第三十二話「レイの提案」

転移陣で見かけたレイの印象は、何やら気難しそうな人物であったが、実際は気さくな人なのだなと、俺の中での評価を修正する。

 今もメイドという身分である俺に対しても中腰になりながら視線を合わせて会話してくれていた。

 目の前のレイという人物は本来の実力や、当然隠している『剣聖』という称号を俺がもっているということを知らないにもかかわらずだ。


「さて、今度は私が質問に答える番だな。何故私がここを訪ねたかであったな。何、どこを旅しているか知らない旧友が森都に戻っていると聞いたのでな。せっかくなので旧交を温めようと、こうして足を運んだわけだ」


 なるほどと思うと同時に申し訳ない事実を突き付けなければならなくなった。


「申し訳ありませんが、ラフィ、様は本日出掛けておりまして、今はお屋敷におりません」

「ああ、別のメイドに聞いたよ」

「そうでしたか」

「一度出直しても良かったのだが、それも手間と思いここで休ませてもらうことにした」


 レイは肩をすくめてみせる。


「君はラフィの弟子ということでいいのかな?」

「はい、そうです」


 厳密には違うかもしれないが、話が拗れそうなので素直に同意する。

 その答えに、レイは何かを確かめるような視線で俺を見る。


(何か見られてる……?)


 もしかしたら鑑定眼のような固有能力ギフトもちで俺の能力を見られているではと身構えるが、抵抗手段も誤魔化す手段も知らない俺は、その時はその時と諦めることにした。

 暫く俺を観察していたレイは徐につぶやく。


「ラフィが弟子をとるとはな……」

「珍しいのですか?」

「ああ。私も似たようなものだが、あいつは自身の探求にはとことん追求する性格であるが他人の面倒など二の次の性格であるからな。まぁ、私も似たようなものだが」


 一応、何か俺の実力を確かめるようなことをしていたようだが、何もわからなかったようだ。

 やや首を傾げているレイの仕草から、寧ろラフィがどうして俺を弟子にとったのかという疑問に注意が移ったことが伺えた。


「ラフィ様とは仲が良かったのですね」

「いや、どうかな。どちらかと言えば仲が悪かったと言えるだろう。今回の訪問もむこうとしては歓迎してないと思う」

「そう、なのですか?」


 レイの話をする時のラフィを思い出してみるが、別に嫌悪といった感情は読み取れなかったと記憶している。

 どちらかといえばレイの才能を認めているような発言であった。


「何というかな。彼女とは思想が合わなくてね。私はどちらかといえば古より伝わる魔術の詠唱句や陣の紋様、それらが紡ぎだす美しさを至高として研究するのだが、彼女はそのようなものは年寄りの考えで、詠唱句も陣もより効率的にかつ短くといった思想の持ち主でね。意見は衝突してばかりであった」

「あはは」


 レイの発言にはラフィらしいなと思わずにはいられなかった。


「まぁ、彼女の才能は認めているがね。おっと、これは本人には言わないように」

「はい、わかりました」


 レイの言葉にコクコクと頷いておく。

 その様子をじーっと見ていたレイは何故だか再び俺の頭をポンポンと撫でる。


「このまま健やかに成長してほしいものだな……」

「はぁ?」


 途端に重苦しいような溜息と共に言葉を吐き出すのであった。

 レイはかがめていた腰を起こして、何を思ったのか、立ち上がると次のような提案をする。


「そうだ。ラフィが帰ってくるまで私は手持無沙汰なので、暇つぶしついでに君の魔術をみてあげよう」


 良いことをを思いついたとばかりに。

 これに対して俺は即座に断りの言葉を紡ぐ。


「いえ、畏れ多いです」


 再び嫌な汗をかくのを自覚しながらはっきりとお断りする。

 その言葉にレイはふっと笑みを浮かべながら言う。


「なに、そんなに畏まる必要はない。ラフィから聞いているかもしれないが、こう見えても昔は私も学生相手に魔術の講義をしていたのだ」


 俺が恐れているのはレイではない、レイによって俺の魔術の実力を知られることなのだが、そんなことを説明もなしに汲み取ってくれるはずもなく、説明したらしたで余計な面倒ごとが増える気配がする。

 しかし、裏もなさそうな明確な善意からのお誘いを強く断る術を俺は知らない。

 さらに間の悪いことに、ちょうどエマが茶器を台車で運びながら部屋へと入ってきた。

 一瞬、俺の姿を認めて驚いた顔を浮かべたが、すぐに平静な顔を繕う。


「お待たせして申し訳ありません」

「すまない。せっかく茶を準備してもらったのに何だが、少しアリスを借りてもいいだろうか?」


 茶を机に準備する前に、レイが口を開く。


「それは構いませんが。……アリスが何か失礼をしましたでしょうか?」


 エマがやや青い顔で問う。

 新人メイドが森国のお偉いさんと一緒にいたら、ローラに留守を任されている者としては冷や水ものであろう。

 それにエマの心配は正解である。

 正解ではあるがここでは俺は口を閉ざす。

 エマに要らぬ心労を煩わせるのは心苦しいし、別にレイが俺の不手際を告げ口する意図がないことは理解できたからだ。

 レイの狙いは別であることを推測できた。

 多分俺がレイの誘いを断った理由の一つを、現在メイドの仕事中と見たためと推測したこと。

 だから俺の上司にあたるエマの許可さえ取り付ければ、レイの誘いを断る理由の一つがなくなり、エマの立場からすれば、レイの申し出を断ることなど不可能であり、俺の意思によらずレイに魔術の手ほどきを受けることになることは容易に想像ができた。

 レイからすれば善意からの申し出ではあるが、もちろん、俺が望むべきものではなかった。

 だが、俺が何かを発言し、ここで、だらしない恰好で寛いでいたことを暴露されるよりは幾分かマシと判断したため、結論として俺は沈黙するという選択しか残されていなかったのである。

 端的に言えば、半ば投げやりに、流れに身を任せることにした。


「いや。暇していたことろを彼女に話し相手になってもらっていた」

「そうでしたか」


 やや安堵の息を漏らすのが見て取れた。 


「私が見たところ彼女は魔術の才能があるようだ。それで少しばかり私の暇つぶしに、彼女につきあってもらいたいのだ。忙しいようであれば無理にとは言わぬが?」


 エマでは彼の発言を無下にできるはずもなく、レイもわかってて発言したことであろう。

 

「それは大変名誉なことです」


 ニコリと微笑みながら、レイの要求を承諾する。


「アリス、失礼のないようにするのですよ」

「はい……」


 俺にはエマの言葉に頷く以外に選択肢は残されていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る