第十四話「ポーション作製」

 今朝、ラフィはいつもの杖と鞄を肩に掛け、ミリィは弓を担ぎ、日が昇るより早い時間に家を出発した。

 朝食は昨日俺がおつかいで買ってきたパンを道中に食べるようだ。

 それを見送り、俺はエレナと二人で朝食を食べ、後片付けを終えるとさっそく一階の商いをしているスぺースへと移動することにした。

 ラフィ家の一階半分以上が商いスペースであるが、今日まで一度も足を踏み入れたことがない空間であった。

 未知の空間はわくわくする。

 王都でのポーションを取り扱っているお店では瓶に詰められたポーションが等級ごと、つまり効能の高い順に並べられ販売されていたと記憶していた。

 さて、どんな場所なのかと期待に胸を躍らせながら商いスペースへと足を踏みいれた。

 まず鼻をスンスン鳴らすと、独特な香りが漂ってくる。

 次に俺は様々な品が所狭しと並べられている空間に目を奪われ、キョロキョロと周囲を観察せずにはいられなかった。

 ラフィ家の薬屋は、王都と違い種類が豊富のようだ。


「ふふふ、何か気になるものでもあった?」

「これは全部ポーションですか?」

「そうよ」


 まず目に入ったのが正面に置かれたポーション類。

 形や色違いの瓶が整理整頓されて置かれていた。


「これは治癒能力を高める効果があるもの、これは解毒剤、こっちは魔力を回復するものね」


 瓶を指さしながら大まかな効果を教えてくれる。

 他にも切り傷に塗るものや、『薬屋』と名を冠しているお店なのだから当然かもしれないが、風邪に効く薬なども置かれていた。

 商品とは別に、店番をする壁付近には棚がびっしり設置されており、表面には薬草の種類がタグ付けされていた。


「すごいたくさん種類があるんですね……」

「ほとんどがミリィが趣味で調合に使ってるものが多いわね。

 場所をどんどん浸食してるから程々にして欲しいのだけど……」


 さらに奥にはすり鉢やら鍋やらが置かれている調合スペースが目に入る。


「お手伝いとして薬草を刻むのを手伝ってもらおうと思ったのだけど、せっかくだし魔力が回復するポーションでも造りましょうか?」

「本当ですか!」


 それはすごく役に立ちそうだ。


「あっ……でも、お仕事の邪魔になるのでは?」


 エレナの厚意は嬉しいが、既に十分にお世話になっており、仕事に支障をきたすのは良くないと思った。


「大丈夫よ」


 俺が思っていることを理解したのかエレナは苦笑しながら、安心させるように言う。 


「お客さんは滅多に来ないし、特別な依頼がない限りは店頭に並んでいる品で事足りるから。

 寧ろ、店番をしてて手持ち無沙汰のことが多いから私の暇潰しにもなるわ。

 だから遠慮しないで」

「そういうことなら……。是非お願いします!」

 

 返事にエレナは微笑むと店の脇から畳まれたエプロンを取り出し、俺へと渡す。


「ラフィが昔使っていたのだから、ちょっと大きいかもしれないけど。服が汚れるといけないから」


 着てみると確かに少し大きいが、許容の範囲内だろう。

 受け取ったエプロンを身に着けている間に、エレナも同じようにエプロンを身に着け、ポーションの材料となるものを棚からひょいひょいと取り出し平べったい籠に載せ、調合スペースに戻ってきた。

 ほとんど何なのか名称が分からない材料の中に、一つだけ知っているものがあった。

 ミモネだ。


(そういえば、ラフィがポーションの材料になるって言ってたな)


 籠に載っているミモネは8つ。

 藍色に色づいたミモネが1つ、残りは白いままだが、そのうちの1つに小さな歯型がついているのを見つけた。

 少し恥ずかしいが、その歯型により白いほうは俺が魔力を込めた物であることが分かった。

 魔力を込めた直後は発光していたが、時間が経つと発光しなくなるみたいだ。

 

「まずはこっちの材料を刻んでもらえるかしら」

「はい」


 エレナに指示された植物を順番に小さなナイフで刻んでいく。


「あら、アリスちゃんはラフィより上手ね。お料理とかしたりするの?」

「はい、たまに」


 続いてすり鉢に何かの角と乾燥した虫らしき物体をゴリゴリとすりつぶしていく。

 これが具体的にどういったものなのか好奇心を刺激されるが、


(うぅ、これが何なのか具体的に聞いたらポーションを飲めなくなりそう……)


 知らないままの方が幸せな気がしたので詳しく言及することはしなかった。


「じゃあ鍋に火をいれましょう」


 すり鉢でゴリゴリしていたものが粉末状になったのを確認すると、エレナが軽く人差し指を動かす。

 そうすると鍋が置かれているかまどにポッと火が灯る。


「アリスちゃんはミモネのヘタ部分を切り落としてくれる」


 エレナの指示に従いヘタを切り落とす。


「できました」

「じゃあ、材料をこっちに運んでもらえるかしら」


 かまど近くに設置されている台へとこれまで加工したものを移動させる。


「材料をいれつつ、ゆっくりと魔力を注いでいくの」


 俺の身長ではかまどの上に置かれている鍋を覗き込めないが、エレナによってちょうど良い高さの木箱が設置されており、その上に載り、鍋の中を観察する。

 エレナは混ぜ棒で鍋をゆっくりかき混ぜていると徐々に鍋の中身ほのかに発光していくのがわかった。


「こうやって材料に魔力を染みこませていくのよ。アリスちゃんもやってみましょうか」

「はい」


 混ぜ棒を渡され、慎重に慎重に、なるべく少ない量の魔力を流し込んでいく。


「因みに、一気に魔力を流し込むとどうなるのですか?」


 恐る恐る尋ねてみた。


「多くの魔力を加えても材料に魔力が馴染まないから、魔力が無駄になっちゃうわ」

「魔力を注ぎすぎて、中身が溢れたり吹き飛んだりすることはないのですね?」

「ええ、そういったことは起きないから大丈夫よ」


 エレナの答えを聞いて俺はホッとしつつも、これも魔力を制御する訓練と思い、真剣な表情でゆっくり、ゆっくりと魔力を注ぎ込んだ。

 小一時間ほど煮こんだところで、


「うん。十分に魔力が染みわたったから最後の仕上げにしましょう」


 混ぜ棒を鍋から出し、魔力を込めるのを止める。

 エレナは残った材料であるミモネの中から藍色のものを手に取り、鍋の中身が飛び跳ねないようにゆっくりと浸していく。


「わぁ」


 すると固形であったはずのミモネが突然、砂糖菓子のようにどろりと溶け、液全体が薄い藍色に色づいた。


「ふふふ。残りをいれてもらえる?」

「はい」


 隣でエレナが籠を持ってくれているので、その上に載った残りのミモネを手に取り、ゆっくりと鍋に投入していく。

 ラフィの時とは違い、俺が魔力を込めたミモネは少しキラキラとした光を発しながら溶けていった。


「この色は魔力を込めた人によって違うということですか?」

「ええ、そうよ。アリスちゃんは鋭そうだから気付いてるかもしれないけど、自分で魔力を込めたミモネを材料にしたほうが、魔力の回復効果が高いポーションができるのよ」

「なるほど……」

「ふふふ。アリスちゃんの色はすごく綺麗ね」

「あ、ありがとうございます」


 全てのミモネを鍋に投入し、火を止める。

 そこで休憩し、エレナとお茶菓子を食べながら鍋が冷めるのを待ち、最後に中身を瓶へと移し、初めての自作ポーションが完成した。

 自作ポーションはほとんど透明に近い色であったが、ほのかにラフィの魔力の色である藍色に染まっている。

 そのポーションをエレナは試験官のように厳しい目で確かめ、にっこりと微笑んだ。


「うん、初めて造ったとは思えない見事な出来よ。

 アリスちゃんは魔術師じゃなくて、こっちの道に進んでもいいんじゃない?」

「あはは。エレナさんの指示通りに造ったからですよ」


 ちなみにポーション造りをしている間に訪れたお客さんは一人もいなかった。

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