第五十六話「勇者出陣」


「ああ、見えた見えた」


 パチパチと火がはぜる音。

 そして遠くから身が竦む、地鳴りが耳に入ってくる。

 廃墟となった建物の屋根の上。 

 音の方に目をやると、数百という魔物の群れが見えた。

 人の手により整備された街道を土ぼこりをあげながら一心不乱にこちらへと向かってくる。

 一兵の立場であれば、今すぐに逃げ出したい光景だ。

 魔物の群れを前にして、恐怖を感じないかといえば嘘になる。

 この世界に絶対はないのだ。

 息を吸い、後ろに広がる守るべき街を見る。

 綺麗な街並みはすでに面影がない。

 建物は何かがぶつかった痕がつき、整備された石畳はめくりあがり、所々陥没している。

 少し端に目をやれば矢が突き刺さった魔物の死骸が転がり、火で焼かれている姿が見えた。

 血の臭いと焦げた臭いが混ざり合う。

 ここはすでに戦場であった。

 この光景を作り出した元凶は、どこかで笑いながらこちらを見ているのであろうか。


(今は考えている余裕はないか……)


 愛刀である『華月』を握る。

 赤い光が刀身を纏った。


『おひとりで行くのですか?』 


 ヘルプが心配そうな声を上げる。


「ああ。元々、何かを守りながら戦うっていうことは苦手だからな」

 

 ラフィも一緒であれば心強かった。

 だが、ラフィはこちらの世界では上位の実力者であることに疑いはないが、俺と違って神様から力を貰ったわけではない、只の人だ。

 魔境のような場所にはとてもつれてこれなかった。


『……随分とラフィ様のことを大事にされるのですね』

「そうなのかな。そんなんじゃないと思うけど」


 俺の考えていることが伝わってしまうヘルプの言葉に苦笑する。


「さて、行くか」


 樹々が生い茂る街道沿いを除け、人の手により切り開かれた道を魔物の群れが走ってきている。

 その為、今なら魔物はまとまっている。

 街中に入られては、赤のように躊躇なく建物を破壊しながら戦うという方法はとれず、大変厄介だ。

 であるならば街に入られる前に対処するしかない。

 俺は竜やどっかの戦闘狂とは違ってちゃんと考えているのだ。

 まだ距離はある。

 魔力で強化した視力でもまだ魔物の詳細は良く見えないが、些細なこと。

 身体の奥底、腹のあたりに感じる塊――魔力を汲み取る。

 イメージするのは炎の柱。

 魔術名は《煉獄インフェルノ》。

 夜闇を一瞬眩い光が白く染め上げる。

 遅れて轟音。

 天上へと突き抜ける炎の柱が魔物の群れ、その先頭に顕現した。

 一角を一瞬のうちに呑み込む。

 絶命した魔物は何が起きたのか理解できなかったことであろう。

 

「……なんか想像していた魔術より規模がすごいんだけど」


 その光景を発動した俺自身も驚いて見ていた。

 これまで何度か使っている魔術である。

 確かにいつもより魔力を多く消費したが、想像していた以上の規模。

 そして派手。

 夜闇を斬り裂く火の柱はその場に留まり、更に余波で周囲の魔物を巻き込んでいく。

 火の渦。

 しかし、不思議なことに周囲の樹々には燃え移らない。

 

「精霊がはりきってくれたのかな」


 本来精霊である女王が統治している国であるから、王国よりも精霊の数が多いとかあるのかもしれない。


『いえ、そうではないと思います』


 俺の思ってた考えをヘルプが否定する。


『今のマスターの魔力は使ってもすぐに回復する状態にあります。おそらく解毒の際に使われた世界樹の薬の影響でしょう。回復するだけでなく、魔力もこの地に満ちている世界樹の魔力に近いものとなっており、端的にいうと世界樹の加護を受けているというべき状態です』

「身体の調子がやたらといいのも、元の身体に戻ったからと思ってたけど、その加護やらの影響ってことか?」

『おそらく、としか言えませんが』

「へえ、神様の加護に加えて世界樹の加護か」


 神様からもらった固有能力ギフトの一つである『神の加護』に関してはどういった効果が及んでいるのか未だに謎ではあるが。

 世界樹の加護とやらは効果を実感できる。


「こりゃ、思ったより楽できそうかな」


 火の柱が消え、夜の闇が再び戻る。

 遠くから聞こえていた地鳴りのような足音が消えた。

 全てを一撃で殲滅できたわけではないが、突如現れた火の柱に呑まれた同胞を目の前にし、魔物といえども慄き、歩みを止めた様子。

 魔物に近づかれる前に焼き尽くそう、と決める。


『マスター!』


 ヘルプの警告。

 同時にバックステップ。

 先程まで居た場所に鋭い切っ先が振り下ろされていた。

 固い石でできているはずの屋根が砕け散る。

 隣の家に飛び移る。

 砕け散った石の破片、それに隠れて黒い帯がこちらを追撃してくる。

 全部で三つ。

 どういった仕組、魔術か何かかはわからないが、俺を害する意図のものであることは明らか。

 影のように延びるそれは飛び移った家にも襲い来る。

 家から飛び降り空中に身を躍らせ、追撃してきた黒い帯を《雷槍ライトニングスピア》で迎撃。

 不意討ちをしてきたことから、俺の苦手とする暗殺アサシン系のスキル保持者。

 頭上に気配、だが気付いている。

 避けると同時に刀で斬り裂く。

 それは実体を伴った影であった。

 血が噴き出ることなく、斬った黒い塊は短い苦悶の声を上げ絶命した。

 だが、横から新たな攻撃。

 先程と同じ黒い帯、こんどは刀で迫りくる全てを斬り裂く。


「今ノヲ避ケルカ」


 闇夜から影がにじみ出た。

 テネコカトリス レベル50

 見た目は鳥人とでもいうべき姿。

 黒いトサカを頭に冠し、漆黒の羽を持つ。

 魔物だ。

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