第五十話「ご褒美」


 アレクが提案する作戦の詳細を詰め、解散する時には日が昇り始めていた。 

 作戦は万全を期すために、明後日に実行することが決まった。

 話し合いを終えると、皆眠たい表情をしながらそれぞれの宿へと戻っていく。

 アレクとラフィが宿泊する、黄金色の宴に行くことも考えたが、俺は寮に帰ることにした。

 冒険者ギルドがある十四区から学校のある三区まではそこそこ距離がある。

 ただ、今は朝の早い時間。

 人目がないこともあり、冒険者ギルドの屋根へと跳躍すると、屋根から屋根へと跳躍を繰り返し、最短距離で寮まで駆け抜けた。

 寮に辿り着くと、なるべく物音をたてぬように中へと入る。

 誰もいない応接間のソファーにぼふっと音をたてながらダイブ。

 緊張の糸が切れたからか、一日の疲れがどっと身体を襲う。

 瞼が重くのしかかる。

 ソファーに横になりながら、船を漕ぎそうになるが頭をぶんぶんと振り、身体に力を入れるとソファーから立ち上がる。

 

(寝るなら部屋で寝よう……。

 その前にシャワーだけでも浴びとこ)


 半分目を瞑ったような状態でお風呂へと向かった。

 湯舟を張ることはせずシャワーだけ軽く浴びる。

 お風呂から上がると、ネグリージュに着替え、四階へと静かに上がっていくと、ちょうど扉が開いた。


「あら、アリス?」


 アニエスだ。

 まだ、朝早い時間であるにもかかわらず身支度を終え、制服を身に纏っていた。


「おはようございます、アニエス姉さん……」


 眠気から、俺の挨拶は尻すぼみになる。

 眠そうなその様子にアニエスは苦笑しながら、俺の手を取ると、部屋の中のベッドまで案内する。

 ベッドまで辿り着くと、縁に二人並んで座る。

 俺はアニエスに顔をムニムニされながら声を掛けられた。


「なんだかお疲れね。

 その様子だと今日もサボリ?」

「うっ……」

 

 痛いところを突かれる。

 ただ、アニエスはサボリに関して責める意図はなかったようだ。


「結局、剣の依頼はどうだったの?」


 俺の顔を覗き込むようにして尋ねる。

 寧ろ、こちらの方が本題であったようだ。

 理由はわからないが、アニエスは俺が依頼する剣に対して非常に協力的な様子。


「それは、無事引き受けてもらえました。

 アニエス姉さんの手紙を見た鍛冶師の方、血相を変えてましたけど。

 一体何が書かれていたんですか?」

「そう、それはよかった!

 手紙は普通にアリスの剣よろしくお願いしますって書いただけよ?」


 ニコニコと笑いながらアニエスは答える。

 それだけではない気がしたが、追及はしない。


「あ、そうだ。

 アリスに渡してくれって頼まれた物があるの」


 アニエスは一度ベッドを立つと、机に向かう。

 引き出しの中から一枚の紙を取り出し戻ってくる。


「アリスはザンドロ先輩と、その、顔見知りなのよね?」

「ええ、その、先日剣舞祭の予選会場で色々と案内して頂きました」

「ふーん」


 先程と変わらない笑顔をアニエスは浮かべているが、どことなく言葉に棘があるように錯覚する。


「はい、これ。

 そのザンドロ先輩からアリスに渡してくれって頼まれたの」

「これは?」


 渡された紙をまじまじと観察すると、複雑な紋様が記され、中央には”剣舞祭 本戦優先入場券”と書かれていることに気付く。

 もう一度その文字を読む。

 アニエスが解説する。


「それがあれば、今開催されている剣舞祭本戦の全戦を観戦できるわ」

「おお!」


 受け取った紙を、目を輝かせ、手に持ち見上げる。

 先程までの眠気が嘘の様に吹き飛ぶ。

 少しアニエスは言うかどうかを迷う素振りを見せたが、言葉を続けた。


「……その、ザンドロ先輩から伝言で是非試合を観に来てほしいって。

 昨日は無事一回戦を突破したみたいだから、今日も試合に出るはずよ」

「ザンドロ先輩、予選を突破していたんですね。

 本戦かー、どんな戦いなんだろう」


 わくわくと俺は剣と剣がぶつかり合う試合を妄想する。

 

(ジンさんの試合も観れるかな?)

 

 と、想いを馳せていたが、人攫い事件のことを思い出す。


(観に行ける時間……あるのか?)


 思い出した俺はベッドにボスンっと横になる。


「ちょ、ちょっとアリスどうしたの?」

「多分、試合を観に行く時間があんまりないかもです」


 再び身体を起こしがっくりと項垂れる。

 その様子にアニエスは疑問を抱くが、すぐにある結論に辿り着く。


「そういえばアレク様が訪ねてきたけど、それと何か関係があるのかしら?」

「えっ、それは……」


 口籠る。

 事実そのままに、冒険者の一人として王都で頻発している人攫い事件の捜査に関わっていることを言ってしまうとアニエスは非常に心配するだろう。

 先日も一人で人攫いの犯人と対峙した時にこっぴどく怒られた。

 目を泳がせる俺の様子をアニエスはじーっと見ていた。


「はぁ……。どうせまた何か厄介ごとに首を突っ込んでるんでしょう」


 俺は無言で、視線を逸らしていたが。

 

「違うの?」

「はい、その通りです」


 両手で顔を掴まれ、強制的にアニエスの視線と合わせられた。

 怒られるかと思ったが違った。

 そのままぎゅっとアニエスに抱きしめられる。


「無茶はしないでね。約束して」 


(アニエス姉さんは多分、俺が何に首を突っ込んでいるかわかっているな……)


 優しい温もりだった。

 俺は「はい」とだけ答える。


「なら、よし!

 ちゃんと約束を守れたら私がご褒美をあげましょう!」

「何をくれるんですか?」

「秘密。

 でも、そうね。

 私からのご褒美は期間限定のものだから、その厄介ごとを剣舞祭の最終日までには片付けておいてね」


 アニエスの機嫌を損ねないためにも早急に人攫いの事件を解決する必要があるみたいだ。

 

(本当に作戦の失敗が許されなくなってきたぞ……)


 それに俺とて剣聖の試合は是が非でも見たいのだ。

 

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