫そうだ。

 つまり、俺の遊撃としての役割は無事終了したわけだ。

 しかし、森都は未だ魔物の脅威に晒されている。

 世界樹の魔力という名の甘い蜜に誘われて魔物はこちらを目指してやってくる。

 来たる脅威には対処するしかない。

 だが住民の避難が完了した今、自由に動けることになったのは森都兵だけではない。

 こちらも最大戦力で迎え撃つことが出来る。

 東は青、西は赤、南はストラディバリ、そして俺は北。

 俺はこの辺りで一番高い建物、警鐘塔から外縁を眺めていた。

 一旦小康状態に陥った北も、次の魔物の群れと接敵しようとしていた。

 今いる場所は森都の兵も駐留しており、慌ただしく情報収集のために動き、各部隊への伝達を行っている。

 本来は部外者である俺は用意された椅子に座り、身体を休めながらその様子を眺めていた。

 報告を聞く限り、青と赤は外縁部ですでに暴れており、見事役割を果たしているようだ。


 ――巨大な魔物が森都を背に暴れている。


 現地の兵は竜の姿をみて慄き、味方と聞き心底安堵したようだ。

 現在、東西の森都兵は観戦モード、というか遠巻きに眺めることしかできないようだ。

 被害軽微。

 ただし建物の損傷は除く。


(……弁償とか言われないだろうな?)


 報告を聞きながら若干の冷や汗。

 これは森都を守るためにやったことだと主張するしかない。

 当たり前のように南も赤髪の男が暴れているとの報告が聞こえてくる。

 こちらも随分と派手に暴れているようで、道を消し炭にしながら戦っているようだ。

 建物は燃やしていないようなので、その配慮をもう少し広い範囲で持っもらいたいが、俺が言ったところで聞いてもらえるのであろうか。

 無理と結論を出す。

 

「はぁ……」


 頭を押さえながら、溜息が漏れる。


「大丈夫? 疲れた? どこか体調が悪い所はない?」


 溜息を聞き、間髪入れずに声を掛けてきたのはラフィ。


「いや、身体は大丈夫だ」

「本当に?」


 ラフィはおろおろと落ち着かない様子。

 先程から俺の周りをぐるぐる回っている。

 北側の避難完了、それと東西は竜に任せてよしと判断したレイがラフィも北へと派遣してきたのだ。

 などと考えていると、ラフィは手を伸ばし俺の額にふれる。

 ひんやりとした手の感触が伝わってきた。


「……熱は、ない?」

「ないよ。この通り大丈夫だ」

「ならいいけど……、頭痛そうにしてたし。本当にどこか具合の悪い所はない?」

「あれは単に、大暴れしてくれている二体と一人のことを考えていただけだ。

 ……思いっきり暴れてくれているようで」


 加えて、小声でラフィに尋ねる。


「……けっこう建物壊してるみたいなんだけど、その被害額請求されたりしないだろうか」


 俺の質問にラフィは目を二度、三度と瞬き、プっと噴き出す。


「笑ってるけど、けっこう重要な問題だぞ! せっかく身体は戻ったのに借金生活とか嫌だぞ俺は!」

「うん。いつものナオキ。被害なら……問題ないはずよ。どうせ魔物に壊された辺りは一度壊して立て直すしかないでしょうから」

「ならいいけど……」

「それにナオキが借金生活になっても、そ、そのわ、わたしも一緒にかえ――」


 ラフィがそこまで言った先は聞き取れなかった。


「一一時の方向より接近!」


 索敵係の兵が魔物を見つけたようだ。


「さて、また出番かな」


 身体を左。右にと折り曲げ簡単な柔軟運動。


「うん? どうした?」


 何故か目の前のラフィはジト目で頬を膨らませていた。


「何でもない」

「ならいいけど」


 今度は溜息一つ。

 頭を左右に振り、改めてラフィは口を開く。


「体調は大丈夫? 魔力はまだ平気?」

「大丈夫だ。魔力も減った気がしないな」


 ここまで魔力を使った戦いは一切していない。

 竜とストラディバリを喚びよせた際に魔力は消費したが、それでもまだまだ内に感じる魔力は充足している。


『ナオキ、聞こえるか?』

『ああ、聞こえる』


 レイの声が脳内に響く。


『北側に複数の魔物の群れが接近しているとの報告をうけた。良くない知らせだが、どうやら中には名付きの魔物も混じっているようだ』

「名付き?」


 聞きなれない言葉を無意識に復唱する。


「懸賞金が付いてる魔物のことよ」


 間髪入れずにラフィが疑問に対する答えを教えてくれた。


「それは、強そうだな」

「でもナオキの敵じゃない」

「そりゃどうも」


 ラフィの回答を得た俺は、レイの言葉に応じる。 

 

『ラフィから大丈夫そうとのお墨付きももらったし、問題なさそうだ。あとは向かってくる魔物を殲滅すればいいんだよな?』

『ああ、そうだが……。数もかなりのものだ。人の身である君一人ではさすがに厳しいかと思う。幸いなことに、ナオキの働きもあり、防御陣地の構築は終わっている。無理をする必要はない。遠くから攻撃し、弱らせまずは数を減らそうと思う。君には名付きの魔物の討伐に集中してもらいたい』


 レイの言葉に暫し思案する。

 青と赤、ついでにストラディバリも奮闘してくれているのだ。


『了解した。そうそう、レイも知っての通り俺はあんまり細かい魔力制御が得意じゃないんだ。だから、名付きの魔物を倒すついでに、周囲の魔物を巻き込むと思う。だから、先行して戦おうと思うけど、いいかな?』

『構わない。存分に暴れて貰って構わない。森都を頼む』

『任された』


 レイとの会話を終える。


「さて、ひと働きしますか」


 警鐘塔から外を眺める。

 黒い闇に覆われた先、迫りくる脅威、俺の目では魔物は未だ見えない。


「……私も支援しようか?」

「うーん、足場も悪そうだからラフィはここで皆を守ってくれ。まぁ、魔物は絶対に突破させない。任せろ」

「無理はしないでね?」

「ああ。じゃあ、ちょっと行ってくる」


 手をひらひらと振りラフィへと背を向ける。

 そして、俺は警鐘塔から飛び降りた。

 

 

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