第四十一話「難敵」

 こうなるといいな、という願望というものは総じて叶わないものだが、嫌な予感というものはどうしてこう当たるのだろうか。


「かったいッ!」


 レベル差により、大蛇を輪切りに料理出来れば一瞬でかたがつくのだが、そうは問屋が卸さない。

 斬れないものがあるとは。

 ジーンと腕に残る痺れに、顔を歪めながら嘆く。

 火精霊の加護が付与された刀、華月を握って初めてのことだ。

 これが王都の市場で適当に買った剣であれば、少しは剣の斬味を疑うところだが、華月に限れば、剣の目利きでない俺でも「それはない」と断言できる。

 大蛇が硬すぎるのだ。

 むしろ、そこらの剣であったなら今の一振りでぽっきり折れていただろう。

 折れなかったことにガルネリとついでにストラディバリに少し感謝する。

 しかし、今の一撃でわかった。

 刀で大蛇を仕留めるのは厳しい。

 ならば。

 大蛇の固い鱗を蹴りつけ、距離を取った。

 空中に身を躍らせながら、視界の中央に大蛇を捉える。

 習得している上位魔術を選択。

 《流星雨メテオシャワー

 高威力・広範囲の魔術だ。

 これならどうだ。

 イメージした通り、周囲に火球が出現。

 大蛇へ火球が殺到する。 

 でかい的でかつ、俊敏に動く敵でもない。

 火球が殺到する。

 狙い違わず、直撃するたびに周囲へと轟音が響き渡る。

 オーバーキルだろう。

 そう確信していた。


「――ッ」


 大蛇の大口が目の前に現れた。

 火球をものともせず、こちらへと突っ込んできたのだ!


(魔術も効いていない!?)


 これは想像していなかった。

 咄嗟に空中に浮いている魔術を解く。

 重力に身を任せて自由落下。

 間一髪で大蛇の攻撃を躱す。

 ほっとしたのも束の間。

 ぶん回された尻尾が間近に迫ってきた。

 先程の言葉を撤回。

 この大蛇、意外に俊敏だ。


「くッ……!」


 咄嗟に障壁を張るが、障壁ごと地面へと叩きつけられる。

 地面に直撃する寸前。


「《エアクッション》!」

『《エアクッション》!』


 二重の声が響く。

 一つは頭の中にだけだが。

 青とヘルプによる魔術。

 身体の周囲に風が纏わりつき、受けるはずだった衝撃を緩和する。


「サンキュー!」


 だが、ほっとしていては先程の二の舞。

 二人に感謝しながら、すぐに体勢を素早く立て直す。

 頭上に迫る尻尾。

 まともにくらえばぺちゃんこ。

 横っ飛びに、片手側転。

 叩きつけられる尻尾攻撃を避けながら反撃。


(これならどうだ!)


 上位魔術ではないが、よく使う魔術|雷槍《ライトニングスピア》を放つ。

 魔力を凝縮し、一点を狙った一撃だ。

 が、結果は変らず。 


「こっちの攻撃一切効いていないんだけど!」


 大蛇が障壁を張っているわけではない。

 魔術が効いていないのだ。

 これは想像していなかった。


「なに、こいつ青たちの兄弟か!?」


 強靭な防御力から、真っ先に思いつくのが竜という存在。

 神様曰く、この世界には七体の竜がいるはずである。

 赤、青に続く未だ邂逅していない、三体目かと疑う。

「いや、僕の兄弟ではないよ」

「なら、青の兄弟が生んだ子供っていう可能性は!?」


 尻尾の一撃で地面が陥没し、土が巻き上がる。

 その音に負けじと、頭上に未だ居座る青へと叫びながら問う。


「それはないかな」

「なら神様がまた気まぐれで創造した存在とか?」


 適当に言葉にしてみたが、けっこう的を射ているのでは、と少し俺は思った。

 新しく創造された存在だから、名前もわかならないのでは。

 が、これはヘルプにより否定される。


『それもないかと』


 強い口調で断言された。

 だが、具体的な根拠はない。


「どうしてそう思うんだい?」


 青が問う。

 俺も青と同じ疑問を抱いていた。

 ヘルプを疑っているわけではないが、気分屋でありドジの神様。

 意図せぬ形で、創造された生き物である可能性は否定できないように思えた。 

 ヘルプが答える。


『イオナ様はすでにこの世界にほとんど干渉することはできません』

「でも、俺はついこの間、神様の力でこっちの世界に連れてこられたんだが……?」

『それは偶然が重なり、なんとかイオナ様が行えた、精一杯の干渉なのです』  

「偶然……?」

 

 気になる発言。

 ヘルプにゆっくり問いただしたいが、大蛇はそれを許すはずもない。

 尻尾攻撃では埒が明かないと判断してか、再び溶解液を吐きかけてくる。 

 まともに喰らうわけにはいかない。

 刀を横一閃。

 同時に炎の傘が顕現。

 溶解液を押しとどめ、蒸発させ、弾き飛ばす。

 弾き飛ばされた、黒い溶解液は周囲の森へと散布される。

 液体を浴び、青々とし茂っていた木はたちまちと黒化した。

 こんなことを繰り返していたら山が禿山になるのも時間の問題だ。

 しかし、攻撃が通じているように思えない。

 竜よりも厄介だ。


(HPバーでも表示されていたらな……)

 

 目の前の大蛇が、痛みを我慢しているだけで、実は攻撃が通用しているのであればまだ勝機が見いだせそうではある。

 残念ながら、それを確認する術を俺は持たない。

 

「さっきの神様が干渉云々の話は今はいいや。ヘルプ、あいつについて何かわかることはないの?」


 牽制になっているかもわからない《雷槍》で反撃しながら尋ねる。

 これは私の推測を多分に含みますが、と前置きしたうえで、ヘルプが答える。


『この大蛇も、霧の鬼ミストオーガとよばれる存在と似たような存在と思われます。

 加えて、これは根拠も何もないのですが、やはり私達精霊と性質は非常に似た存在。

 結論としましては、やはり目の前の存在も魔力を代価に召喚されたものではないかと』

「つまり、どうすればいいんだ?」

『倒せばよいのです。そうすれば、先程の霧の鬼と同じように消えるはずです』

「いやいや、それができないから困ってるんだよ!」

『いいえ。マスターであれば可能です』

「根拠は?」

『マスターは大蛇を召喚した魔力と同等、またはそれ以上の魔力を保有しています』

「つまり?」

『マスターが全力で立ち向かえば必ず勝てます』


 冗談ではなく本気の発言であることが、伝わってきた。

 務めて、冷静な口調で提案した内容は「やればできる!」だ。


「ええ……?」


 ヘルプの発言を受けて、よっしゃやるぞ! とはとても思えない。

 

『それにマスターには、とっておきのものがまだ残っています』

「それは?」


 俺の問いに対して、視界にとあるスキルがポップされた。

 《獅子炎帝イフリート召喚》と。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る