第十八話「アニエス、悩む」


 少し時は遡る。


「はあ……」


 午前の試験が終わり、お昼休憩の時間。

 アニエスは重い溜息を吐いた。

 ちらりと、今は誰もいない席を見る。


(何でアリスのこと、まともに見れないかな)


 竜との戦いの最中アリスに抱きかかえられた時から変だ。

 あの戦いの後から、アリスを見るたびに心臓が高鳴る。

 まともに目を合わせられない。


(明らかに私はおかしい)


 一体何が原因なのかさっぱりわからない。

 今朝もアリスから逃げてしまった。

 当のアリスはアニエスが逃げたことにより、相当ショックを受けていたようだ。

 教室に入ってきたアリスの顔は真っ青だった。

 逃げたことを謝らなきゃと思っていたが、やっぱりまともに目を合わせられなくて、アリスの方から目を逸らして窓の外に視線を逃がしてしまった。


(悪いことをしたな……)


 昼休憩に謝ろうと心に決めたが、タイミング悪くアリスは校長のルシャールに連れ出されてしまい、謝る機会を失った。


「はぁ……」


 アニエスは自己嫌悪に陥り、机に突っ伏すのであった。


「さっきから何重い溜息だしてるのよ」


 アニエスは顔だけを横に向け、声を掛けてきたエルサに向く。


「私にだって色々と悩みがあるのよ」

「何? その悩みが原因でアリスちゃんを避けてるの」

「うっ」

「今朝も変な上級生に絡まれて困ってて、アニエスに助けを求めていたのに。

 あんなに過保護のお姉さんが助けてあげなくて……」

「うっ」

「頼りにしていたお姉さんは挙句の果てに、アリスちゃんを置いて逃げ出しちゃうし」

「うっ」

「アリスちゃんかわいそう……」

「うううううううあああああ」


 アニエスはエルサの言葉に項垂れる。

 

「で、何であんなに溺愛していた妹を避けてるのよ?」


 アニエスの言葉になんと返答すればいいのか、言葉に詰まる。

 結局、未だ自分でも理由がわかっていないからだ。

 一人で悩んでいてもわからないので、ここはエルサに話を聞いてもらうことにする。


「話せば長くなるかもだけど……」

「長くなるなら、食堂行こう。はい、立って」

「う、うん」


 エルサに促され、食堂へ向かうことにした。



 ◇



「じゃあさっそく聞かせてもらおうじゃない」


 対面するエルサが、昼食にさらに盛ったパスタを口に運びながら、アニエスに話すように促す。

 

(何から話していいのか……)


 アニエスは何でアリスを避けているのか考える。

 昼食に盛った自分のパスタをフォークでずっとくるくる巻く。

 

「多分、アリスを避けるようになったのは先日の竜が現れた時の騒動の後からかな」


 アニエスはぽつぽつと思い出しながら語り始める。


「竜っていうと、噂によるとアリスちゃんが倒したんだって」

「そう! アリスったらすごいのよ!

 あの日、私は少し早く学校に向かっていて――」


 先程とはうってかわり、アリスがいかにすごいのかを自分のことのように語る。

 目をキラキラと輝かせアリスのことを語る姿は、いつものアニエス。

 エルサも若干引き気味でその話を聞く。

 

「――竜のブレスをこうどーんって、見たことのない大きな障壁で防いでね!

 私を守ってくれたの!

 ちょっとエルサ、ちゃんと聞いてる?」

「聞いてますよ、姫様」

「ならいいけど」

 

 ちょっと不満そうにアニエスは顔を膨らませる。

 エルサは半目でアニエスの様子を見ていた。

 適当に相槌をうちながら、エルサはパスタを片付けることにした。

 左手に拳をあつく握り、アリスについて語るアニエスの皿のパスタは全く減っていない。

 アニエスは話の続きを語る。


「それでね、アリスが私を抱えてね。

 こう、ぴょーんと。

 アリスかっこよかったなー。

 私も同性なのに、不覚にもドキドキしちゃったわ」


 その時の情景を思い出し、アニエスは幸せそうな笑みを浮かべる。

 

「ああ、それで何。それ以来、アリスちゃんを見るとドキドキしちゃうってこと?」

「えっ」


 エルサの指摘に、先程浮かべていた笑みが困惑のものに変わる。

 

「私、アリスにドキドキしてる……? あれ?」

「違うの?」

「違う……、いや、違わない?」


 アニエスはぐるぐると思考をめぐらせる。

 

(思い返してみると、そうだ、私はアリスにドキドキしてる?)


 そう結論に達し、アニエスは大きく目を見開く。 


「な、な、な、何で!?」

「いや、私に聞かれても。

 まあでも、第三者の私から見た端的な感想をいえばアニエス、あなたアリスに恋をしているのよ!」

「はい?」


 アニエスは素っ頓狂な声をあがる。

 エルサはなおも続ける。


「さっきからアリスのことを語るアニエスは恋する乙女のそれね。

 間違いないわ。

 なるほど、なるほど。

 それであんなにベタベタ接していたアリスちゃんにドキドキして避けてるんだ。

 へえ~」


 アニエスは口をパクパクと開け、エルサの結論を否定しようとする。

 が、混乱して中々言葉がでてこない。

 

「いやいや、そもそも私とアリスは同性だから!

 恋のわけないでしょう!」

「別に同性だから恋しちゃいけないなんて決まりはないわよ?」


 にやにやとエルサはアニエスを見つめる。


「もぉ!からかわないで!」


 アニエスはエルサの結論を否定するよう、そう返すのが精一杯だった。



 ◇



「エルサの馬鹿ぁ!」


 昼食の時のエルサの言葉を思い出し、上の空で試験に挑んだ。

 試験の内容は全く頭に入ってこなかった。


(これで試験の点数が悪かったらエルサのせいだ!)

 

 もっともアニエスを悩ます、かわいい妹であるアリスは結局試験が終わっても姿を見せることはなかった。


(あんなに一生懸命勉強してたのに)


 夜遅くなっても、青い顔をしながら教科書と向き合っていたアリスの姿をアニエスは思い起こす。

 その姿を思い出し、自然と笑みがこぼれた。


(寮に戻ったらアリスに謝ろう)


 結局、アニエスはアリスを避けている理由に結論を出せなかった。


(一方的に避けているのは私。

 アリスには悪いことをしたな……)


 エルサにはからかわれたが、話したことで少し気持ちの整理をすることができた。

 

(アリスが帰ってきたら一緒にお風呂にでも入って、久しぶりに抱き着きながら寝よう)


 今日は思う存分アリス分を補充する。

 そう決意した。

 しかし、アリスはいつまで経っても帰ってこなかった。

 アニエスはふと思う。

 

(私が避けてたから、もしかして自分の部屋に帰ってる?)


 アニエスに気を使って、自分の部屋に戻っているということは大いにありえることだ。

 思い立ち、部屋を出て二階のアリスの部屋へと向かう。

 扉の前でノックをするが返事は返ってこない。

 

(やっぱり、まだ帰ってないのかな)


 何と無しにアニエスは扉に手をかけ、開いた。


「え?」


 空っぽの部屋。


 アリスの部屋に入るとまず目に飛び込んでくる、積み上げられた本は一冊も残っていない。

 何も置かれていない床。

 扉の横に立てかけられていた杖も、隅に置かれた服も。

 机とベッドにも何も置かれていない。

 そう、空き部屋のように。

 アニエスは部屋を呆然と見つめた。

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る