第四十一話「冒険者ナオ 3」
「情報と違う……」
視界には赤い点が三つ表示されていた。
何度目を凝らしても点は変らず。
オークの視力はそこまでよくないが嗅覚は鋭いため、風下に入らないように気を付けながら接近。
点が近づいたところで、周囲を見回し、ちょうどよい高さの樹に登る。
「よっと」
人とは異なる巨体を視界に捉える。
ドスンドスンと重々しく地面を踏みしめる音も耳に聞こえてくる。
「三体いるな……」
『オークが一体であるとは誰もいっておりませんでしたからね』
ヘルプの辛辣な声が脳内に響く。
レイも先程の説明の中で、知恵が回る魔物で集団で行動することもあると言っていた。
『領主が出している依頼ということは目撃数も多かったはずだ。それなのに複数人から情報を集めなかった君が悪い』
胸元からはレイの声。
双方から責め立てられる。
「先に言ってくれよ……」
口を尖らせながら抗議する。
村にいる時、もっと他の人からも話を聞くように言ってくれればよかったのに。
『身をもって経験した方がよいだろう?』
「……おっしゃる通りで」
冒険者としての情報収集能力はまだまだ及第点に至らなさそうだ。
『さて、情報と違ったわけだがどうする?
普通の冒険者であれば一度引き返し、作戦を立て直す状況ではあるが』
「うーん」
現在色々と制限がついている状態で三体を同時に相手するのは中々骨が折れそうだ。
逆に言えば制限を外してしまえば、敵ではない。
(こっから集落までそう離れていない)
少し降りれば街道も近くを通っている。
早目に処理していた方がいいと判断する。
「……まぁ、今の状態でやれるだけやってみるよ。危なくなったら青に頼むわ」
『そうか。では私からは何も言うまい』
目標のオーク三体を再び観察する。
悠々と樹々を棍棒で掻き分けながら進んでいる。
レベルは高くはないが、正面に立ちたくない威圧感を誇る。
顔は豚顔に近いが遥かに凶悪であり、フレンドリーなお付き合いはできそうにない。
手に持つ棍棒はアリスの身体よりも大きく、まともに受けたら一瞬で挽肉になるだろう。
普段の状態であれば、それでも正面から斬りこめばいいのだが、今は愛刀をレイに預けている。
……腰にぶら下げていると、つい癖で使ってしまうからだ。
あとは一応魔術師として冒険者活動しているわけなので得物をもっているとおかしく思われてしまうというのもある。
修行のため世界樹の杖もオーバースペックなのでお留守番。
なので今俺の腰に刺さっているのはナイフと短杖。
非常に身軽な恰好であった。
(魔術師らしく遠距離から仕留めたいが……)
問題は距離が離れれば離れるほど魔術というものは威力が落ち、さらには魔力の消費量も上がる。
当然制御も距離に比例して難しくなる。
制御が未だに苦手な俺は、心許ない魔力の中で戦う自信はない。
魔術が外れる、あるいは威力が足りなければ魔力が無駄になることを考えると、俺の取るべき選択肢は限られた。
(接近して一気に叩く)
魔術師の戦い方ではないが、そもそも純粋な魔術師というわけでもないので問題ないだろう。
「じゃあ、僕は少し離れておくよ」
「……やばい時は本当頼むぞ?」
「貴重な魔力源を失いたくはないからまかせてよ」
「俺は食料かよ」
青が飛び立ち、軽くなった頭を左右に振る。
「さて、やりますか」
通信魔道具への魔力供給も絶ち、獲物に集中する。
俺が身を潜めている樹はオークの進行方向。
少し待っていると真下をオークが悠々と通過していく。
今。
魔術を発動。
以前レイに教えてもらった初級魔術の応用。
得意属性の光、剣の形をイメージ。
レイが俺に見せてくれたものよりは拙くボヤケタ形ではあるが、今は十分だ。
光剣をオークに放つ。
「――っ?」
微かな音にオークの一体が反応するが、遅い。
「まずは一体」
脳天を光剣が貫き、血飛沫が舞った。
初級魔術といえども、かなりの魔力を込めた一撃だ。
「Vaaaaaaaaaaaaa!!」
残り二体。
すぐに状況を理解したオークの一体が、俺が潜む樹へと棍棒を振るう。
衝撃音。
「っと」
オークの一撃で、足場にしていた樹がすざましい音をたて砕け散る。
太い幹であったがオークの怪力の前では無力。
足場を失った俺は地面に引き寄せられる。
咄嗟に光球を放つが、オークの厚い脂肪の前では少し痛い礫程度のダメージしか与えられない。
(単純な魔術だと厳しいか)
レイの言う通り、厄介だ。
落下する俺に対し、オークの棍棒が振るわれ、俺を叩き潰さんと迫る。
「――っ!」
「a……?」
ブンっと空を斬る音を残す。
オークは予想と異なる感触に間の抜けた声を上げる。
俺の身体を捉える瞬間、棍棒の上辺を手でつかみ、身体の軌道を変えたのだ。
一瞬の隙を逃さない。
すかさず脚をオークの横顔へ振り抜いた。
メキっと生物としては致命的な音を響かせ、オークの顔は一回転。
少し遅れ、巨体が倒れる。
仲間オークが倒されるのを間近で見ていた残りの一体は、それを見るや遁走を開始した。
「逃がさない――っ!」
近くでオークの棍棒に襲われる脅威がなくなったことで再度魔術に集中。
イメージするのは槍。
残魔力も十分。
光の槍を顕現し、それをオークの背中へと投擲した。
狙い違わず。
オークを貫通し鮮血が舞う。
「一丁あがりだな」
こっちの被害はなし。
魔力も最小限で戦えたのではなかろうか。
と自己満足していると、青がパタパタと再度俺の頭上に着地する。
……もう、文句を言っても無駄なようだ。
「なかなか見事に処理できただろう」
「うーん」
青の反応が悪い。
「何?」
「いや、これって魔術の訓練を兼ねているんだよね……?」
「そうだぞ。魔術の制御が甘いと言われてるから、その訓練だな」
「いや、殆ど魔術というか、アリスの身体能力にものをいわせた戦い方なだけな気が……?」
「…………そんなことはないぞ」
『一体目は確かに魔術を使用していましたが、二体目の止めは蹴りでしたよ』
「うぐっ」
「三体目も魔術といえば魔術だけど、制御というより身体能力にものをいわせて生成物を投げてただけだよね」
「……自身の弱点を補う的確な判断と言って欲しい」
「制御の訓練はどうしたの?」
「……」
「あーあ、またレイに叱られるんだ」
「青が余計なことを言わなければセーフセーフ」
「どうせこの死体を見たらレイにどういう戦い方をしたかバレるでしょう」
そう、どうも一年間続けてきた戦いの判断はそう簡単に矯正できるものでなく、つい癖の動きをしてしまうのだ。
身に纏っている、増えていく魔道具はそれらを制限するためにレイがどんどん追加している結果。
「……また魔道具が増えそうだ」
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