第二十話「学校デビュー」
朝起きるとアニエスは俺の髪を自分と同じ髪型に結おうとしたが、「朝食の準備をしてきます!」と先手を打ち逃げた。
固い床で寝るときは地のままのほうが楽なのである。
身支度を整え俺が用意した朝食を二人で食べると、登校することになった。
昨日の夜に同じクラスで席もアニエスの隣であることが判明した。
「一週間私だけ席に一人で寂しかったんだから!」
その時もアニエスに少し怒られた。
「年下でばかにされるかも……」
「アニエス様と一緒に登校しては反感を買うかも……」
俺は様々な言い訳で逃げようと試みたが、アニエスは余計に「お姉ちゃんがついてるから大丈夫!」と逆に奮起してしまい、今は逃げないように手をがっつり掴まれ、引きずられるように登校していた。
アニエスは目立つ。
王女という肩書きもさることながら、その美貌は歩いているだけでも注目を集めるのだ。
登校の道すがら、アニエスは多くの生徒に挨拶され、笑顔で挨拶を返していた。
(さすが、王女様。大人気だ)
俺はその様子を他人事のように見ていた。
この日はアニエスが見たことのない幼い少女の手を引きながら歩いているので、より一層注目を浴びていたのだが……。
教室の中に入ると、中で雑談していた声が消え、一斉に俺たちに注目した。
正確には俺への視線が集中する。
俺は一歩引いてアニエスを盾にし、その視線から逃れる。
(一週間も不登校だったから、そりゃ注目あびるよね!)
アニエスはその様子を「恥ずかしがって隠れちゃったか~やっぱり私がいないとだめね!」と思っていた。
そんな静まり返った状況の中、一人の少女――エルサがアニエスに話しかける。
「おはようー、アニエス」
「おはようございます、エルサさん」
「その後ろの子はアニエスの子供?」
「そんなわけないでしょう!」
「だよねー」
アニエスに促され俺は挨拶する。
「……アリス・サザーランドです。
このクラスの生徒です、よろしくお願いします」
ぺこりと。
「え、生徒?」
エルサは目を丸くした。
次の瞬間、静まり返ってた教室が沸いた。
主に女生徒の悲鳴で。
「きゃあああ、なにこの子かわいい!」
「お人形さんみたい!」
「アリスちゃん、何歳なの?」
「ほら、十歳で今年入学する天才って話!」
「噂、本当だったんだ!」
あっという間に俺はもみくちゃにされる。
アニエスに視線で助けを求めるが、エルサと話しているみたいで気づいてくれない。
俺は最終奥義を使うことにした。
「アニエス姉さん、助けて!」
効果はばつぐんだった。
◇
あの後アニエスがはりきって、俺の代わりに各生徒の質問に答えていった。
「アニエス様とアリスちゃんの関係は?」
という質問も当然でてきた。
(やばい!)
俺は危機感を覚えた。
確かアニエスは俺を「災厄の生き残り」と認識していたはずだ。
ただでさえ注目されているのに、ここに「災厄の生き残り」という情報も加わると余計に話がややこしくなる。
俺もアニエスに学校に入ることを秘密にしていたため、色々と口裏を合わせてもらう約束をしておくのを忘れていた。
だが、その心配は俺の杞憂に終わる。
「私の妹よ!」
とアニエスは勢いで答えていた。
もちろん髪の色も目の色も違う二人が姉妹のはずもなく、生徒たちも苦笑する。
「アニエス様は本当にアリスちゃんを可愛がられているのね~」
一応は納得してくれたようだ。
教室に先生が入ってくるのを合図に皆それぞれの席に着いた。
◇
俺の学校デビュー、最初の授業は算術だった。
教室に入ってきた算術の先生は一瞬俺がいることに驚き、少し睨みつけてた気がした。
(特別枠とはいえ、ずっと不登校だったからそりゃ嫌われるよね……)
アニエスの算術の勉強の話を聞いている限り、この世界の算術はそこまでレベルは高くなさそうであった。
勉強してた内容は日本の教育であれば小学校低学年で終わるレベルであった。
しかし、先生が黒板に書き始めた内容は関数グラフ間の面積を求める問題で日本でも高校で習う内容であった。
(いきなりレベルあがりすぎだろ!)
「さて、この問題を十歳で入学した天才に解いてみてもらおうか」
先生は笑みを浮かべ、俺に前で解くように促す。
前に出る。
チョークを持ち、その暫く固まる。
(手が届かない!)
問題は最近使ってない知識であったが、解けそうではあった。
しかし、俺の低身長では上の方に手が届かない。
手が届く範囲から書き始めると、黒板に入りきらないのだ。
その様子を見て教師がしてやったりと笑みを浮かべていることに俺は気づかなかった。
しかし、クラスメイトたちは後ろでざわついていた。
(あんな問題解けるわけないわ)
(五学年でも解けないんじゃないか?)
(あの禿、特別枠というのが気に喰わなくて晒しものにするつもりか)
(初めての授業でこんな仕打ち、アリスちゃんかわいそう)
そんなことも露知らず、俺は打開策を思いついた。
(あ、魔術使えばいいか)
風属性の魔術でチョークを浮かして、問題を解いていく。
(そういえば、向こうで使っていた公式がこっちの世界にない可能性もあるよな……。
そこの証明からか……めんどくさい。
そもそも積分って使って大丈夫なのか?)
俺はチョークを魔術で操作しながらそんなことを考えていた。
なんとか解き終わる。
「先生、これでいいでしょうか?」
黒板が埋まってしまった。
俺が先生の方を見ると、目を剥いていた。
(あ、なんかやばそう。
こっちにない知識で解いちゃったか?)
俺は誤魔化すために先生に「独学なので色々わからないことがあって……」と質問攻めにした。
この幼げな少女の体を存分に使い。
最初は固まっていた先生だが、質問に答えてくれ、その度に俺も「そういうことなんですね!」と無邪気に喜び、質問が終わるころには
「さすが、この学校始まって以来の特別枠入学だ。
皆もアリスを見習い勉学に励むように」
とご機嫌であった。
席に戻るとアニエスも「アリスすごいわ!」と褒めてくれた。
授業の最後に算術教師の名前がカール・ニールセンであると初めて知った。
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