第二十話「こいばな?」

 ミシェルの手を引きながら、こっそりと野営場所を抜け出す。

 俺の正体は秘密になっているため、夜の見張りに立っている冒険者に見つかれば、少女二人組が外に行こうとしているのは看過できないであろう。

 そのため《影隠ハイド》のスキルは発動状態。

 不安なことを挙げるのであれば、このスキルが俺以外にも効果を及ぼすのかどうかという点。

 なんとなく身体が接触していた方が効果はあるような気がしたため、手を繋いでいた。

 手を繋いだ事に効果があったのかは分からないが、野営場所からは冒険者に見つかることなく抜け出すことができた。

 野営場所から少し距離が離れたことを確認する。


(さすがに手ぶらというのも怖いか)


 野営場所の周囲は冒険者が警戒していることもあり、安全は確保できていたがここから先は何が出てくるかわからない。

 テオに話を聞いたところ、滅多に魔物が出ない場所ではあるそうだが、万が一ということもありうる。

 警戒するに越したことはないだろう。

 魔物程度であれば魔術でも十分ではあるが、やはり咄嗟の行動には武器があったほうが心強い。

 俺は収納ボックスから愛刀『華月』を取り出す。

 その様子を見守っていたミシェルは「おお」と小さく感嘆の声を上げる。


「さて、私は泉までのちゃんとした道がわかってないんだけど……」

「大丈夫。道案内はまかせて」

「頼もしい。

 さて、ここまでくれば冒険者に補導されることもないかな。光源を――」


 魔術を発動しようとしたところでミシェルに制される。


「あ、それなら私に任せて! 我らに光を、灯れ《光明ライト》」


 ミシェルの短い詠唱で、頭より少し高い位置にゆらゆらと揺れる光る小さな球が出現した。

 周囲がぼんやりと照らされ、二人の影が浮き上がる。

 初級の位置付けられる魔術ではあるが、淀みなく唱えられた魔術は安定した光を提供しており、ミシェルの魔術の腕はなかなかのものであることを伺えた。


「ミシェルちゃん、魔術が使えたんだ」

「えへへ、昔兄さんに教えてもらったんだ」

「てっきり、ミシェルちゃんのお兄さんは商人だと思ってたけど魔術師だったの?」 

「そうよ。

 今回みたいに冒険者に身を守ってもらえる状況ばかりじゃないから、身を守るための手段として兄さんは魔術を身に着けていたわ。

 兄は多才で、父の手伝いの傍らで国家魔術師の資格までもっていたのよ!」

「そりゃすごい」


 素直に感嘆する。

 以前ローラに案内された書庫で、国家魔術師の認定のために必要な研究成果をまとめた論文を読む機会があったが、どれも片手間で書き上げられる内容ではなかった。

 ミシェルが誇らしげに語るのも頷ける。


「でも聞いたよアリスちゃん」

「ん、なにを?」

「アリスちゃん、剣だけじゃなくて魔術もすごいんだって」


 目をキラキラ輝かせながらミシェルは言う。

 純粋に向けられる、その目は、俺には少し照れくさい。

 それに魔術の習得に関して俺は努力もなく、チートによって得られたものであり、あまり素直に誇ることはできない。


「師匠が優秀だからね」


 ラフィが咄嗟に創った話に便乗し、話題を少し逸らす。


(まぁ、実際俺が使える魔術の多くはラフィが使っていたものだから、あながち間違ってもいないか) 


 そんな俺の発言にもミシェルは素直に応じる。


「羨ましい! 

 勇者様一行のラフィ様に自ら教えてもらえるなんて。

 そういえばアリスちゃんはラフィ様のこと知っていたのね」


 パーティー会場で俺はラフィに関して「よくしらない」と回答した。

 今となってはその答えは嘘であったことがミシェルに知られてしまったわけだ。

 ちょっと気まずい。


「うっ、ごめんなさい」


 シュンとした仕草で謝罪を口にすると、ミシェルは少し慌てる。


「責めてたわけじゃないの!

 ちょっと驚いただけだから。

 ちゃんと剣聖としてのアリスちゃんが隊商に同行しているのをあまり知られたくないということはテオから聞いてるから大丈夫よ」


 にこにことミシェルは口にした。

 その答えを聞いて、ほっとし、俺は胸を撫でおろす。

 

「でも、ラフィ様の話からするとアリスちゃんは勇者様とも顔見知りなのよね。

 魔術はラフィ様から教わったとして、剣術はやっぱり勇者様直伝だったりするの?」

「…………そう」

「やっぱり!」


 無邪気に喜ぶミシェルとは対照的に、俺は何とも言えない表情を浮かべていることだろう。


(本当はその勇者様が俺のわけだがな……)


「いいなー。私も勇者様に会ってみたい。

 この前王都で行われたパレードも遠目からは見たけど、人が多すぎて全然見えなかったわ」

「へえ、そうなんだ……」

「ねえねえ、勇者様ってどんな人なの? かっこいい?」

「えっと……」


 期待に胸を膨らませてミシェルは問うてくるが、何て答えればいいのか。

 俺は答えに窮する。


(なんだこの拷問!)


 自身の容姿に関してどう評すればいいのか、考えたこともない。 


「普通、かな。うん、かっこよくはないけど普通。髪と瞳は私と同じで黒いのが特徴くらいで他に特徴はないかな」


 卑下することも、盛ることもなく、当たり障りのない回答を選択する。

 そんな俺の答えを聞いたミシェルは何故かニヤニヤと悪戯気な表情を浮かべていた。


「……なに?」

「いや、アリスちゃんわかりやすいな~」

「どういうこと?」

「またまた。勇者様がかっこよくてもとったりしないから大丈夫よ。

 アリスちゃん、勇者様のこと好きなんでしょう」

「ぶっ」


 唐突なミシェルの発言に噴き出す。


「いや、ありえないから」


 どんなナルシストだよ!と心の中で突っ込みながら冷静に言葉を返す。

 そんな俺の答えはミシェルに伝わっていないようで、


「隠さなくても大丈夫よ。

 アリスちゃんが災厄で勇者様から助け出されたって話もテオから聞いたわ!

 惚れちゃうのも仕方ないよね」

「ちーがーうー!」


 俺がその勇者だよという手札がきれないため、不毛な言い争いは目的地に着くまで続いた。

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