第四十二話「決着」
念には念を。
万が一は命に直結するのだから当然だ。
竜の攻撃を避けながら、俺は習得している
本能が何かを訴えるのか、竜の攻撃には次第に焦りに似た感情が見えるようになった。
ヘルプが数々の詠唱を終えるのに十分な時間を稼ぐ。
『マスター、命令の遂行完了しました』
「うん、ありがとう」
ヘルプに礼を言い、空中へとバックステップ。
再び竜との距離をとる。
「青、確認なんだけど肉体は殺しても大丈夫なのか?」
『うん、問題ないよ。
僕は自らの意思であの身体を捨てたんだから』
青は自身の肉体に未練は一切なさそうであった。
(しかし、神様は竜を殺すなと言っていたが……)
俺が思い出すのは夢の中の記憶。
神様は「殺しちゃ駄目」と言っていた。
青の片割れは俺の握る剣に今はいるが。
逡巡していると再び青から声がかかる。
『アリス、あれはただの抜け殻だ。
そして戦うことしか意思がない哀れな存在。
躊躇する必要はない。
仮にも神が創った肉体だ。
いくらアリスの方が強いとはいえ、手加減して止めを刺し損ねる方がまずい。
強くあれと願われ創られた存在であり、他よりも強くなるのは竜にとって欲望の一種だ。
強者と対峙し、敗北した僕たちはまだ強くなるよ』
「……わかった」
俺は静かに頷き、眼下の竜を見据えた。
竜は唸り声をあげ、今にも飛び掛からんと赤い双眸は俺を捉えている。
青の言うように、目の前の竜は獣のように襲い来るのみ。
もし、思考する術があったならば俺は様々な手段を尽くして勝てるかどうかといったところであろう。
俺の能力が高いとはいえ、神様が創った存在である竜の基礎能力が測り知れないことは、以前の赤との戦闘で十分に理解していた。
だが目の前の存在は脅威ではない。
竜は四肢、翼に溜めていた力が爆発するように、俺に向かい飛び掛かってきた。
身体が焼けぬよう、周囲に防御魔術を展開。
俺は食い殺さんと襲い来る竜の正面、顔面にむけ右脚を振りぬいた。
青い炎に感触はない。
不思議な感触。
遅れて硬い外皮に接触。
そのまま竜の横っ面を蹴り飛ばす。
竜は声を上げる暇もなく、地面に叩きつけられる。
起き上がる暇は与えない。
空中を蹴り、追撃を行う。
迫りくる俺に気付くと、近づけさせまいと竜の尻尾が襲い来る。
俺は止まらない。
尻尾を滑っているかのよう、ぎりぎりのところに身体を潜り込ませ、更に迫る。
「はあああああああああああ!」
尻尾を一閃。
魔力が込められた一振りにより、尻尾を切断。
『アァアアアアアアアアアアアアア!』
竜は絶叫する。
魔術を使う術は知らないが、身を守ろうという意思に精霊が反応し周囲に灼熱の炎が顕現する。
障壁で防ぐ。
尻尾を切られた竜は跳び起き、上空へ逃げんとする。
「逃がさない!」
迫りくる炎の中を駆け抜ける。
竜が飛び上がるよりも早く、右翼を斬り飛ばした。
バランスを崩し竜は再び転倒する。
『ガアカアアッツ!』
止めを刺すべく再度接近。
「っ……!」
違和感。
足が何かに掴まれた。
(《
それは俺もよく使う術。
先程も竜に対して使った。
樹木が足を掴み、身体を拘束せんと這い上がってくる。
直接的な攻撃魔術でないため魔術障壁も意味をなさない。
(さっきのヘルプの一撃を喰らって、習得したということか)
俺は驚愕する。
『《
青が即座に魔術を唱え樹木を焼き切る。
同時に竜の次の一撃が迫る。
恐らく《
青の声に反応し、咄嗟に防御。
だが閃光は絶え間なく襲い来る。
魔術障壁を展開し防ぐ。
さっきまでは魔術といっても熱源を収束したブレス、周囲の身を守るための炎といった単純なものしか行使していなかった。
だが、今の攻撃は明確な意思により行使された魔術。
防御に回っている隙に竜は身体を起こす。
咆哮をあげる。
俺には意味のない音に聞こえるが、咆哮に応じ魔術が襲い来る。
重い一撃。
『元々僕の身体だから、使おうと思えば魔術くらい使えるよ』
「何で今まで使わなかったんだ?」
『迷宮の魔物相手に今まで必要なかったからだろうね。
命の危機に瀕して、少しは思考することを憶えたのかな?』
俺を殺さんと襲い来る魔術は強力、無意識に防御できるものではない。
味をしめたのか竜は魔術を次々に放つ。
立ち上がり、その場を動かず。
だが、竜は結局強者として驕っていた。
俺が防御に回った隙に距離をとり、遠距離から魔術を行使し続けられたら厳しい戦いになっていたかもしれない。
仮定の話。
動かぬ竜、咆哮の間。
俺が接近するには十分な時間。
スキルを
刹那、竜との距離はゼロとなる。
竜の正面。
驚き、縦に割れた瞳孔が俺を見据える。
奥に感情が見えた気がした。
(怯えてる?)
一瞬浮かんだ疑問を振り払うと、俺は躊躇なく竜の頭を斬り飛ばした。
肉を抉る確かな感触が腕に伝わってきた。
地面に巨大な頭部が転がる。
遅れ、制御を失った竜の体はゆっくりと傾き、やがて地面に倒れ伏した。
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