第四十三話「リットン卿 1」

 本日サザーランド家の屋敷には俺とライアン少年の二人。

 大人たちは留守。

 いつもは屋敷内の一族が揃う朝食も二人だけであった。

 子供同士、これを機会に親睦を深めれたら良いなと思い、俺から色々と話しかけてみたが、ことごとく無視されてしまい、何とも耐え難い時間となってしまった。

 イーサンには年も近い者同士仲良くやってくれ!なんて言われたが、こうも一方的に嫌われているとコミュニケーションをとるのが困難だ。

 何も進展しなかった朝食を終え、お付きの人には部屋で集中して勉強するので誰も入らないよう言い含め出掛けることにした。



 ◇



 王都二区。

 城の北側、やや小高い丘となっている場所にあるその区画を王都の人々はこう呼ぶ。

 "貴族街"と。

 名前の通り、多くの貴族の屋敷が建っている区画だ。

 その中でも一際豪華、貴族街の中でも高い丘に建つ屋敷に俺は訪れていた。

 正面から乗り込むにはやや気後れする屋敷だ。

 実際初めて訪れたときはビクビクしながら門を潜った。

 王城の中や、最近は公爵家で過ごしている経験もあるのに何を今更ビビっているのだ?という意見もあるかもしれないが、場所が変わればそんなのリセットだ。

 とはいえ、最近毎日訪れていたので、今は特に緊張することもなくなった。

 加えて、今は正面の門から訪れることはなく、転移の術で屋敷の部屋へと移動するので門構えに威圧されることが無くなったのも大きいかもしれない。

 窓際で丸まっていた青を腕に抱え、転移の術を発動した。

 一瞬の浮遊感、直後には周囲の景色がまるっと切り替わる。 

 

「ふぅ」


 見慣れた部屋が目に映り、無事目的地に転移したことを確認する。

 

「……何か、来る度に増えている気がする」


 転移した先は、突然姿を現し何も知らない人に目撃されないよう、俺個人に貸し与えられた部屋だ。

 サザーランド家で暮らす部屋よりも広く、たまにしか使わないのにもったいないというのが一番最初の感想だった。

 個人の部屋であるにもかかわらずお茶会も開ける机や食器も備えられており、ここで暮らしているわけでもないのに天蓋付きのベッドまで備わっている充実ぶり。 

 そんなベッドの上には俺の趣味とはかけ離れた、可愛らしいぬいぐるみが訪れるたびに増えている気がする。

 見た目こそ少女だが、趣味嗜好までは少女に染まっていないと声を大にして言いたい。

 青をベッドにおろし、新しく仲間に加わった白い熊を抱き上げる。

 俺の身体がほとんど隠れる大きさだ。

 善意の贈り物であることがわかっているので、何とも複雑な心境である。

 元の位置に戻し、再び青を抱える。


「自分で飛んでくれないかね……」

「竜はまだ寝てる時間なんだよ」

「嘘つけ」

「嫌なら頭の上に乗るよ」


 もうめんどくさいので、抱えたまま移動することを選択する。

 隅に置かれた豪華な装飾が施された姿見で、身だしなみを軽く確認し、部屋を出る。

 廊下を歩き、目的地の部屋に向かっていると階段から登ってくる人物が見えた。


「おや、アリス殿」


 腕に大量の書類を抱えた片眼鏡を掛けた初老の男性は俺の姿に気付くと、穏やかな笑みを浮かべながら声を掛けてきた。


「おはようございます、デニスさん」


 ペコリと軽く会釈しながら挨拶をする。

 デニス、家名を付ければデニス・リットン。

 サザーランド家とは因縁の仲と言われているリットン卿その人。

 だが、ここにリットン卿がいることに驚きはない。

 何を隠そう、この屋敷の主はリットン卿であるからだ。

 

「今日は早いですな」

「いつもは午前中に礼儀作法を習っているのですが、本日はお休みだったので」

「ああ、なるほど」

 

 二人並び、会話を交わしながら廊下を進む。

 俺達が向かう先は同じだからだ。


「少し書類持ちましょうか?」

「いえいえ、レディーにこのような雑務を押し付けるわけには参りません。

 それにアリス殿の腕は青様で埋まっておりますから」

「……自分の羽で飛ばないと、そのうち飛べなくなるんじゃないか」


 リットン卿は青に対してやたら敬意をもって接しているが、こいつは様付けされるような大した存在には思えない。

 最近の青は寝てるか食べてるかしかしてないからな。

 横を歩くリットン卿の顔を見上げる。


(……にしても、未だに森都で会った人と同一人物とは思えんな)


 森都ではすごい上から目線の招待状を送ってくるは、実際に会った時は怒鳴られ、挙句の果てにはワインまで服にかけられたのだ。

 その時から一ヵ月ほどで、こうして談笑しながら歩く仲になるとは誰も想像できなかっただろう。

 そんなことを考えながら、じーっとリットン卿の顔を見ていたからであろう。


「私の顔に何かついておりますか?」


 リットン卿が疑問を口にする。


「いえ、すいません。ちょっと初めてお会いした時のことを思い出しておりました」

「その節は、本当に申し訳ありませんでした」

「あっ、別に責めているわけでは……。それにあの時のデニスさんは魔術をかけられ正常な判断ができない状態だったわけですし」


 ワインを俺にかけられた後、それまでとは別人のようにオロオロとしたリットン卿。

 本人の口から言わせれば、あの瞬間モヤモヤしたものが晴れ、思考が戻ったらしい。

 レイによる予測が過分に含まれるが、何者かの手により、リットン卿は長年にわたって精神干渉を及ぼす魔術を掛けられていた。

 その魔術は俺を攻撃対象としたことで予期せずレジストされ、破られたのではということだ。

 俺はリットン卿に回りくどい魔術を掛ける意味がよくわからなかったが、レイに大きな溜息をつかれたので、どうやらすごく効果がある魔術だった模様。

 許すまじ犯人。

 今のリットン卿には、かつての傲慢な性格は一切見られない。

 それに師匠であり義父であるリチャードさえいなければ、今の宮廷魔術師はリットン卿であったという評価にも頷ける魔術の才の持ち主であることを今ではよく知っている。

 何しろレイと嬉々として一日中魔術談義を行い、その中で思いついた魔道具をすぐに実現してしまう腕の持ち主だ。

 

「それでも貴女を憎く思っていたのは間違いなく私であり、これまで行って来た非難されるべき行いも、正しいと思い実行したのは当時の私なのです」

「……」


 精神干渉の魔術をかけられている間、大なり小なり、各地で色々とトラブルを起こしていたリットン卿はそれらの責任を取り、近いうち息子に家督を譲ると聞いた。

 今のリットン卿であれば表舞台から姿を消さずとも、やらかした分をチャラにできる活躍を十分に期待できると思うが、そう簡単な話ではないようだ。

 どうも最後のとどめは俺に働いた無礼な行い、ワインかけ事件の悪評であったようなので、正式に和解したことを発表すればよい方向に持っていけるとも考えたが、いまのリットン卿と同じ調子で不要と言われてしまった。

 それに、本人は「好きな魔術の研究に打ち込める」と意外と前向きであり、すでに次の生活を見据えているようなので、俺からは何も言わないことにした。


「私から話を蒸し返しちゃったけど、この話は終わり! 今のデニスさんと私は友達!」

「ええ。でも私は貴女がたに会えたことを本当に幸運に思っていますよ」

「第三者の目で見れば、デニスさんはレイに脅されてるとしか思えないですけどね……」

「いえいえ。喜んで協力しているのですよ」

「……嫌だったら言ってくださいね。多少は力になれると思いますので」

「ないとは思いますが、もしもの時はお願いします」


 最後は和やかに会話しながら、目的地に着いた。

 リットン卿の屋敷最奥にある書斎。

 扉を開くと、正面の椅子にはレイが腰かけ書類に目を通していた。

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ゆりてん!~勇者として召喚されたのに理不尽な呪いによって女の子として生活することになった件~ 七草凪 @nanakusanagi

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