第三十話「自己紹介」
少し御堅い、今後の方針を決める会議は終わり、夕食の準備が始まる。
来た道を引き返すという行為はげんなりすると俺は感じていたが、周囲の人々にとっては「こればかりは仕方ないな」と苦笑まじり。
ラフィも「よくあること」と気にした様子はない。
俺達の目的地であるマキナ共和国。
その転移陣が起動する日まで、ロスした時間はあってもまだまだ余裕がある。
マキナ共和国を観光する時間は減ってしまうが、街中をゆっくり見て回るのはまたの機会になりそうだ。
今回はあくまで森都が目的なので、それも仕方がないだろう。
「うーん」
俺は一度、丸太椅子から立ちあがると、大きく伸びをする。
今日は景気づけのために、夕食は若干豪華になるみたいだ。
道中に狩った魔物の肉や、隊商の貯蔵品から幾つかの品と香辛料が積み荷から降ろされているのが見える。
何か手伝おうと思い、積み荷の方へと向かおうかと思ったとき、俺は視線に気付く。
「?」
視線の方へと目を向けると、その主は先程俺の隣に座っていた
何か注目することでもあったのかと、何とはなしに髪を触る。
とくに髪にゴミがついているといったこともない。
何だろうと首を傾げるが。
(そういえば、ちゃんと挨拶をしていなかったな)
行程も延び、まだ暫くの間、同じ時間を過ごす隊商の仲間だ。
コミュニケーションを取っておくことは悪いことではあるまい。
俺は小さな歩幅で少女の前まで駆ける。
「先程は親切に解説して頂きありがとうございました」
ペコリと一礼。
俺が目の前まで来たことに少し驚いた様子ではあったが、少女は口を開く。
「どういたしまして。えっと……」
何かに口籠る。
少し視線を彷徨わせていた。
(そういえばお互い名前を知らなかった!)
俺が少女の名前を知らないように、少女もまた俺の名前を知らないことに気付く。
顔合わせの時も名乗ったのは、各チームの代表者だけ。
加えて、ラフィと俺、特に俺はボロを出さない為に、ここまで冒険者の人達と積極的に交流していないこともあり、名前を知る機会なんてなかった。
だが姓まで名乗ると俺が剣聖であることがばれてしまうかもしれないので、名だけを名乗ることにした。
「アリスです。お姉さんは?」
「お、お姉さん」
お姉さんと呼ばれたのが嬉しかったようで、少女は顔をほころばせた。
だが、それも一瞬のこと。
コホンと一度咳ばらいをし、「お姉さんらしい振舞」で、冷静に少女は改めて自己紹介する。
「私はエリーヌ。で、こっちはチョコ」
「ピー!」
少女――エリーヌの肩にとまるシャドーホークあらためチョコが勇まし気に胸をはる。
「よろしくね、アリスちゃん」
差し出された手を、握り返そうとしたと時に、エリーヌの背後からひょっこりと二つの人影があらわれた。
「そして私がサーシャ!」
「ミーシャだよ!」
乱入者はエリーヌと同じチームの二人。
双子なのだろう。
エリーヌの両脇から左右に出ている顔は瓜二つ。
名乗ってくれたのはありがたいが、すでにどっちがサーシャでどっちがミーシャかわからなくなりそうである。
「エリーヌったらさっきからやけにソワソワしてるなーと思ったらそういうことだったのね」
「べ、べつにソワソワは……」
「気のせいじゃないよ。チョコもそう思うよね?」
「ピーピー」
双子のサーシャはチョコに首を傾げながら問いかけると、チョコはうんうんとでも言いたげな仕草。
その推測は間違っていないようで若干エリーヌは恨みがましくチョコを見ている。
双子にいいようにからかわれている様子から、エリーヌが普段この二人に、妹のように可愛がられているのかもしれない。
(だからさっき、俺がお姉さんって呼んだら嬉しそうだったのかな?)
「この子ずっとアリスちゃんと話をしたいって機会を伺ってたのよ」
「歳も一番近そうだしね」
「でもサーシャ姉。
見た目通りの年齢とは限らないよ。ラフィ様と同じ
「でも耳は長くないよ」
「長耳族の幼少期は耳が短いかもれしない」
「そんなの聞いたことないわよ。
だったとしても、幼いことには変わらないじゃない」
エリーヌとは対照的によくしゃべる姉妹であった。
「で、アリスちゃんっていくつなの?」
「えと、十歳です」
設定どおりの年齢を名乗る。
此処で話をこじれさせても得はない。
ぶっちゃけ、めんどくさくなる未来しか見えないので、無難な回答をしておくのが吉だと俺でもわかる。
「十歳! 若い! あ、ちなみに私は十九歳」
「左に同じく。で、エリーヌが十五歳の、冒険者になりたてほやほや」
「もうすぐ一年になります」
ちょっとエリーヌが抗議気味に声をあげる。
「あれ、もうそんなにたつっけ?」
「私達はまた一年歳をとった……」
「ミーシャ、この話はやめよう。悲しくなる」
「うん、賛成。で、お姉さんはアリスちゃんに尋ねたいことがあったのです」
話題が巡るましく変わり、びしっと俺を指さすと、ミーシャは真剣な口調で問う。
「ずばり、ラフィ様とアリスちゃんはどういった関係なの?」
「えと……」
突然の問い。
こういった類の質問が来ることを予想していなかった。
助けを求めるように、先程まで近くにいたラフィの姿を探すが、周囲には見当たらない。
(逃げたな)
というか、ラフィは冒険者の何人かと会話をしていたはずであり、俺との関係などとっくに周知されているものと思っていた。
正直困った。
双子とエリーヌは何も知らないようであるが、他の冒険者に聞かれた時、ラフィは何と答えただろうか?
違うことを言って矛盾が生じるのもよくない。
(ミシェルちゃんには、俺に、勇者ナオキから魔術を教えるように頼まれたとか嘘ぶいてたが……)
なら、ラフィの弟子と答えるか。
しかし、ラフィの口からは俺の職は「
魔術を教わってると言うのは変な話にも思える。
悩んだ俺は、
「ラフィ様は私の保護者、みたいな人です」
とりあえず最後は笑顔でニコリと微笑み誤魔化す。
「じゃあ、やっぱりラフィ様から魔術とかも教わったりするの?」
「た、多少は」
俺の答えを聞いた双子は顔をずいっと寄せ、目を輝かせる。
「魔術師兼調教師なんてすごい! エリーヌと同じ二職もちね!」
「しかも貴重な職!」
「サーシャ姉。うちにスカウトしよう」
「いい考えね。私達のパーティ魔術師がいなかったからちょうどいいわ!」
「アリスちゃん、冒険者に興味はない? 十五歳になったらどう?」
すでに冒険者に登録済みであるが、秘儀笑顔でごまかすを発動し、この場を乗り切った。
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